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第二章

口がすべって

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そんな、ジョルジュさんに向かって、アイシャが冷え冷えとした目をむけた。
「今回は、初めてロジャン国に来た友人で、ミラベル侯爵家のリリアンヌさんと一緒ですので、学園がはじまるまでの3日間、こちらに滞在することにしております。お兄様にはご迷惑をおかけしません」

私も、できるだけ、ご迷惑をおかけしません! 大人しくしてます! 
アイシャの言葉に猛烈に同意して、知らず知らずのうちに、首を縦にこくこくと振ってしまう。

あ、しまった! 貴族令嬢にあるまじきふるまい。まずいよね…?!

今更だが、かちんこちんに首に力をいれる。
まるで、一ミリたりとも動いていないように、見せねば。

さっきのは見間違いかな、と思ってくれますように…。

が、三人の視線が私につきささる。私は何事もなかったように、微動だにしない。なんなら、息もとめている。

これで、どうだ! 

ふっと、アイシャの口元がゆるんだ。ラルフも同様。
しかし、肝心のジョルジュさんの視線が、ブリザード並みだ。

すみきった青い瞳を見ると、氷の海に落ちたような妄想がひろがった…。
寒すぎる…。

が、ここで、凍死している場合ではない。滞在させていただく身としては、やはり、ご挨拶よね?!

私は、カチンコチンに固まった体で、軽く頭をさげた。
そして、言葉を発しようと、頭をあげた時、

「ひっ!」

思わず変な声がでた。

だって、ジョルジュさんが、目の前にいる?! なんで?! さっきまで、距離があったよね。
音もなく、たった一瞬でここまで来たの?! 
何者?! 前世でいうところの忍者?!

しかも、至近距離になったぶん、その視線が更につきささる。
私を凍らせるつもりかもしれない…。

「お兄様。リリーを怖がらせないでください」
アイシャが淡々と言った。

同時に、ラルフがさっと、私とジョルジュさんの間にすべりこむ。
ジョルジュさんの視線が、ラルフに移った。

「ラルフ、ここで何をしている。次期公爵が、他国まで何の用だ」

「ジョルジュ…さん。ご無沙汰してます。学園は休みですので、リリアンヌを送ってきました。3日ほど、こちらで滞在させていただきます」

「いいご身分だな?」
氷点下の視線が、ラルフをつらぬく。ラルフは少し頭をさげただけで、言い返さない。

アイシャにあんなことを言われたら、即座に言い返すラルフがどうしたの?!
親戚とはいえ、年上のしかも王太子様にさえ、傍若無人な口ぶりで話すラルフなのに、同じ親戚のジョルジュさんには、この態度。

それだけで、恐ろしい存在だということが身に染みる。

これは、もしかして…。そう、前世で読んだ小説にでてきた、なんだっけ…。

「…あ、ラスボス」
思わず、ぼそっとつぶやいてしまった。

小さな小さな声なのに、間が悪く、なぜか、響いてしまった。

ジョルジュさんの目が、私を射抜く。

「今、言った言葉はどういう意味だ? たしか、ラスボス…と聞こえたが?」

私は、猛然と首を横にふった。ひえええ! 
絶対絶命。口は災いのもと。破れかぶれ。…前世の言葉が、どんどん浮かんでくる。

いや、そんな場合じゃない! この危機をなんとか逃れないと!

「いえ、どういう意味もありません! ただ、口がすべって…。ええと、そうですね…。
ラ…は、らくらく、スは、…するする、ボ…ぼやっと、スは…すんなりと? そんな感じで、留学先でもすごしたいなあ、なんて思ったら、頭文字だけ、口からとびだしてしまって…」

あっけにとられている、アイシャとラルフ。
うん、自分でも猛烈に変なことを言ってると思う! わけがわからないよね!
でも、追い詰められた脳では、こんなことしか考えられなかったの!

そうだ、とりあえず謝っておけば、まるくおさまるのでは?!

「ええと、変なことを口走って、すみません…」

そう言った瞬間、更に、ジョルジュさんの視線が冷えた。
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