24 / 25
23
しおりを挟む
「白菊!」
驚いて声を上げたのは、ずっと心配そうに白菊を見つめていた朔だった。
「朔さん、気遣ってくれてありがとうございます。」
白菊はひそひそ声で小さくお礼を言い、ニコッと笑う。
「でも…」
「大丈夫です。特技なら、僕にも一つだけあります。」
そう言ってさっと立ち上がると、白菊は正宗を真っ直ぐに見つめる。
「公方様。扇を一柄お借りしてもよろしいでしょうか?」
「……。」
正宗は険しい顔で白菊を見ていた。白菊が何をしようとしているのか、全く検討がつかなかったからだ。
白菊を見る目に力を込めて、"今ならまだ間に合う、断れ。"と呼びかける。
しかし、固い決意を秘めた瞳で、"心配しないでください"と言わんばかりに頷く白菊に、正宗は折れるしかなかった。
「……扇を。」
「はっ。」
正宗の一言で、別の小姓がいつの間にか用意されていた扇を取り出し、白菊に手渡す。
「ありがとうございます。」
礼を述べ、白菊は会場の真ん中へと進んだ。
左右にはずらりと官僚が座り、正面の一段高い座敷には、皇帝と皇后が隣合って座っている。
場内は、中央に佇む少年は何をするのかとざわつき、皆の視線はその少年の一身に注がれていた。
皆の注目を集める中、白菊は会場の中央で呼吸を整え、ゆっくりと目を瞑った。白菊の動き止まると、場内のどよめきは一つ二つと減っていき、しばらくするとしんと静まり返った。
会場から音が消えた瞬間、白菊が目を開けると同時に、パッと扇が開く音が響く。
ゆっくりと腕を上げ、もう片方の手で袖を抑える。
その動きに合わせて、やんわりと首をかしげてみせる仕草は、言い難いほどに艶めかしく、男でありながらゴクリと唾を飲む者さえあった。
扇を回す手首、音を立てず歩く足、清らかで切なげな表情。
その全てが洗練されており、頭から足先に至るまでの、全ての所作が意味をもつ舞であった。
静寂の中、衣擦れと扇子が風を切る音だけが響く。
どのくらい時間が過ぎただろうか。白菊が扇を畳み、それを両の手のひらに乗せ一礼したとき、観衆はハッと我に返る。
「…終わった…のか?」
誰からともなく漏れた声は、一同が白菊の舞に魅入り、まるで幻の中にいたかのような、柔らかな幸福感に包まれていたことを示していた。
「…素晴らしい。」
そうぽつりと呟いたのは朔だった。その声を皮切りに、次々と賞賛の声が上がり、会場は歓声と拍手に包まれた。
「……。」
そんな会場の雰囲気とは打って変わって、場内には苦虫を噛み潰したような顔の者と、険しい顔をする者がいた。
「…かのような芸能に通じているとは、感服いたしました。」
歓声に交じって、そう苦々しげに呟くのは常盤氏であった。
「無論。私が登用した者だ。小姓に相応しくない者であるはずがない。」
口ではそう返しつつも、正宗はいつになく険しい顔をしている。
父親に捨てられた貧しい孤児。王の顔もこの国のことも何も知らない、常識知らずの少年。
…のはずなのに。なぜこいつは、咄嗟に舞を…しかも、手練の舞妓も霞むほどの洗練された舞を舞えるのか。
(……俺に何を隠している、白菊。)
驚いて声を上げたのは、ずっと心配そうに白菊を見つめていた朔だった。
「朔さん、気遣ってくれてありがとうございます。」
白菊はひそひそ声で小さくお礼を言い、ニコッと笑う。
「でも…」
「大丈夫です。特技なら、僕にも一つだけあります。」
そう言ってさっと立ち上がると、白菊は正宗を真っ直ぐに見つめる。
「公方様。扇を一柄お借りしてもよろしいでしょうか?」
「……。」
正宗は険しい顔で白菊を見ていた。白菊が何をしようとしているのか、全く検討がつかなかったからだ。
白菊を見る目に力を込めて、"今ならまだ間に合う、断れ。"と呼びかける。
しかし、固い決意を秘めた瞳で、"心配しないでください"と言わんばかりに頷く白菊に、正宗は折れるしかなかった。
「……扇を。」
「はっ。」
正宗の一言で、別の小姓がいつの間にか用意されていた扇を取り出し、白菊に手渡す。
「ありがとうございます。」
礼を述べ、白菊は会場の真ん中へと進んだ。
左右にはずらりと官僚が座り、正面の一段高い座敷には、皇帝と皇后が隣合って座っている。
場内は、中央に佇む少年は何をするのかとざわつき、皆の視線はその少年の一身に注がれていた。
皆の注目を集める中、白菊は会場の中央で呼吸を整え、ゆっくりと目を瞑った。白菊の動き止まると、場内のどよめきは一つ二つと減っていき、しばらくするとしんと静まり返った。
会場から音が消えた瞬間、白菊が目を開けると同時に、パッと扇が開く音が響く。
ゆっくりと腕を上げ、もう片方の手で袖を抑える。
その動きに合わせて、やんわりと首をかしげてみせる仕草は、言い難いほどに艶めかしく、男でありながらゴクリと唾を飲む者さえあった。
扇を回す手首、音を立てず歩く足、清らかで切なげな表情。
その全てが洗練されており、頭から足先に至るまでの、全ての所作が意味をもつ舞であった。
静寂の中、衣擦れと扇子が風を切る音だけが響く。
どのくらい時間が過ぎただろうか。白菊が扇を畳み、それを両の手のひらに乗せ一礼したとき、観衆はハッと我に返る。
「…終わった…のか?」
誰からともなく漏れた声は、一同が白菊の舞に魅入り、まるで幻の中にいたかのような、柔らかな幸福感に包まれていたことを示していた。
「…素晴らしい。」
そうぽつりと呟いたのは朔だった。その声を皮切りに、次々と賞賛の声が上がり、会場は歓声と拍手に包まれた。
「……。」
そんな会場の雰囲気とは打って変わって、場内には苦虫を噛み潰したような顔の者と、険しい顔をする者がいた。
「…かのような芸能に通じているとは、感服いたしました。」
歓声に交じって、そう苦々しげに呟くのは常盤氏であった。
「無論。私が登用した者だ。小姓に相応しくない者であるはずがない。」
口ではそう返しつつも、正宗はいつになく険しい顔をしている。
父親に捨てられた貧しい孤児。王の顔もこの国のことも何も知らない、常識知らずの少年。
…のはずなのに。なぜこいつは、咄嗟に舞を…しかも、手練の舞妓も霞むほどの洗練された舞を舞えるのか。
(……俺に何を隠している、白菊。)
0
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
貧乏貴族の末っ子は、取り巻きのひとりをやめようと思う
まと
BL
色々と煩わしい為、そろそろ公爵家跡取りエルの取り巻きをこっそりやめようかなと一人立ちを決心するファヌ。
新たな出逢いやモテ道に期待を胸に膨らませ、ファヌは輝く学園生活をおくれるのか??!!
