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第一章

なに、今の?!

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メイドさんに靴ずれの治療をしてもらい、ロイさんが用意してくれた食事を食べる。

「じゃあ、明日の準備もあるし、そろそろ帰りましょ」
と、アイシャ。

「うん。じゃあ、ラルフ。しばらく会えないけど、元気でね」

「なに、早々と別れの挨拶をしてるんだ?!」
と、ラルフのエメラルド色の瞳が私を軽くにらんできた。

「いや、でも、もう帰るしね…」

「リリーは俺が送るから。家まで一緒だ」
ラルフがそう言うと、

「私が送るから、大丈夫。ラルフは、さっさと帰りなさい」
と、アイシャが冷たく言う。

「俺が送るって言ってんだろ」
アイシャをにらむラルフ。

「だから、余計なお世話だって。私が送るって決めてるから」
アイシャがラルフをにらみ返す。

はああ。ほんと、この二人は、すぐにこんな感じになるよね?
この二人の、普段の孤高な感じを見ている人たちにとったら、こんな小競り合いをしている姿、想像もつかないんだろうな…。

…あ! ということは、さっきまでの光景って、相当まずいんじゃない?!

ラルフが私をお姫様だっこして、ホールを縦断し、その後ろから、アイシャが怒って文句をいいまくりながらついてきてたよね?! しかも、ロイさんまで、笑いながらついてきてたよね?

非常に目立つ人たちの、非日常な目立つ行動!

「うわあ、どうしよう!!」
思わず、大きな声をだすと、二人がびっくりして私を見た。

「どうした?」
「どうしたの?」
と、ラルフとアイシャの声がかぶる。

「いや、さっきのホールでの出来事を思い出したから…。すごい噂になるんじゃない?!」

「なんだ、そんなことか…」
と、ラルフ。

「いやいや、そんなことか、…とか言ってる場合じゃないよ! 今まで女性をよせつけなかった、美貌の公爵家御令息が、オタク令嬢をお姫様だっこだよ? それに、アイシャも! 完璧な美貌の筆頭公爵家御令嬢が、その後ろをラルフに文句を言いながら、ついてきてたんだよ? おもしろおかしく、噂されるよね?!」
私があわてふためきながら言った。

「相変わらず、リリーは自分のことが、よくわかってないわね? 訂正させてもらうと、リリーはオタク令嬢ではなく、とても美しい令嬢と、はたからは見えてるわ。付け加えると、美貌の公爵家御令息は言いすぎ。ぶっきらぼうな愛想のない男が、嫌がる美しい令嬢を無理矢理抱きかかえて、連れ去った。何やってるの、…って感じかしらね?」
と、ラルフに挑発的に言った。

アイシャさん…。まだ、ラルフと言い争う気満々なんだね…。 

「あ?! 何、言ってんだ?! じゃあ言うが、どこに完璧な美貌の筆頭公爵家御令嬢がいるんだ?! 口のへらない、えらそうな女の間違いだろ?」

そして、ラルフも…。受けてたたないでよ…。

だんだん、お互いの悪口になってるよ?!

「とにかく、二人とも噂になるってこと! 大丈夫なの?! 特にアイシャは、隣国の王子妃の婚約者だからね。変な噂がたったらまずいでしょ?」

アイシャの重要な立場を心配して、私が聞く。

すると、アイシャは、
「もし、私の変な噂を流す人がいたら、言いだし始めの人まで調べ上げて、訂正させるから大丈夫よ?」
と、なんとも美しい笑みを浮かべた。

悪役令嬢降臨だ…。うん、アイシャは心配ないみたい。

私は、今度は、ラルフのほうをむいた。
「ラルフも次期公爵なんだから、うかつに、お姫様だっこをしたらダメだよ。あれは、特別な女性にするもんだからね! 誤解されるよ?」

私の言葉に、微妙な空気が流れる。

ラルフがため息をついた。

そして、私のほうへ、すっと手を伸ばしてきて、
「なんにもわかってないな。リリーは」
と、私の頬をなでる。

えええ?! ちょっと、何するの?! また、ラルフのおかしな感じがでたよ?!

と、思った瞬間、ラルフの手が、アイシャの手刀によって叩き落された。

素早いよ、アイシャ…。
そう言えば、アイシャって、護身術ならってたね? 王子妃の教育の一つとして…。

アイシャは、冷たい声で、
「触りすぎでしょ」
と、ラルフに言い放つと、私の方を向いて言った。

「ラルフから離れてましょ。危ないから」

「おい、アイシャこそ離れろ!」

「焦りすぎて、危険人物になってるラルフに言われてもね」

「あ?!」

またもや、白熱していく二人。

「はいはい、ストップ! ちょっと、二人ともやめて。もう帰ろうよ!」

結局、ドレスのこともあり、私は来るときと同じように、アイシャのお屋敷によって着替えてから帰ることになった。必然的に、アイシャに送ってもらうことになる。

帰り際、アイシャの馬車に乗り、扉をあけたまま、
「こんどこそ、ラルフ、元気で…」
と、言いかけたら、

「明日、見送りに行くから、別れの挨拶は言うな」
と、ラルフ。

「え? 明日、出発が早いから、来なくていいよ?!」

「絶対に行く。だから、待ってろ」
そう言って、ラルフが私の手をとって、手の甲にキスをした。

茫然としている私を見て、フッと甘やかに微笑むと、ラルフは馬車の扉をしめた。

隣にいるアイシャが、
「油断も隙もないわね」
と、ぶつぶつ言っているのが、遠くで聞こえる。

動き出した馬車の振動で、はっと覚醒した私。
一気に体中が熱くなる。

…はああ?! なに、今のっ?! どっかの王子が、どっかの王女にするみたいな、あの行動!
一体、なんだったの?!
 
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