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第2作戦 依頼遂行
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ひんやりと冷え込む朝。しかし、体が震えるのは、その寒さが原因ではなかった。
崖に少しだけせり出し、少しだけ休憩できる場所。見下ろしてみれば、足を滑らせれば簡単に死んでしまいそうな高さで、ほぼ垂直なこの壁を自分でもよく登ってきたと褒めたいくらいだ。
全員が変身して、その崖を必死に登っていた。いや、変身をしなければ登れる気がしない。
「あのクソジジィ……! 何が『家は山の中だから、山登りが少し大変じゃぞ』だッ! これはロッククライミングって言うんだよ! 横文字苦手な脳みそにインプットしとけ! ジジィ!」
ツッコミどころが、そこでいいのか疑問に思ったものの、それを口にする元気もなく、上を見上げた。中腹までは来ているらしいが、まだ遠いように見える頂上。
「変身しないと登りきれないレベルなのに、長老すっげぇ……」
自分たちよりも早く、しかもルーチェを抱えた状態で、すいすいと登っていく長老に、憎悪と同時に本当に少しだけ関心していた。
「俺は変身しても登りきれる気がしねェよッ!!」
泣き叫ぶ拓斗が、ようやく休憩できるスペースに登ってくると、上を見上げ、叫ぶ。
「弥ーーッ!! 俺も一緒に連れていってーーッ!!」
長老と同じような高さで、木在を抱えながら壁を登っている弥に助けを求めるものの、返ってきたのは「ムリ」という短くはっきりとした返事だ。
「さすがに、両手ふさがるのは危険」
「俺が言うのもなんだけど、重さ的には平気なんだな……」
魔術タイプである木在に、この崖を登り切れというのは到底無理な話で、弥はルーチェと木在を抱えることになったのだが、それは気の毒だと、長老がルーチェだけは抱えてくれていた。
普通ならば、変身しない方が余計な重量は掛からないが、誰かが落ちたりした場合、すぐに助けに入れるように、そしてこの崖登りの間、基本的には木在が弥にしがみついている状態であるため、体力が続かないという理由で、木在も変身していた。
長老が軽々と頂上に着き、ルーチェを下ろしていると、気がついた部下が駆け寄ってきた。
「長老……! おつとめご苦労さまです」
「今戻った。これから、五人くるから、飯の用意を――」
部下に命令しながら、後ろで聞こえてきた音に振り返れば、弥が後ろで木在を下ろしているところだった。
「長老?」
「いや、飯の用意を頼む」
「はっ」
「ふむ……いくら、子供を抱えてたとはいえ、あの道以外で、わしに追いつくとは……わしも歳をとったかのぉ」
気が付けば、崖には妙な列が出来上がっていた。遼太が、長老の通った道が他よりもラクだと気がつくと、自然と二人も続き、列となっていた。
三人がぐったりとした中、六人は広い和室へと案内された。
「では、改めて自己紹介しておこう。わしは、帝国独立諜報機関の長老じゃ」
遼太は、弥の肩に手をやる。
「名前は長老でいいのかよ? クソジジィって聞いてます」
「長老で呼びにくいのなら、別の使ってる名を使うが?」
すると、遼太は首を横にふり、代わりに拓斗が木在の膝を叩くと、
「くそのじじ。もう俺、限界だから休ませてください。お願いします。ですって」
「お主ら、よくそれで会話ができるな……ゆっくり休め。ここに侵入するには、あの崖か、抜け道を通るしかないが、あの崖が一番ラクな道じゃからな」
拓斗はそれを聞いて、親指を立てると、グッタリと倒れた。遼太と和樹も同じく床に倒れこんだ。もはや、人前であるということは、気にしていられないらしい。
