時間のない恋

東雲 周

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第十三話

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 「対外試合?」
 「そう。AクラスとSクラスの生徒の中からプレイヤーとサポーターが各3人ずつ選ばれて、他の学校の選抜チームと闘うんだよ」
 星護によると、この学校と同じようなシステムの高校が他にもいくつかあるらしい。また、とりわけ有名なのを除くと、闘格高校と他の学校ではそれほど大きな差異もないという。
 「ほかの学校と闘うのか……。でも、今はこの学校内での競争で精一杯だよ」
 「うん、そうだよね。まだ僕たちの昇格も確定したわけじゃないしね。とりあえず、今は無条さんの試合に集中しようか」
 なぜ星護がこのタイミングでその制度のことを紹介したのか。その真意をくみ取る前に、観闘席に到着した僕たちはクラスメイト達から質問攻めを受けた。
 「星護、なんで今その───」
 「なんで今まで黙ってたの?」
 「ねぇ、光地之くんってほんとに今までの記憶すべて覚えてるの?」
 「完全記憶能力って何なの?」
 観闘席の生徒たちの質問に、星護の苛立ちが募る。明らかに、いつもの穏やかな雰囲気が薄れていっていた。
 「西極くんはそのこと知ってたの?」
 「うるさいなあ!ちょっとだまっててくれる?!無条さんの試合に集中できないじゃないか!」
 普段もの静かなだけあって、いつもとは違う、怒気を含んだ声にみんなが委縮する。僕もその一部だった。
 あの星護が。何かいつもと違う。何か抱えている。彼一人ではどうにもできない問題を抱えている。僕は直観でそう感じ取った。その大きさまでは正確に測ることはできなかったが。



 「無条さん、大丈夫かなぁ」
 いつも無条さんはサポーターをしていたと聞くが、今日はプレイヤーでの参加になっている。しかも彼女が今まで一度も登ってきたことのないBクラス。
 第二試合が始まる前から、観闘席にはピリピリと張りつめた空気が走っていた。恐らく、さっきの星護の一件だけのせいではないだろう。
 嫌な予感。何かが何かに潰される前の、嫌な予感。
 僕の予想は的中した。鈍い音が走る。しかし、それはあくまでも「ソレ」の序の口でしかなかった。
 ドン、と無条さんが前のめりに倒れる。正確には、うずくまるように崩れ落ちる。
「無条さん!!」
「……、だい……じょぶ。私は、大丈夫だけど……、幸乃は……?」
 僕の呼びかけに、地面に崩れ落ちた姿勢のまま返答するが、恐らく彼女の容態は良いものではないだろう。試合開始後、いきなり、それなりの重さのある「ナベ」を頭に受けたのだから。それよりも───
 「幸乃!!大丈夫か!?幸乃!!……先生、一度中断をかけてください!」
 星護の訴えもむなしく、Bクラスの担任は対闘の中断を宣言しなかった。代わりに、バックスクリーンの表示に変化が起きる。
 ───無条 円璃、HP0%、対闘不能───
 そのおかげで、無条さんはこれ以上の追撃を受けなくて済んだが、西園さんは。
 「お願い。幸乃、起きて!起きて逃げて!幸乃!お願い!」
 そう叫ぶ無条さんの声も届かず、西園さんは教室の床にうずくまったままピクリとも動かなかった。
 「幸乃―――!!!」
 どうして僕はいつもこうなんだろう。誰かの大切な何かが失われそうなときに限って、いつも眩暈がして、周りが見えなくなる。今回だって例外ではなかった。



 “プツン“
 何かが途切れる音で目覚めた。少なくとも、それが僕にとって心地よいものではないことは確かだった。
 『干渉、さ』
 「え?」
 どこからともなく聞こえてくる『声』。その出所も正体もわからないまま物語が進行していく。着々と、あらかじめ準備されていたかのように、進んでいく。
 『脳から脳への、空想の干渉』
 「干渉?」
 『そう。今からこの「世界」を覆す。「努力・実力」主義ではなく、「空想・妄想」主義の世界へ』
 「それ、どうやるの?」
 『イメージするのさ。自分が想うように進んでいく、その様をね』
 「イメージ……」
 『そう。ゆっくりと、頭の中で、シュミレーションする。「現状」を変えられるのは、自分しかいない。「この状況」を覆したければ、イメージしろ。HPが───』
 「0%になるのを」
 “ピッピッピ―”
 試合終了を告げる笛が鳴る。この教室にいる誰もがこう思った。
 あぁ、彼女たちは負けた、と。
 そして実際その通りになった。
 彼女の身体が一瞬跳ねたように見えたが、それ以外の変化は見受けられず、床に突っ伏したままの西園さんが何かアクションを起こした様子はなかった。しかし、バックスクリーンの表示は変わっていた。
 ───西園 幸乃、HP0%、対闘不能───
 「あぁ、よかったぁ」
 「ほんとに。ひやひやしたよ」
 安堵の声の中にその逆が混じっている。そのお決まり通りの展開の、お決まり通りのセリフに、みんなが耳を傾ける理由。それは───
 「でもなんで、アイツのHPが0%になるんだよ。さっきのようにまた誰かが操ったんじゃないのか?」
 「僕の思い通り、になったからじゃないかな」
 自ら地雷原に足を踏み入れる。そうしてまで、手に入れたいものがあったから。
 「西園さんを守れてよかったよ」



 「何か」を守りたければ、「何か」を捨てなければならない。
 「日常」を守りたければ、「平穏」を捨てなければならない。
 「守る側」と「守られる側」。
 行動して後悔するか、行動せずに後悔するか。
 僕は、前者でありたい。
 もう何も、失いたくはない。
 今こそ、選択するとき。
 動け、光地之。
 ~続く~
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