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13話 変異

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 P03のみの殺害。
 それに、何の意味があるのか。

 それは、情報を断片的に伝えられている一部の隊員たちでは、理解できないだろう。
 影山もその一人で、眉を潜める他なかった。

「P03は、唯一個体なんです」

 ヴェノリュシオンたちの殺処分が免れた要因として大きかったのは、巨大変異種が現れた際に、他の隊員たちを救い、戦ったことだ。
 これによって、無暗に人を襲う変異種と違うことが証明された。

 だが、それは、が大前提の話だ。

「ぇ……」

 感染したら、問答無用で変異を起こす。
 それは、隊員たちにとって死活問題であり、影山も頬が引きつるのを感じた。

「エンジェルポーション。お前も知ってるだろ」

 少し前に摩訶不思議な噂と共に流行っていた、違法薬物の名前だ。
 瀕死の人間を生き返らせる力があるとか、ないとか。

 ただの噂話だと、影山は取り合ってもいなかったが、聞き覚えのある力に、背中に薄ら寒いものを感じた。

「アレの原料は、P03の脳漿だ」

 エンジェルポーションは、流行っていたこともあり、成分の分析が比較的早く行われていた。
 その際に、元々生物の体液に似た成分が出ていたことは、ヴェノム研究所摘発前からわかっていた。

 その上で、ヴェノム研究所摘発後に確認された、大脳変異型であるP型の現存個体の存在。
 研究者であった橋口は、すぐにその仮説を立て、立証した。

 ”P03の脳および脊髄には、未だに感染力の高い変異ウイルスが存在している”

 それが、橋口の出した結論であり、おそらくヴェノム研究所の研究員たちも同じ結論を出していた。

「ちょ、ちょっと待ってください。つまりそれって、エンジェルポーションを使った連中は、全員感染してるってことですか?」
「理論的には、そうでしょうね。実際、違法薬物なので、確実なことは言えませんが」

 橋口たち研究部隊からの依頼を受けて、杉原たち医療部隊が調べたところ、現在の医学的に”奇跡”と言われる症例に対して、エンジェルポーションの使用の有無、遺伝子変異の確認を行ったところ、使用ありに大して変異率は100%だった。
 牧野も、その症例の一人だ。

 しかし、エンジェルポーションを使用していたにも関わらず、死亡した・治癒していない事例の報告もあり、全てが全て感染しているとは言い難い。
 ここから想定されるのは、潜在的な感染を起こしていても、P03による治療行為、つまり変異による治療を行わなければ、変異を起こさないということ。

「ですので、現在P03に掛けられている疑いは、感染力を持つウイルスを内包している。潜在的な感染者たちを、任意のタイミングで変異させることができる。この2点です」

 いくら学がなくてもわかる。
 その2点だけで、殺害許可は出るどころか、積極的に殺害する理由になる。

「そんなの、どうして……」

 殺害せずに、生かしているのだ。

 影山だけではない、その言葉はきっと多くの生き残った人間が口にすることだろう。
 だが、影山がそれ以上口にできなかったのは、彼らと関わってしまったからだ。

 ヴェノリュシオンたちあいつらが、そんなことをするわけがないと分かっているからだ。

「~~っっ!! はぁ……ッッ!! それで、この後はどうするんですか?」

 言いたいことを全て飲み込み、牧野へ向き直る影山に、少しだけ驚いたように目を丸くした杉原も、同じように申し訳なさそうに眉を下げている牧野へ目をやった。

「P03本人の保護は、アイツらに任せるとして、こちらとしては、立涌中尉を抑えたいな」
「物理的にですか?」

 それは、だいぶ難しい話だ。

 いくら、立涌が外部の存在とはいえ、階級は上だし、外部の部隊も連れている状況で、無理に立涌の身柄を抑えようとすれば、確実に部隊同士の衝突になる。
 ヴェノリュシオンたちのことを除いたとしても、その事態の説明において、非があるのは、先に銃口を向けたこちらになる。

「中尉ひとり抑えたところで、アイツらの立場が一転するわけでもない。そのくせ、下手すれば、悪くなるから、正直通常業務だけを続けててほしいものなんだが……」

 不安が多すぎる。
 個人的な恨みで、ヴェノリュシオンたちの殺害を行おうとしたり、擁護する存在へ無茶な命令を下したり、それに反抗すれば、こちらの立場が悪くなる。
 妙な権力を持っているおかげで、こちらが動きにくい。

 上層部もそれを理解した上で、立涌を配置したのだろう。
 あわよくば、ここで起こした事故で、ヴェノリュシオンの立場を簡単なものにできないかという期待を込めて。

「先生をこう留する理由を探しているので、大人しくはしてくれないでしょうね」
「だよな……」

 おそらく、朝一に杉原とのことを聞かれることだろう。

 その時に渡す情報。これが、重要なポイントになる。
 ここで、立涌の信用が取れたなら、影山は立涌の情報を得ることのできるスパイになりえる。

「先生を黒にして、恋人になったから、俺の方についてくれるって言えば、とりあえず、現状維持になりますかね?」
「中尉になるような人間が、そこまでバカとは思えませんから、私に関しては諦めて、黒にしておくべきかと」
「え、でもそれじゃあ、先生が危ないじゃないですか」

 黒だと確定したなら、意図した事故を引き起こされる可能性だってある。
 その権力を使えば、医官を新しく連れてくることも不可能ではないし、変異種の騒動も大分落ち着いた今、医官が数日いないところで、大きな問題はない。

「あからさまな嘘より、医官に空きを作ることができない状況にすれば、私の身の安全は保障できます。予測できない行動をされるより、そちらの方がいいのでは?」
「具体的には?」
「緊急性の高い患者がいることでしょうね」
「誰かに怪我をしろと?」
「……もっと簡単なものがあります。処置そのものも単純で、必要な薬剤と道具は揃っています」

 最も、選ばれてしまった本人は、辛いどころではないだろうが。

「食物性のアレルギーを持っている隊員に、アナフィラキシーを起こしてもらいます」

 不意打ちではないアナフィラキシーなら、事前に薬剤を準備することはできるし、事前に把握できている隊員たちの情報から、致死性の低い隊員を選ぶ。
 あとは、遅発性のアナフィラキシーの危険性について説明すれば、医官を長時間不在にさせることの難しさを理解するだろう。

「ただし、確実に助けられるかは、保証できません」

 小さな命たちのため、自分の命のため、そのために他人の命を危険に晒す。
 そこまでする価値がある命かと、自分で自分に呆れてしまう。

 杉原が小さくため息をついた時、カチリとドアノブが回る音が響く。

「意図的にアナフィラキシーを起こすなど、医者の言うことではないですね。杉原二佐」

 開いた扉から入ってきたのは、立涌中尉だった。
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