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2章

第2話 狩りの仕方

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 ログハウスのような建物に、椅子、テーブルといった文化的な家具。
 この世界に来てから、大聖堂を除いて一番文化的な場所で、初めて行われた行為。お説教。

「……反論の余地がないから辛い」
「まぁ、そうっすね」

 正面から入るのだから、アレックスに連絡が入るのは当たり前で、昨日の今日だ。忘れることなく、無断侵入の件について、怒られた。

「反省していますか?」
「その件に関しては申し訳ないと思っています」

 申し訳ないとは思っている。迷宮に作った安全地点に無断侵入されていたら、怒るのは当たり前だし、リスク管理ができていないことになる。
 まず誰が悪いかと言えば、侵入する犯人。次に、侵入を許す防壁システム。
 だから、犯人を罰するのは理解する。それが説教だけという温情も理解する。
 ま、二度とやらないとは言っていないが。

 心を読み取ったのか、カイニスは隣で微妙な表情をしているが、気が付かないふりをしておく。

「話は変わりますが、クサカベ殿に頼みがありまして」
「頼み?」
「はい」

 最近、3階層へ顔を出しているから、攻略の手伝いをしてほしいとかだろうか。
 しかしそれならば、クレアからの勧誘と変わらない。改めて頼みたいことに心当たりがない。

「2階層の警備と探索。それから食料の提供をお願いしたく」
「…………」
「オブラートに包んでね」

 言いたいことを悟ったのか、クレアから先に釘を刺される。
 カイニスが前に、旅団はいつも上から目線だと言っていた理由が良く分かった。
 使えるものは使う。それは理解しよう。この消費しかない地下迷宮において、悪人だろうとポンコツであろうと、利用できる箇所があればそこに利用する。

 例えば、なんでも120%の仕事をこなしてくれる人間と30%しかこなせない人間がいるとする。
 人間である限り、どれだけ優秀であっても物理的な時間の制限も疲労もある。だからこそ、優秀な人材を潰さないように、その120%の能力で開拓をしてもらい、開拓以外の雑務を30%の人材に任せる。
 料理だって、食材を切るや炒めるなどの調理のメインを120%がやり、食器を洗うなどの準備を30%がやればいい。食器がきれいだからと、気分以外に変わるものではないし、それを極限状態でそのプラスを汲み取ってくれる人間は少ない。あれは、あくまで心に余裕がある人間だけだ。
 だから、極限状態の雑務において、マイナスを作らないということは最重要であり、旅団にとってのマイナスがなにかは、部外者である自分には図ることは難しい。

「食料の提供って、本気で言ってるんですか?」

 まずはカイニスの言った通り、食料のことだろう。
 旅団はもちろん、少人数で動いているとはいえ、食事事情に余裕があるわけではない。ビスケットはもらっているが、あれはあくまで天からの贈り物で、拾い物だ。

「余裕がないのはお互い様です。ですから、手を取り合えないかと。今日のように、余剰が出た場合だけでも構いません」
「つまり、本心では、定期的な提供をしてほしいってわけですか」
「はい」

 ”できることなら”
 なんて、日本人的な返しではなく、はっきりとした返事。

「こちらの食料をお渡ししているのですから、そちらも譲歩していただけないかと」
「お渡しされてましたっけ?」
「持ってこられたスープの材料は、元はどこで育てられたものかご存じですか?」
「あれはご厚意」

 そもそも廃棄を待っていた野菜をもらっただけ。田舎の無人販売だって、行き倒れるくらいなら金を払わなくてもいいから持ってけと言われた。
 単純に料金箱を奪うとめちゃくちゃ怒られるが、自分で食べる分だけなら持って行っていいと渡されたことだってある。

 アレックスの引きつった表情やカイニスが逸らされる目に、言いたいことがあるのはわかる。というか、自分だって立場が逆なら相手の厚顔さに驚く。

「でも、こちらに余剰が出た時だけなら、可能でしょうね。ただそちらは構わないんですか?」
「どういうことですか?」
「今回もでしたが、黒竜が持ってきた食べ物を安心して食べられます?」

 今朝だって、クレアが証人になった上に、柊爺さんが実際に食べてようやく安心していたくらいだ。間違えれば全滅もあり得る食事なのだから、安心に安心を重ねていいとは思うが、毎回それでは面倒だ。

「人には実績と信頼があります」

 信頼関係ができる程度、持ってくれば問題ないと。

「わかりました。あくまで余剰が出た時だけなら」

 アレックスは安心した方に微笑み、クレアはそっと視線を逸らした。
 そして、もう一点。

「2階層の警備と探索って」

 そもそも探索が終わってないのか。
 警備っていうのは、魔物から全ての拠点を守るってことか。はっきりしないことが多すぎる。

「お恥ずかしながら、2階層の探索が終わっていないのは事実です。探索する時間が惜しかったのです」

 迷宮攻略の方が優先されたと。
 食料や武器などが消耗される前に、先の攻略をしてしまいたかったというのもわかる。地盤を固めたところで、地下迷宮内では限度がある。ある程度でやめて進むべきだ。