「しかし、飯の用意をさせたのじゃが、いらぬ用意だったかの?」
飯という言葉に、和樹はゆっくりと手を伸ばすと、ルーチェの手を握った。
「た、食べる……? って、たぶん」
もはや床に顔をこすりつけているようにしか見えない和樹の頷きに、ルーチェは安心して胸をなでおろした。
***
それを初めて見つけたのは、ルーチェだった。最初は一体何の資料か、わからなかったが、目の前で起きた現象は、子供ながらによくわかることだった。
怪人が増える。餅を分けるように、別れた二人の怪人は各々が気ままに動いていた。
その事実を研究所に人に伝えたものの、誰一人信じることはなく、ルーチェはついにそのデータを盗むことにした。盗むことは、成功した。しかし、逃げる時見つかってしまった。
「お前は確か、ルシファエラの……あぁ、そうか」
男は優しげな笑みを浮かべると、ルーチェの手を掴んだ。
「ここには遊び場じゃないんだ。見てはいけないものを見てしまうかもしれないからね」
笑顔のはずなのに、背筋が震え、声がでなかった。すっかり動けなくなった体を、やけに優しい手つきが触れ、腕に何か小さな痛みを感じ、意識を失った。
意識が戻った時には、いつも研究所の一角で、青い顔をした母が傍にいて、ルーチェの体からはチューブが大量に生えていた。
「おかぁ……ん」
「ルーチェ? 起きたの? どこも痛いところはない?」
動きにくい体をどうにか動かして、メモリーチップを見せれば、母はすぐに研究員に渡した。その間もずっと手は握られていた。
あの時、痛みは注射だった。打たれたのは、ウミナメを作り出したのと同じものだったそうだ。人間にも有効かどうか、その実験にルーチェは使われたのだ。
「本当に、ルーチェも連れていくの?」
「何かあった時、ヴェーベの方が対処できる。それに、このデータも持っていかなければならないだろう」
そして、事故に巻き込まれ、父は重症を負った。あの時、拓斗たちが間に合わなければ、父は死んでいた。私のせいで。
その助けてくれた拓斗たちすら、死にかけた。
「お前のせいだ」
あの笑顔が、目の前に現れた。
「イヤァァァアアア!!!」
「ぐべばッ!」
その顔を絶叫しながら殴り飛ばせば、なにかおかしな声も聞こえた気がしたが、ルーチェにはそんなこと気にする余裕はなかった。じっとりと汗ばみ、張り付いた服。脳裏にはべっとりと先程の悪夢が張り付いていた。
「ぅ゛……ぅ゛ぅ゛ぅ゛……なか、なか……やり、おる……ガクッ……」
よくわからない寝言に振り返ってみれば、足元に腹を抱えて眠っている拓斗がいた。先程の和室とは違う、畳張りの小さな部屋。部屋の中央には、すでにちゃぶ台が置かれ、遼太と弥がお茶を飲みながら地図を見ていた。
「こいつらに変なことされそうになったら、遠慮なく急所で構わないからな」
「へ?」
ようやく頭が整理がつき、眠る前のことを思い出してきた。
用意された料理を食べ終わて、客室に通されると、全員布団を敷く間もなく眠ったのだ。かけられた掛け布団は、弥か木在が掛けてくれたものだろうが、拓斗も和樹も使ってはいなかった。唯一使っている木在は、何故かちゃぶ台の下に頭を入れている。
これからのことを弥と遼太が話しているのを聞きながら、ルーチェが湯呑みに口を付けた瞬間、
「ピカピカ泥団子ォォオオッ!」
意味のわからない叫びと鈍い音と同時に、ちゃぶ台が大きく揺れた。寝ぼけて頭をぶつけたらしい木在は、ちゃぶ台の下で頭を抑えていたが、上では湯のみが倒れ、地図やちゃぶ台にぶちまけられた茶を拭くのに忙しく、誰一人として木在の心配をする人はいなかった。
全員が目を覚ますと、拓斗は寝ぼけた目で、ギターケースを手にしようとするが、遼太に止められた。