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません
ちあ
BL
元受験生の俺は、「愛と光の魔法」というBLゲームの悪役令息シアン・シュドレーに憑依(?)してしまう。彼は、主人公殺人未遂で処刑される運命。
俺はそんな運命に立ち向かうでもなく、なるようになる精神で死を待つことを決める。
舞台は、魔法学園。
悪役としての務めを放棄し静かに余生を過ごしたい俺だが、謎の隣国の特待生イブリン・ヴァレントに気に入られる。
なんだかんだでゲームのシナリオに巻き込まれる俺は何度もイブリンに救われ…?
※旧タイトル『愛と死ね』
残虐悪徳一族に転生した
白鳩 唯斗
BL
前世で読んでいた小説の世界。
男主人公とヒロインを阻む、悪徳一族に転生してしまった。
第三皇子として新たな生を受けた主人公は、残虐な兄弟や、悪政を敷く皇帝から生き残る為に、残虐な人物を演じる。
そんな中、主人公は皇城に訪れた男主人公に遭遇する。
ガッツリBLでは無く、愛情よりも友情に近いかもしれません。
*残虐な描写があります。
明日もいい日でありますように。~異世界で新しい家族ができました~
葉山 登木
BL
『明日もいい日でありますように。~異世界で新しい家族ができました~』
書籍化することが決定致しました!
アース・スター ルナ様より、今秋2024年10月1日(火)に発売予定です。
Webで更新している内容に手を加え、書き下ろしにユイトの母親視点のお話を収録しております。
これも、作品を応援してくれている皆様のおかげです。
更新頻度はまた下がっていて申し訳ないのですが、ユイトたちの物語を書き切るまでお付き合い頂ければ幸いです。
これからもどうぞ、よろしくお願い致します。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
祖母と母が亡くなり、別居中の父に引き取られた幼い三兄弟。
暴力に怯えながら暮らす毎日に疲れ果てた頃、アパートが土砂に飲み込まれ…。
目を覚ませばそこは日本ではなく剣や魔法が溢れる異世界で…!?
強面だけど優しい冒険者のトーマスに引き取られ、三兄弟は村の人や冒険者たちに見守られながらたくさんの愛情を受け成長していきます。
主人公の長男ユイト(14)に、しっかりしてきた次男ハルト(5)と甘えん坊の三男ユウマ(3)の、のんびり・ほのぼのな日常を紡いでいけるお話を考えています。
※ボーイズラブ・ガールズラブ要素を含める展開は98話からです。
苦手な方はご注意ください。
転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!
煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。
最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。
俺の死亡フラグは完全に回避された!
・・・と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」
と言いやがる!一体誰だ!?
その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・
ラブコメが描きたかったので書きました。
双子攻略が難解すぎてもうやりたくない
はー
BL
※監禁、調教、ストーカーなどの表現があります。
22歳で死んでしまった俺はどうやら乙女ゲームの世界にストーカーとして転生したらしい。
脱ストーカーして少し遠くから傍観していたはずなのにこの双子は何で絡んでくるんだ!!
ストーカーされてた双子×ストーカー辞めたストーカー(転生者)の話
⭐︎登場人物⭐︎
元ストーカーくん(転生者)佐藤翔
主人公 一宮桜
攻略対象1 東雲春馬
攻略対象2 早乙女夏樹
攻略対象3 如月雪成(双子兄)
攻略対象4 如月雪 (双子弟)
元ストーカーくんの兄 佐藤明
生徒会長親衛隊長を辞めたい!
佳奈
BL
私立黎明学園という全寮制男子校に通っている鮎川頼は幼なじみの生徒会長の親衛隊長をしている。
その役職により頼は全校生徒から嫌われていたがなんだかんだ平和に過ごしていた。
しかし季節外れの転校生の出現により大混乱発生
面倒事には関わりたくないけどいろんなことに巻き込まれてしまう嫌われ親衛隊長の総愛され物語!
嫌われ要素は少なめです。タイトル回収まで気持ち長いかもしれません。
一旦考えているところまで不定期更新です。ちょくちょく手直ししながら更新したいと思います。
*王道学園の設定を使用してるため設定や名称などが被りますが他作品などとは関係ありません。全てフィクションです。
素人の文のため暖かい目で見ていただけると幸いです。よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる