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3章

第6話 できること

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 魔力の籠った炎を、アンデッド然り魔物は避ける。
 火のエレメントは今でこそ余裕があるが、それでも夜通し灯し続けるには限界がある。

「ブギーマンを追い払うのも、あと2日が限界ってところか」

 3階層を見張る団員がいうには、日下部にやられた火の魔法が相当堪えたらしく、逃げ帰ったその夜は投げられる炎にすぐに逃げ出したという。
 直撃した火の魔法のダメージもあったのだろう。その夜は現れなかった。
 次の夜は、何度かゾンビが様子を伺うように来たが、油を沁み込ませた布を巻いた火のついた石を投擲し、撃退した。
 今晩も同じ作戦を行うが、ブギーマンもそろそろ魔法を使える人間がいないことに気が付き始める。そうなれば、警戒するべきものが減り、こちらを襲いやすくなる。
 もはや食事が目的ではない。ただ自分を攻撃してきたことへの仕返しだけで、狙いはただひとり。

「……あ゛ークソっ」

 打開策は思いつかない。
 いっそ、カイニスのように、その場しのぎの警備の手伝いでもした方が気が紛れるだろうか。
 だが、それではどうにもならないことがわかっている。わかっているからこそ、わからなかった。
 なんの解決策にもならないことを、平気な顔でできる理由が。

「なぁ、聞いていいか」
「はい?」
「いっそ、ブギーマンにエリちゃんを食わせて、消化される前に助けるって言ったら、どうする?」
「怒ります」

 即答だった。
 嘘とかそういうのは一切なく、ただ純粋な答えに眉を潜めた。

「だったら、何か別の方法を探せよ。やりたくねぇからってだけで、逃げられる状況じゃねェんだよ……!」

 ここは逃げたいものからも、見たくないものからも逃れる術はない。
 逃げたってすぐに追いつかれる。追いつかれて、手遅れになったそれに飲み込まれるしかない。
 少しでも被害を減らすために、その時、その場で何かを選ばなくてはいけない。
 何かを選んだなら、それ以上に何かを捨てなければいけない。

「そうっすね。だから、本当にそれをクレアさんが選んだなら、俺も本気で戦います。旅団全員が敵になったとしても」

 それは、彼なりの答えだった。

「俺は、器用でもないし、頭がいいわけでもないですから。できるのは、仲間の前に立って守ることだけっす。できないことは仲間を任せて、俺は俺にできることをがむしゃらにやり続ける。それでダメなら、向こうの方が上だっただけ。”もしも”なんて悔いが残るでしょ」

 領主ならば部下を、領民を信じて待つこともある。その時、怯えたり不安に駆られた姿を見られれば、たちまち敵味方から見限られる。だからこそ、見栄を張れ。自分が、自分たちが大きな存在だと見せつけろ。
 怯えぬ、屈せぬ存在に、人々は恐れ、信頼する。

「どうっすか? 領主仕込みの見栄っ張り。見事なもんでしょ」

 眉を下げて笑うカイニスの姿に、クレアは視線を逸らした。
 見栄っ張りとはいうが、今の彼の言葉に嘘はない。領主であるなら、後の世や政治、領民を考えるべきだが、今の考えは自分の生き様を重視する冒険者のそれだ。
 しかし、残念なことに彼にとって、自分も冒険者仲間のひとりらしい。

「……悪かったな。取り乱して」
「平気っすよ。実際、状況は良くないですし、打開策として仕方ない案ではありますから」
「仕方ないとは思ってるんだ……」
「え、マジでやる気なんすか?」

 心底意外というように驚くカイニスに、乾いた笑いが漏れる。

「しないしない。いっそ、魔物のメスにでも食いついてくれないかなぁ……」
「それだったら話が早いですねぇ……」

 なにか打開策が出るわけでもなく、どちらからとも知れずため息が漏れる。

「ちょっと見回りついでに歩いてくるわ。ついでに、エリちゃんっぽい魔物いたら捕まえてくる」

 焦りも苛立ちも消えるわけではない。森の中にいる魔物に当たるように、剣を振る。

 何も思いつかないまま、気が付けば、第三拠点まで来ていた。
 食料になりそうな獣を渡しながら、日が暮れる前には戻ろうと踵を返そうとすれば、ふと感じた視線に目を向ける。

「ぁ……」

 石ノ森だった。
 何か用事がありそうで、しかし迷うように視線を巡らせては、周りを気にしながらこちらに寄ってくる。

「あ、あの、日下部さんと一緒にいた方ですよね?」
「うん。何か用?」

 意識して表情を緩め微笑めば、安心したように眉を下げる。

「アレックスさん、どこにいるか知りませんか?」
「六拠にいるよ。ちょっと怪我して治療中。何か用があった? 伝言でいいなら伝えるけど」
「あ、えっと……相談というか、その……」

 言いにくそうに視線を落とし、口籠る。
 いくら2階層の弱い魔物とはいえ、夜の森は避けたい。なにより、夜はブギーマンが来る可能性がある。早いところ、第六拠点に戻りたい。
 はっきりとしない石ノ森に苛立ちながらも、足を森へ向ける。