「なんだよ」
「近所迷惑。つーか、起きたなら、長老に話聞きに行くぞ」
遼太がさっさと立ち上がって部屋をでれば、他も何も言わずについていく。ルーチェが一人、取り残されそうになり慌てて追いかければ、和樹が待っていた。
「ご、ごめんなさい……!」
不思議そうに首をかしげる和樹は、ルーチェの隣をゆっくりと歩く。前を歩く遼太は後ろをあまり気にしていないのか、どんどん離れていっている。
「長老さんのところに行くんですよね?」
「らしいね」
「えっと……何をしに、行くんでしょう? あ、で、でも、急ぐこともないし、ここが安全ならちゃんと休んだり、情報集めたり、やることはいっぱいありますよね!」
帝国本土に入ってすぐに襲われたのだ。慎重に事を進める必要もあるだろう。それについて、自分が色々聞くのは迷惑だろう。少なくとも、この人たちは遼太の思っていることを理解してついて行っているのだろうから。
ルーチェが慌てて取り繕い、少しでも迷惑にならないように早歩きで遼太たちを追いかければ、隣から手をたたく音が聞こえた。
「あぁ! そっか。情報収集か。なるほど」
和樹の本気で今、気がついたという表情に唖然とするしかなかった。
「え、じゃあ、なんで……」
「いやーだって、俺らこういうのわかんないし、遼太に任せてて」
まったく悪びれない和樹に、ルーチェが言葉を失っていれば、和樹は笑いながら、
「それに遼太も俺らがダメなこともわかってるくせに”来い”って言うことは、俺らにも話は聞いとけってことだから」
信頼しているからこその行動だったのだが、和樹が何かに気がつくと、今度は含み笑いをし始めた。
「あーでも、前にホラー映画見た時は、トイレだったよな?」
「その話はやめとけ。弥以外全員だっただろ」
夜中に男が四人で一緒にトイレに行くなど、できれば思い出したくない話だ。
最初に通された大きな和室に、長老はいた。数枚の紙を吟味するように見つめていたが、遼太たちに気がつくと、笑顔で手招きして受け入れる。
「本拠地に招き入れてから調べてんのかよ?」
「ヴェーベに問い合わせれば、簡単に調べられる程度を調べるとは言わんよ。して、なんの用じゃ?」
「聞きたいことがあって来たんだが、今、大丈夫だよな」
最初から質問する気満々らしく、遼太は長老の前に座る。その周りに、拓斗たちも各々自由に座れば、長老も頷いた。
「ここは、帝国独立諜報機関だって言ったよな?」
「言った。わしはその長じゃ」
「昨日、俺たちを襲ってきたロリコンは帝国の研究機関の人間だ。そんな奴が、同じ側の人間を捕まえるとは思わねぇ。今の帝国は少なくとも二つの派閥が争ってるってことであってるよな?」
どの国も完璧な一枚岩だとは思ってはいないが、大きな派閥が争っているのと、隠れて動き、今の勢力を逆転させるための小競り合いがあるのとでは、状況が違ってくる。可能性は両方とも捨てきれないものの、遼太は後者の可能性が高いと思っていた。
「どの辺まで、あいつらは浸透してんだ?」
「お主は、わしがあちらの味方とは考えぬのか? 嘘の情報を教えるかもしれんぞ?」
小人内に閉じ込められ、その中で出会った長老を今まで疑わずに一緒にいたが、考えてみれば帝国の諜報機関の長を帝国側の人間が捕まえる必要がない。必要があるとすれば、わざと捕まったふりをして、敵に紛れ込ませ、敵の情報を手に入れることくらいだ。
しかし、遼太は笑いながら、それを否定した。
「長老がロリコンの味方なら、脱出してすぐに部下が無事か確認することも、俺たちを警戒するわけないしな。つーか、本気で信用させたいなら、せめて手錠くらいお揃いにしようぜ?」
「……全くじゃな」