「警備というのは――」
「上の連中が殴り込みに来ることがあるんだよね」
「……はい? なんで」
「今回は三人共能力なしだったから来なかったけど、能力ありだと確実に来るのよ」

 魔王軍に対抗するための神器目当てに召喚される異世界人。基本的に、神器と人間は別になっており、神器をこの世界で鍛えた兵士へ持たせ、魔王軍に対抗する。
 しかし、神器が能力として異世界人に備わっていた場合、せっかく召喚したのに神器がひとつ減ってしまうことになる。
 故に、

「回収に来るってわけか」
「そ」

 必死だな。ひとつくらい見逃せばいいのに。
 それとも、相当なコストを払って召喚しているのか。

「でも、そいつに拒否られたら終わりだろ?」
「外に出たらエリート扱いされるのと、ここに閉じ込められ続けるの、どっちがいい?」
「迷宮に城立てないと」

 普通に考える余地なかった。
 実際に、何人かが連れ戻されているという。旅団としても、穏便に済むなら構わないことだが、地下迷宮で異世界人を匿っている存在を許さない者もおり、戦闘が起きることもある。
 もういっそ、入口に落とし穴でも仕込んでおいた方がいい気もするが、それは旅団の理念として許されないのだろう。
 いまだに、1階層に食料とナイフを定期的に置いておくのだから。

 考えておくという遠回しに拒否の言葉を残して出て行った日下部とカイニスに、アレックスはため息をついた。

「お疲れだねぇ」

 昔と変わらない気の抜けた笑顔のクレアに、アレックスは表情を曇らせる。

「そんな顔しなくても、大丈夫だって。普通にやってくれるから」
「え……嘘でしょ。あんな嫌そうな顔してましたよ?」
「天邪鬼だから。エリちゃん。あとで地図とペンを渡しとくよ」

 話した時の日下部の表情と言えば、疑心と嫌悪の表情だった。そんな彼女が素直に探索に手を貸してくれるとは思えなかったが、クレアは気にした様子もなく貴重な地図とペンを用意している。

「アイツは退屈が苦手なタイプだ。ま、何かあれば僕が切るからさ」
「貴方はまた……」

 言いかけて、やめた。
 それ以上は言ってはいけない言葉だ。

「それより、先程の警備の件。能力持ちの回収以外にも、襲撃してくることがあることを伝えなくてよかったのですか?」
「んなこと言ったら、入口のところに、竹槍入りの落とし穴掘られるぞ」

 その確信に満ちたクレアの目に、アレックスは何も言えなくなった。
 そして、数日後、クレアの言う通り、柊の元に仕留めた鳥が届けられた。


*****


 ノリと勢いだけで、少しの食料支援と探索を始めて数日。

「でも、意外っすね」
「なにが?」
「なんだかんだいって、食料なんて渡さないと思ってたんで」

 干し肉以外の保存食の開発とか、言いがかりのような言い訳で旅団に食料を渡すつもりなどないと思っていた。
 日下部も同じ気持ちだった。ただ、本当になんとなくたまに放り投げているだけだ。

「気分で流通される食料なんてあてにしたくないだろうけどね。それをあてにしないといけない旅団ってのに少し同情するよ」
「でも、元騎士団っすよ? 野営がなかったわけでもないっすよ? そんな食料が取れないなんて」
「問題は異世界人の方でしょ。うちの世界は、虫は問答無用で殺すけど、ちょっとでも骨と毛があると可哀そうって言いだすし」

 元の世界は、豚肉も牛肉も鶏肉もなんだって食べるくせに、それが生きてる状態から首を落として、皮を剥いで、捌いて食べますというと、残酷だ。可哀そうだと言い始める。
 決して知らないわけではないのに、捌かれて出てくればおいしそうだと口に出し、捌かれていないと可哀そうだと食欲を失う。

「そういえば、エリサさんも捌き方知らなかったっすよね」
「魚だって実際捌いたことないよ」

 知識はあっても、掃除とか内臓のゴミの処理が面倒で、姿で買ってくるのは丸々食べられるサンマくらいだ。

「そりゃ、平気な人はいるだろうけど、一部だろうし、元騎士団は迷宮攻略の方に大部分は当ててるでしょ」
「まぁ、そうっすね。狩りができるのと、戦闘ができるのは違いますし。狩りだけなら、エリサさんだけでもできるでしょうし」
「でしょ」

 2階層には、攻撃性の高い魔物はいない。すでに退治されただけかもしれないが、とにかく鋼鉄牛のような軽々と人を殺せるような魔物は存在しない。
 アラウネに遭遇した時だって、とりあえず走って逃げられたし、強いてあげるなら、断末魔で死にかけるくらいだ。