「悪いけど、僕も忙しいから。アレックスなら、あと何日かしたら戻るだろうから、急ぎじゃないなら、その時に相談したら?」
「じゃあ、しばらく戻らないってことですか……?」
「急ぎ? それなら、別の奴に――」
「その、少し話しにくいというか、日下部さんにも、協力してほしい、というか……」

 面倒事は他に任せてしまおうと、その辺りにいる団員に視線を巡らせていたが、日下部の名前に視線を戻す。

「だから、日下部さんにも話をしたいんですけど、今、どこにいますか?」
「六拠にいるよ。協力って? 僕、今、エリちゃんの上官みたいなものだから、話聞かせてもらえる?」

 妙に圧のある笑みに、石ノ森も少し瞳を震わせるが、下から請うように見上げる。

「妊娠しているみたいなんです」

 表情を崩さなかった自分を褒めたかった。
 耳を疑ったが、何度思い返しても、聞こえた言葉に間違いはない。

「誰との?」

 付け加えられ続ける説明なんて、必要もない。

「夫です。結婚してるので」

 説明を遮って問いかければ、少しだけ嫌そうな表情で答える石ノ森に、頭痛がした。
 ただでさえ、人も物資も足りない地下迷宮に、手間のかかる赤ん坊が増える。それ以前に、当たり前のように出産を考えているのか。

「唯一の夫との繋がりなので、がんばりたいんです」

 腹に触れながら微笑み決意する母の様子に、普通なら心を打たれるのだろう。
 だが、クレアの心は急速に冷えていった。

「だから、日下部さんにも手伝ってもらえないかと思って。本当は、自分が頑張らないといけないのは、わかってるんですが、でも、ひとりじゃできないこともあるので……同性で知り合いの方が頼みやすくて……」
「マジで言ってる?」
「でも、あまり動くと流産とかも、ありますし……」
「…………そう」

 どう考えれば、自分たちの食料すら確保するのに苦労する地下迷宮で、子供を産めると思うのか。
 しかも、その理解できない行動のために、迷宮攻略を行っている人員のひとりを渡せなどと、身勝手すぎる言葉を、疑いのない様子で告げている女に、気を抜けば足が動いてしまいそうだった。
 むしろ、日下部の同僚であるという事実が無ければ、目の前の女を蹴っていたことだろう。

「ん。貴方の言いたいことはわかった。でも、エリちゃんにも仕事があるんだよね」
「重い荷物を持つとかじゃなければ、私が代わります」
「ホント? 実はエリちゃん、迷宮の探索班でね。後方支援なんだけど、抜けると抜けるで困るんだよ」

 意識的に顔から力を抜く。

「簡単な作業だし、じゃあ、エリちゃんの代わりしてくれる?」

 少し驚いていたようだが、少し悩んだ後、内容について話を聞き、頷いた。


*****


 視線が冷たかった。職場でも、ここでも。
 みんな、私を嫌っていて、何か言おうとすれば嫌な顔をした。私は何もしてない。言われたことをやっているだけなのに。

 私は、ここに連れてこられたばかりで、勝手だってわかってない。
 魔物? そんなアニメみたいな話、子供じゃないんだから簡単に信じられるわけでがない。魔法なんてありえないものなんだから、急に信じろと言われて、信じられる方がおかしい。

 なにより、結婚したばかりで突然誘拐されるような状況に、すぐに立ち直って適応しろって方が無理がある。
 なのに、また、視線が冷たかった。

「石ノ森さん。少しずつでいいから何かしない? 結婚して、これからって時だったのはわかるけど……少しは気が紛れるから」

 冷たい視線に押されて、仕方ないとばかりの声色の相川さんにそう告げられた時、

「――――してるんです」
「え?」
「妊娠、してるんです」

 ふと、魔が差した。

 まだ安定しているわけでもないから、あまり人に言いたくないと伝えれば、相川さんは誰にも言わずに動いてくれた。
 しかし、それも突然訪れた相川さんの死によって終わった。

 それからはちょうどいいとばかりに、仕事に引っ張り出された。気持ち悪い虫の駆除やら、土を耕したりだとか、水を何度も往復して運んだりだとか、どうして私が。
 男の人がいっぱいいるのだから、そいつらがやればいいのに。私じゃなくたっていいじゃないか。
 どうして、私がこんなに必死に働かないといけないんだ。

「ぁ……」

 そんな時、ふと見かけた日下部と一緒にいた男。

 そうだ。日下部なら変わってたし、こういう作業が好きなんじゃないか。
 そもそも、彼女の方が年下なんだし、体を動かす仕事は若い彼女の役目だろう。
 私は新婚で、妊活のことは職場でも言ってたし、彼女ともその話をしたことがある。彼女は変だけど、権利とか配慮とかは、ちゃんとわかってるみたいだった。

 日下部ならいい。
 あの子は私の盾にはなれないけど、代わりになることくらいできるだろう。
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