「ま、完全にこっちの味方とは思わないけどな」
嘘をついてでも情報を集め、操作するのが仕事である諜報機関をおいそれと信じることはできない。
「さすがは、このチームのリーダーというだけあるか。わしらは、帝国に利する方に手助けをしたいところじゃが、まだ見極める途中でな。先程の質問にも、頭までではない、とだけ答えておこう」
「じゃあ、もう一つ。なんで、俺たちをここに連れてきた?」
遼太がそう聞けば、長老は少し目を細める。そして、部下を呼ぶと古い地図を遼太に見せた。
「これはすでに廃線になった地下鉄の路線図じゃ。ここから抜け道を使えば、ここに出られる」
遼太がそれをしばらく見ると、恐る恐る長老に問いかけた。
「その抜け道ってのは、きついか?」
「なに降りるだけなら、ただの紐無しの飛び込み台じゃ」
「……まぁ、それなら。よし、その道を教えてくれ」
長老が頷くのを確認すると、明日の朝にその抜け道を教えることになった。今日は休んでいけということらしい。六人が部屋に戻ろうとした、その時、思い出したように長老が声を上げ、弥を指さした。
「もし、その娘が諜報機関へ入るというなら、そっちに手を貸してやるが?」
「「「「いや、それはやめておいたほうがいい」」」」
珍しく四人の息がぴったりあった。それには、ルーチェも長老も驚いて四人を見るが、四人は各々「悪いことは言わない」とか「笑顔魔人」とか「セキュリティー」とか「権力魔王」だとかバラバラなことを言い始め、仕方なく本人に目を向ければ、少しだけ困ったように首をかしげた。
「そこまでひどくはない……」
「なんじゃ……いったい。その娘がトラブルメーカーとは思わんが」
長老の言葉に、ルーチェも頷くが、拓斗が違うと否定する。
「いや、こう見えても弥は結構、クセが強いぜ。長老」
「お主には言われたくないじゃろうな」
「というか、みなさん結構、クセありますよ?」
ルーチェのその言葉に、全員、否定することはなかった。
崖に少しだけせり出し、少しだけ休憩できる場所。見下ろしてみれば、足を滑らせれば簡単に死んでしまいそうな高さで、ほぼ垂直なこの壁を自分でもよく登ってきたと褒めたいくらいだ。
全員が変身して、その崖を必死に登っていた。いや、変身をしなければ登れる気がしない。
「あのクソジジィ……! 何が『家は山の中だから、山登りが少し大変じゃぞ』だッ! これはロッククライミングって言うんだよ! 横文字苦手な脳みそにインプットしとけ! ジジィ!」
ツッコミどころが、そこでいいのか疑問に思ったものの、それを口にする元気もなく、上を見上げた。中腹までは来ているらしいが、まだ遠いように見える頂上。
「変身しないと登りきれないレベルなのに、長老すっげぇ……」
自分たちよりも早く、しかもルーチェを抱えた状態で、すいすいと登っていく長老に、憎悪と同時に本当に少しだけ関心していた。
「俺は変身しても登りきれる気がしねェよッ!!」
泣き叫ぶ拓斗が、ようやく休憩できるスペースに登ってくると、上を見上げ、叫ぶ。
「弥ーーッ!! 俺も一緒に連れていってーーッ!!」
長老と同じような高さで、木在を抱えながら壁を登っている弥に助けを求めるものの、返ってきたのは「ムリ」という短くはっきりとした返事だ。
「さすがに、両手ふさがるのは危険」
「俺が言うのもなんだけど、重さ的には平気なんだな……」
魔術タイプである木在に、この崖を登り切れというのは到底無理な話で、弥はルーチェと木在を抱えることになったのだが、それは気の毒だと、長老がルーチェだけは抱えてくれていた。
普通ならば、変身しない方が余計な重量は掛からないが、誰かが落ちたりした場合、すぐに助けに入れるように、そしてこの崖登りの間、基本的には木在が弥にしがみついている状態であるため、体力が続かないという理由で、木在も変身していた。
長老が軽々と頂上に着き、ルーチェを下ろしていると、気がついた部下が駆け寄ってきた。
「長老……! おつとめご苦労さまです」
「今戻った。これから、五人くるから、飯の用意を――」
部下に命令しながら、後ろで聞こえてきた音に振り返れば、弥が後ろで木在を下ろしているところだった。
「長老?」
「いや、飯の用意を頼む」
「はっ」
「ふむ……いくら、子供を抱えてたとはいえ、あの道以外で、わしに追いつくとは……わしも歳をとったかのぉ」
気が付けば、崖には妙な列が出来上がっていた。遼太が、長老の通った道が他よりもラクだと気がつくと、自然と二人も続き、列となっていた。
三人がぐったりとした中、六人は広い和室へと案内された。
「では、改めて自己紹介しておこう。わしは、帝国独立諜報機関の長老じゃ」
遼太は、弥の肩に手をやる。
「名前は長老でいいのかよ? クソジジィって聞いてます」
「長老で呼びにくいのなら、別の使ってる名を使うが?」
すると、遼太は首を横にふり、代わりに拓斗が木在の膝を叩くと、
「くそのじじ。もう俺、限界だから休ませてください。お願いします。ですって」
「お主ら、よくそれで会話ができるな……ゆっくり休め。ここに侵入するには、あの崖か、抜け道を通るしかないが、あの崖が一番ラクな道じゃからな」
拓斗はそれを聞いて、親指を立てると、グッタリと倒れた。遼太と和樹も同じく床に倒れこんだ。もはや、人前であるということは、気にしていられないらしい。
「しかし、飯の用意をさせたのじゃが、いらぬ用意だったかの?」
飯という言葉に、和樹はゆっくりと手を伸ばすと、ルーチェの手を握った。
「た、食べる……? って、たぶん」
もはや床に顔をこすりつけているようにしか見えない和樹の頷きに、ルーチェは安心して胸をなでおろした。
***
それを初めて見つけたのは、ルーチェだった。最初は一体何の資料か、わからなかったが、目の前で起きた現象は、子供ながらによくわかることだった。
怪人が増える。餅を分けるように、別れた二人の怪人は各々が気ままに動いていた。
その事実を研究所に人に伝えたものの、誰一人信じることはなく、ルーチェはついにそのデータを盗むことにした。盗むことは、成功した。しかし、逃げる時見つかってしまった。
「お前は確か、ルシファエラの……あぁ、そうか」
男は優しげな笑みを浮かべると、ルーチェの手を掴んだ。
「ここには遊び場じゃないんだ。見てはいけないものを見てしまうかもしれないからね」
笑顔のはずなのに、背筋が震え、声がでなかった。すっかり動けなくなった体を、やけに優しい手つきが触れ、腕に何か小さな痛みを感じ、意識を失った。
意識が戻った時には、いつも研究所の一角で、青い顔をした母が傍にいて、ルーチェの体からはチューブが大量に生えていた。
「おかぁ……ん」
「ルーチェ? 起きたの? どこも痛いところはない?」
動きにくい体をどうにか動かして、メモリーチップを見せれば、母はすぐに研究員に渡した。その間もずっと手は握られていた。
あの時、痛みは注射だった。打たれたのは、ウミナメを作り出したのと同じものだったそうだ。人間にも有効かどうか、その実験にルーチェは使われたのだ。
「本当に、ルーチェも連れていくの?」
「何かあった時、ヴェーベの方が対処できる。それに、このデータも持っていかなければならないだろう」
そして、事故に巻き込まれ、父は重症を負った。あの時、拓斗たちが間に合わなければ、父は死んでいた。私のせいで。
その助けてくれた拓斗たちすら、死にかけた。
「お前のせいだ」
あの笑顔が、目の前に現れた。
「イヤァァァアアア!!!」
「ぐべばッ!」
その顔を絶叫しながら殴り飛ばせば、なにかおかしな声も聞こえた気がしたが、ルーチェにはそんなこと気にする余裕はなかった。じっとりと汗ばみ、張り付いた服。脳裏にはべっとりと先程の悪夢が張り付いていた。
「ぅ゛……ぅ゛ぅ゛ぅ゛……なか、なか……やり、おる……ガクッ……」
よくわからない寝言に振り返ってみれば、足元に腹を抱えて眠っている拓斗がいた。先程の和室とは違う、畳張りの小さな部屋。部屋の中央には、すでにちゃぶ台が置かれ、遼太と弥がお茶を飲みながら地図を見ていた。
「こいつらに変なことされそうになったら、遠慮なく急所で構わないからな」
「へ?」
ようやく頭が整理がつき、眠る前のことを思い出してきた。
用意された料理を食べ終わて、客室に通されると、全員布団を敷く間もなく眠ったのだ。かけられた掛け布団は、弥か木在が掛けてくれたものだろうが、拓斗も和樹も使ってはいなかった。唯一使っている木在は、何故かちゃぶ台の下に頭を入れている。
これからのことを弥と遼太が話しているのを聞きながら、ルーチェが湯呑みに口を付けた瞬間、
「ピカピカ泥団子ォォオオッ!」
意味のわからない叫びと鈍い音と同時に、ちゃぶ台が大きく揺れた。寝ぼけて頭をぶつけたらしい木在は、ちゃぶ台の下で頭を抑えていたが、上では湯のみが倒れ、地図やちゃぶ台にぶちまけられた茶を拭くのに忙しく、誰一人として木在の心配をする人はいなかった。
全員が目を覚ますと、拓斗は寝ぼけた目で、ギターケースを手にしようとするが、遼太に止められた。
「なんだよ」
「近所迷惑。つーか、起きたなら、長老に話聞きに行くぞ」
遼太がさっさと立ち上がって部屋をでれば、他も何も言わずについていく。ルーチェが一人、取り残されそうになり慌てて追いかければ、和樹が待っていた。
「ご、ごめんなさい……!」
不思議そうに首をかしげる和樹は、ルーチェの隣をゆっくりと歩く。前を歩く遼太は後ろをあまり気にしていないのか、どんどん離れていっている。
「長老さんのところに行くんですよね?」
「らしいね」
「えっと……何をしに、行くんでしょう? あ、で、でも、急ぐこともないし、ここが安全ならちゃんと休んだり、情報集めたり、やることはいっぱいありますよね!」
帝国本土に入ってすぐに襲われたのだ。慎重に事を進める必要もあるだろう。それについて、自分が色々聞くのは迷惑だろう。少なくとも、この人たちは遼太の思っていることを理解してついて行っているのだろうから。
ルーチェが慌てて取り繕い、少しでも迷惑にならないように早歩きで遼太たちを追いかければ、隣から手をたたく音が聞こえた。
「あぁ! そっか。情報収集か。なるほど」
和樹の本気で今、気がついたという表情に唖然とするしかなかった。
「え、じゃあ、なんで……」
「いやーだって、俺らこういうのわかんないし、遼太に任せてて」
まったく悪びれない和樹に、ルーチェが言葉を失っていれば、和樹は笑いながら、
「それに遼太も俺らがダメなこともわかってるくせに”来い”って言うことは、俺らにも話は聞いとけってことだから」
信頼しているからこその行動だったのだが、和樹が何かに気がつくと、今度は含み笑いをし始めた。
「あーでも、前にホラー映画見た時は、トイレだったよな?」
「その話はやめとけ。弥以外全員だっただろ」
夜中に男が四人で一緒にトイレに行くなど、できれば思い出したくない話だ。
最初に通された大きな和室に、長老はいた。数枚の紙を吟味するように見つめていたが、遼太たちに気がつくと、笑顔で手招きして受け入れる。
「本拠地に招き入れてから調べてんのかよ?」
