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3章

第1話 いざ、迷宮探索!

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 神器を授与されたばかりのジュリアンが地下迷宮から帰ってこないことは、騎士団内部でも話題となっていた。

「――殿! サナ殿! 地下迷宮に神器研究に赴いたジュリアン・ロット殿が帰還しないという情報が!!」

 白い鎧を纏った第十三師団騎士であるサナ・シュトールレーンは、部下の言葉に足を緩めるわけでもなく、速足に廊下を突き進む。
 部下の騎士は少し表情を歪めるが、興奮した様子でサナに駆け寄る。
 
「やはり、まだ団長たちは――」

 カイザーンたちが幽閉されてから、約2年。
 その間も、残された第十三師団も色々なことがあった。支援物資もカイザーン家が取り潰されてからは、特に武器や防具は集めるのが難しくなった。加えて、協力者も一気に減り、監視を掻い潜るのが難しくなった。
 徐々に幽閉された仲間が生きているかもという希望すら薄く中、神器を持ったジュリアンが地下迷宮から帰ってこないという異常事態は、残された者への希望だった。

「口を慎みなさい」
「しかし……」
「それ以上は王への反逆と見なします」

 冷酷に言い放たれた言葉に、部下も輝かせていた目を悔し気に歪ませる。
 ただでさえ贔屓の目で見られている第十三師団が後ろ盾もなしに動いたのなら、それも地下迷宮に捉えられた仲間を助け出すなど、今度こそ師団全員の処刑となる。

「わかったなら持ち場に戻りなさい」
「……了解しました」

 第十三師団の立場を彼自身も理解していないわけではない。
 だが、それ以上に団長たちが生きている可能性に浮足立ってしまった。

 部下の去った後、サナは静かに表情を曇らせた。
 一度目は団長や半数の仲間たちの命。二度目は、現団長の手足。三度目はない。

「どうしろと、いうのです……!」

 死ぬのが怖いわけではない。

「私は――」

 もう誰も失いたくない。


*****


 何度見ても、大量の水の塊が重力に逆らい球体となり持ち上がる様は圧巻だ。

「それじゃあ、水流してきますね」
「お願いします」

 水を操る異能力者である水戸部は、襲撃を受けた川の修理を行っていた。
 川は拠点の生命線のひとつであり、破壊された箇所から先の拠点には水を手作業で運ぶ必要があるが、小さな魔物であっても異世界人にとっては脅威。必ず護衛が必要となる。ただでさえ足りない人手を割かなければいけなくなるが、川さえ修理されれば、また迷宮探索に戻れる。

「普段は、迷宮探索をされてるんですよね?」
「はい。今は探索班を半数をこちらで待機させ、復興に当たっています」
「迷宮探索か……私にもなにかお手伝いできることありますか? 水ぐらいしか操れないですけど……」
「いえ、十分すぎる力です……!」

 誰が水源を発見し、地下迷宮に川を引ける人がいるというのか。
 水戸部が現れてからというもの、拠点の生活は大きく変わった。今まで雨水頼りだった生活用水は、水を汲みに行くという行為どころか、残量を気にする必要すらなくなった。
 水戸部自身、突然手に入れた能力に喜ばれることはうれしかったが、あまりに解離した能力に自分の力であることを自覚できていなかった。

「言わなきゃよかった……」

 喜ばれるのならと、今まで触れてこなかった迷宮探索に繰り出そうと思ったが、水路が作れる程度で何ができるというのか。
 思い上がった自分の言葉にため息をつきながら、柔らかい土を大きく削らないように水を流すと、まばゆい光に続き、爆音と振動が新しく盛り上げた土を崩した。

「な、なに……!?」

 また襲撃かと尻もちをついたまま、音のした方へ目をやれば、煙こそ上がっているが、以前のような火柱はない。
 水戸部の周りにいた団員たちも音にこそ驚くが、すぐに警戒を解いた。

「心配いりません。今のは、うちの人間が起こした爆発です」
「ば、爆発を……? どうして……」
「偽装です。先の戦いで我々は騎士団の迎撃に成功したため、おそらく調査隊が来るでしょう。その調査隊が拠点に勘づかないように、偽装工作をしています」