 それでもやらないのかと思えば、そんな連中を手助けてやるなんて、気分が向いた時程度だ。

「じゃあ、ドアの前に生肉吊ってくる」
「はーい。見つからないように気を付けるんすよー」

 相変わらず、正面から入ってこないとアレックスが目くじらを立てているらしいので、ここ最近は門番に後ろから声をかけている。正論で殴られるのは、心に来るのだ。色々と。
 なので、本日は皮を剝いだ肉をドアの前に吊るそうと思います。
 良いことは打ち消さなきゃいけない呪いにでもかかってんの? とクレアから聞かれたが、それは違う。
 なんかこう、もやもやする。
 良い人と言われるのは決して悪いことではない。勘違い万歳なのだが、背伸びをする体力は昔から成長しなかった。

 それに、この先の決まった場所で、背伸びしたレッテルを貼られたくなかった。
 数秒、数日、数ヶ月の命を、昔のように息をしたいだけ。

 しかし、やはり不思議だ。
 この地下迷宮には、元騎士団の洛陽の旅団と保護された異世界人、罪人が放り込まれ、そのほぼ全員がこの2階層にいるはず。
 いくら土が良くて育ちがいいとして、多少魔物が湧き続けていて、大穴から不定期な物資が届いて、動物が穴に落ちたり、鳥が入ってきて多少の出入りがあるにしろ、ここはほぼ閉鎖空間。
 何ヶ月と食いつなげるものか。

「……」

 考えてみれば、一度トカゲの罪人に襲われたことはあるが、それ以降、旅団以外の人間に会ったことはない。
 訳ありの罪人が多いとは思えないが、トカゲも確か”黒”だった。しかも、旅団から犬を奪えるほどの強かさを持っていた。

 そして、旅団が食糧や物資の先がないことを察し、迷宮攻略を始めたのは、最近の事。
 カイニスが言うには、前は旅団内でひと悶着あったらしいが、ここ最近は随分と落ち着いているという。

「……」

 思い至るそれは大したことではない。というより、ありえないことでもないし、仕方ないことでもある。
 それに、自分に関わりがあることでもない。関係のないことがどう動いていようが自分には関係のないことで、そこに思考を持っていかれるのはもったいない。

「日下部さん?」

 思考にかかる大きなノイズに目をやって、そのノイズに眩暈がしたような気がした。

「やっぱり日下部さんだ! よかった! 無事だったんだね。どこにいたの? 心配してたんだよ。あ、石ノ森さんもいるんだよ」

 気持ち悪い。
 気持ち悪い。気持ち悪い……!!

「旅団も大変みたいでね。色々仕事を割り振ってるみたいなんだけど、子供と毎年キャンプしてたから、その時夫がやってこととか結構役に立ってね。
 キャンプって役割分担が大事なんだよ。薪割りとかの力仕事はメンズの仕事で、服を直したりは女の人みたいにね。物は大事に使わないと。買えるわけじゃないからね。男の人ってそういうところ雑でしょ? 女の人の方が丁寧だしさ。
 日下部さんはどこにいたの? 一緒にいた方が安心でしょ。アレックスさんにお願いして、一緒の拠点にいれるようにお願いしてあげるね。
 そうだ。この後、洗濯に行くんだけど、人手が欲しかったから、日下部さんも来なよ。石ノ森さんも来るから、話し相手になってあげて? まだ石ノ森さん、ショック受けてるみたいでね。ちょっとは立ち直ってきてくれてるみたいなんだけど、タイミングもね。日下部さんもいてくれたら安心するだろうしさ」

 考えの合わない仕切り。
 一点しか見えていない目。同情している自分ができる、素晴らしいと可愛がって、周りのことなど見えず、大声で黙らせる。
 お世辞でもなんでも口にしないといけないのに、溢れ出しそうな感情を抑えるので必死で――

 ――どうして、我慢しているんだろう?

 そうだ。ここは前の世界じゃない。
 人だけが特別な社ここは会的拘束を受けて地下迷いる世界宮だじゃない。

「日下部さんって独り暮らしだったよね? なら、料理とかできるよね。ここって自給自足だから、鳥も捌くんだけど、内臓取るとかできないから旅団の人にお願いしてるんだよ」

 自分よりも頭一つ小さい身長に、細い体。年齢も10歳か15歳は上。
 見た限りナイフを持ってる様子はない。性格からして、隠し持つことはしない。つまり、丸腰。

「あぁ、あと柊さんって人も鶏飼ってたからとかでできるみたいでね、お願いしてるんだ。捕ってくるついでにパパっとね。だから、安心して」

 外国で見つけた日本人のように信用してる。自分を絶対に傷つけないと。
 思考に暴力というものがない。

「私もいるし!」

 最初は目。
 きっと前のように頭を腕で防ぎながら、小さく丸くなる。

「とりあえず、石ノ森さんのところにいこう。アレックスさんには私から伝えてあげるから」

 うん。狩れるできる

「でも、日下部さんが怪我とかしてなさそうでよかった。怪我してるなら言ってね?」
「大丈夫ですよ」

 少し顔を逸らして、ひとつのテントの方へ顔を向けた。
 相川の動きに合わせて、少し体を捻り、腕を腰へやり、ナイフの柄に触れる。

「石ノ森さんはあのテントに――――」

 もう一度こちらへ目を向けたその瞬間、ナイフを抜いた。
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