「ヴェーベに問い合わせれば、簡単に調べられる程度を調べるとは言わんよ。して、なんの用じゃ?」
「聞きたいことがあって来たんだが、今、大丈夫だよな」
最初から質問する気満々らしく、遼太は長老の前に座る。その周りに、拓斗たちも各々自由に座れば、長老も頷いた。
「ここは、帝国独立諜報機関だって言ったよな?」
「言った。わしはその長じゃ」
「昨日、俺たちを襲ってきたロリコンは帝国の研究機関の人間だ。そんな奴が、同じ側の人間を捕まえるとは思わねぇ。今の帝国は少なくとも二つの派閥が争ってるってことであってるよな?」
どの国も完璧な一枚岩だとは思ってはいないが、大きな派閥が争っているのと、隠れて動き、今の勢力を逆転させるための小競り合いがあるのとでは、状況が違ってくる。可能性は両方とも捨てきれないものの、遼太は後者の可能性が高いと思っていた。
「どの辺まで、あいつらは浸透してんだ?」
「お主は、わしがあちらの味方とは考えぬのか? 嘘の情報を教えるかもしれんぞ?」
小人内に閉じ込められ、その中で出会った長老を今まで疑わずに一緒にいたが、考えてみれば帝国の諜報機関の長を帝国側の人間が捕まえる必要がない。必要があるとすれば、わざと捕まったふりをして、敵に紛れ込ませ、敵の情報を手に入れることくらいだ。
しかし、遼太は笑いながら、それを否定した。
「長老がロリコンの味方なら、脱出してすぐに部下が無事か確認することも、俺たちを警戒するわけないしな。つーか、本気で信用させたいなら、せめて手錠くらいお揃いにしようぜ?」
「……全くじゃな」
「ま、完全にこっちの味方とは思わないけどな」
嘘をついてでも情報を集め、操作するのが仕事である諜報機関をおいそれと信じることはできない。
「さすがは、このチームのリーダーというだけあるか。わしらは、帝国に利する方に手助けをしたいところじゃが、まだ見極める途中でな。先程の質問にも、頭までではない、とだけ答えておこう」
「じゃあ、もう一つ。なんで、俺たちをここに連れてきた?」
遼太がそう聞けば、長老は少し目を細める。そして、部下を呼ぶと古い地図を遼太に見せた。
「これはすでに廃線になった地下鉄の路線図じゃ。ここから抜け道を使えば、ここに出られる」
遼太がそれをしばらく見ると、恐る恐る長老に問いかけた。
「その抜け道ってのは、きついか?」
「なに降りるだけなら、ただの紐無しの飛び込み台じゃ」
「……まぁ、それなら。よし、その道を教えてくれ」
長老が頷くのを確認すると、明日の朝にその抜け道を教えることになった。今日は休んでいけということらしい。六人が部屋に戻ろうとした、その時、思い出したように長老が声を上げ、弥を指さした。
「もし、その娘が諜報機関へ入るというなら、そっちに手を貸してやるが?」
「「「「いや、それはやめておいたほうがいい」」」」
珍しく四人の息がぴったりあった。それには、ルーチェも長老も驚いて四人を見るが、四人は各々「悪いことは言わない」とか「笑顔魔人」とか「セキュリティー」とか「権力魔王」だとかバラバラなことを言い始め、仕方なく本人に目を向ければ、少しだけ困ったように首をかしげた。
「そこまでひどくはない……」
「なんじゃ……いったい。その娘がトラブルメーカーとは思わんが」
長老の言葉に、ルーチェも頷くが、拓斗が違うと否定する。
「いや、こう見えても弥は結構、クセが強いぜ。長老」
「お主には言われたくないじゃろうな」
「というか、みなさん結構、クセありますよ?」
ルーチェのその言葉に、全員、否定することはなかった。
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