 異能力者である水戸部は、この地下迷宮に幽閉されてから数日。騎士団から地上に戻ることができると誘いを受けた。
 断ったのは、ひとえに自分に与えられた力程度のもので、魔王軍と戦うことなどできない。それどころか、都市が発達している場所では、水を動かせる程度の能力が便利以上のものではないから。生活用水すら確保が危ぶまれた地下迷宮だからこそ喜ばれ、必要とされた。
 白い目を向けられることが決まり切っている場所か、少しでも喜ばれる場所か。どちらの方がいいかなんて明白だった。

「極力戦闘にはならないようにと言われていますが、戦闘になった場合、3階層へ避難する手筈となっています。なので、用意だけはしておいてください」
「そうなんですね……わかりました」

 今までも騎士団との戦いは何度かあった。だが、3階層への避難はこれが初めてだった。
 それに人も徐々に減ってきている。
 だというのに、自分にはそれを打開する策も力もなかった。


 
 降ってきた土埃を払いながら、地下迷宮3階層では、日下部が地図と睨みあっていた。

「こんだけ精度高い地図あるのに、なんでこんなに攻略に時間かかってるの?」

 一日使って、旅団の持っている地下迷宮の地図が間違っていないかを確認していたが、結論として間違ってはいない。
 ハミルトン曰く、この王宮地下の迷宮は5階層からなり、騎士団見習いの実地訓練および最終試験場として使われていた。
 内容は単純なもので、各自迷宮探索の準備をして、最下層を目指す。最下層には地上へ出るためのポータルがあり、無事地上に出ることで一人前の騎士として認められる。つまり、騎士団にいるものは、全員一度はこの迷宮を攻略したことがあるということ。
 その上、旅団の前団長であるアポロムが、かつて異世界人のために用意した地下迷宮の地図。数は少ないとはいえ、最短ルートが選べる。

 一度攻略したことのある迷宮で、道もはっきりしている。
 これでどうして攻略できないのか。

「地図はあるけど、僕らにとったら未踏の地だからさ、慎重にもなるのよ。2階層なんてあんなんだし」

 地図が全く意味を為さない2階層のことは日下部も考慮している。だからこそ、一日使って地図の精度を調べた。

「未踏? あれ? 騎士団ってここクリアして一人前じゃないの? 実は見習い?」
「僕ら十三師団だからさぁ」
「十三師団?」
「んーっと、腕っぷしだけで選ばれた傭兵部隊みたいの。世間体で騎士団ってことになってんのよ。だから、正式な騎士の作法なんて知らないんだよね」
「肩にポンポンってやつとか?」
「ポンポン?」

 ナイフの腹でクレアの両肩を叩くと、ふたりとも日下部の言いたいことが分かったように声を漏らす。

「アコレードのことっすね」
「やられたことないけど、たぶんエリちゃんの違うと思う。勢いとか絶対」
「一般の騎士じゃ、剣を掲げて終わりですし。それこそ、師団長レベルくらいっすね」
「そっかぁ、一般騎士レベルだったか。クーちゃん、がんばれ。応援してる」
「事実だけど、そのやる気のない応援はイラっと来る」

 笑顔で頭を握られることにもすっかり慣れてきた。段階としては、痛い痛いと騒げる程度。つまり、まだ冗談のレベル。

「……このまま片手で持ち上げられるのだろうか」
「真面目な顔して何言ってんの」

 真面目な顔で日下部がつぶやく疑問に、頬を引きつらせながらクレアは、そっと力を入れて持ち上げてみせれば、日下部は慌てた様子で首を抑えた。

「首、取れる……!」
「そんなことより、そろそろ戻るか、ここにキャンプ作るか決めないといけないっすけど、どうします?」

 3階層の中盤より手前。拠点で夜を超すならそろそろ戻らないといけないが、進み続けるなら休憩を兼ねて簡易キャンプを作る必要がある。

「なら、戻ろう。その方が休めるし」

 首から肩にかけて撫でながら返す日下部にカイニスも頷く。
 調査しながらのため、まっすぐ2階層に戻ろうと思えば、遠くはない。明日、第六拠点から出直すことになっても、大した距離の違いにはならない。
 それならば、しっかりと休養ができる第六拠点に戻った方が効率がいい。

「あーそれなんだけど、今回はキャンプでもいい?」

 だからこそ、クレアが反対するのは意外だった。

「なんで?」
「積もる話もあるしさ」

 旅団にすら聞かせたくない話があるということか、それとも別の理由か。
 日下部がじっとクレアを見つめるが、カイニスにも目をやれば、小さく頷かれた。迷宮内でのキャンプそのものは構わないらしい。

「助かるよ。今、探索班が半分上に残ってるから、テントの数も足りないだろうからさ」
「あぁ、神器の奪い返しに来る連中を迎撃と避難誘導のか……確かに食べ物も場所も少なくなるもんね」

 最悪の場合、3階層に一時的に避難すれば、第一拠点を潰すだけで騎士団は勘違いして戻るだろう。
 元々、神器は突然消えたりするものなのだから。

「…………エリちゃんのこと嫌いになりそう」
「なんで」

 迷宮に安全な場所はないとはいえ、ここは旅団がすでに探索しており、松明も道なりに灯っている。
 2階層と違い魔物たちに昼夜の概念がないため、常時襲ってきやすい状況だが、少なくとも明かりのある場所はこちらも目が効く。
 運よく火のエレメントも大量に手に入った。エレメントを使用した簡易的な魔法ならほぼ全員が使用できる。
 日下部も慣れたようにエレメントに火を灯して、曲がり角に置く。魔物というものは、獣に習性が似ているらしく、知能が発達していない魔物ならば火に近づいてこないし、多少知能があっても魔法でついた炎は、魔法を使える人間もしくは魔物がいると警戒を強めるため、獣除けとしては上位のものだという。

「さっきの」
「ん?」
「素直にエリサさんを巻き込みたくないっていうのは、ダメだったんすか?」
「絶対ヤダ」

 即答するクレアにカイニスも何も言えなくなる。
 素直にいったところで、日下部は気にしないだろうが、どうにも負けた気になって仕方ないのだ。

「なになに? 魔法を使えるようになったから、見張り交代3人でやるって話?」
「エリちゃん起きてたところで安心して寝れないから、大人しく寝てて」
「だよね」

 火のエレメントが手に入ったことで、魔法の使い方さえわかれば炎関係魔法に関して使えるようになった。使い方さえわかれば。
 つまり、使い方がわからなければ、ただの上等な松明と変わらない。
 カイニスは上位魔法に適性はないらしく、魔法の知識は無く、大量の火のエレメントは燃料と化すところだったが、抜け目ない男がいた。ハミルトンだ。

 ハミルトンは、火のエレメントを一部旅団へ提供する代わりに、魔法の使い方を教えると提案してきた。
 もちろん、即決で交渉成立した。

「しっかし、試し撃ちやりたかったし、代わっても良かったのに……」
「アレックスの気遣いも汲んでやってよ。女の子に死体撃ちなんてさせたくないのよ」

 旅団の中で魔法が使えるというより、魔法について知識があるのはアレックスだった。
 それ以外は、エレメントに火を灯すことすら出来ない団員もいる程度には、魔法というものが使えなかった。

「魔法って案外使えない人多いの?」
「エレメントなしで高位の魔法ってなると相当珍しいですよ。エリサさんの世界だと使える人多いんですか?」
「いや、魔法はそもそも存在しないファンタジー。あるとしたら、まだ科学的に証明されてない現象ってだけ」

 戦争を長年続けている国の一師団のほぼ全員が、魔法を使えないとはいかがなものなのだろうか。
 魔法があるだけで戦術は大幅に増えそうだし、異世界から人を召喚してしまうのが、戦争の手段になる程度には、魔法を使える人間を戦争の要に置いている国だ。師団ごとに魔法を使える使えないで分けていると言われればそれまでだが、それこそ魔法を使える人間が指揮官コースというのはありそうだ。

「十三師団も見せしめで捕まったのは、魔法使えない連中だけだよ」
「なるほど。脳筋だけなら理解できるわ」

 いくら見せしめとはいえ、魔法を使える貴重な人間を幽閉する余裕はないと思ったが、幽閉はしていないようだ。

「じゃあ、アレックスさんの魔法が使える友人とやらに感謝しないといけないなぁ」
「元々アレックスは研究都市の方にいたしね」
「研究都市……育ちがいいってこと? なるほど。だから、クーちゃんみたいな野蛮な空気がないわけだ」
「そーそー。だから、エリちゃんみたいな煮え切った脳みその対応とかさせらんないのよ」
「煮え切ってないですぅ。食って腹壊せ」
「意味わからん。何? 僕バカにされた? バカにする時ぐらいストレートに言ってくれない? 殴るから」
「脳筋バーカ! お前の眼球平滑筋!」

 子供の喧嘩のように「バカ」と連呼し合っているふたりに、カイニスは黙々とお湯が沸くのを見守っていた。
 実際、元騎士団の旅団の大半は、クレアのようにどこか冒険者たちに似ている空気を持っていた。貴族たちとも交流が多かったカイニスから見れば、異世界人のほとんどは貴族に近いタイプが多い。教養があるというか、余裕があるというか、とにかく実際に手を出す人間はいないように感じた。
 故に、旅団内での異世界人の活動の調整役として最も適していたのが、研究都市育ちのアレックスだったのかもしれない。

「偽装工作がうまくいけばいいですね」

 騎士団を欺くための偽装工作。
 それは、神器の試し撃ちにやってきたジュリアンたちが、神器の暴発で全滅したと勘違いさせるというもの。
 運よく、日下部がジュリアンの上半身を灰にしていたため、彼の死体はそのままに確認させる。神器は無くとも、元々いつ消えるかもわからない物であるし、暴発し、全員を焼き殺した後があれば、原因は神器の暴発とされる可能性がある。
 そのため、カイニスとクレアが切り殺した騎士団たちの遺体を焼く必要があった。そのための火のエレメントと魔法だ。
 ただの炎ではなく、魔法の炎で焼くことでより偽装の精度が高くなる。
 そこで勘違いし、王宮へ報告してくれるのが最も良い。

「まぁ、焼死体偽装以外にも、第一拠点は放棄っていうか、そこまでは偽装してるんじゃないの? それこそ、見つかったところで住んでた人は魔物の襲撃、内部分裂で全滅したように見せかけたりさ。必要な材料はあるし、持ってきて配置すればいいだけでしょ」
「…………エリちゃん、頭をひけらかさない方がいいよ。殺されちゃうよ?」

 焼死体の偽装に関しては、火のエレメントの提供と魔法の使い方を交渉した時に伝えているが、それ以上のことは伝えていない。
 それでも、日下部は当たり前のようにその答えを想像し、実行しているであろうと確信していた。

「煮え切った脳みそには難しい話ですねぇ。素直に試し撃ちの的を提供すれば、おいしい頭蓋焼きができたことでしょう」

 大量に手に入ったとはいえ、貴重な火のエレメントを無駄に使うわけにもいかないため、魔法をまだ使えていないことに頬を膨らませる日下部に、クレアも頬が引きつる。

 第一拠点の偽装にも気が付いていた、彼女が気が付いていないことがった。
 ただの火の魔法、しかも使い慣れていない人間の魔法では、圧倒的な力を持つ神器の火力とは比べ物にならない。偽装と発覚する可能性を減らすなら、扱いきれない火力が必要だ。
 そんな時、思い出したのが、初めて日下部と会った時、手に持って脅してきたカエンダケだった。

「頭蓋焼き好きな奴いましたね……狩ってすぐなら匂い強くなくて平気なんすけど……」
「……はい?」
「祝いの席の仔山羊の丸焼きとか、脳が好きな人いますよね」
「カニの甲羅的な……? ちょっとわかるような……わからないような……とりあえず、カイニスはホルモン苦手系だね?」

 明らかに瞬きの回数が増えている日下部に、カイニスは湧いたお湯を器に注いで渡せば、そっと口をつけた。
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