妖精のたのみごと

水無月あん

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プロローグ

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春休みなのに、私はどこにもでかけず、今日も自分の部屋にいる。
そして、机に頬杖をつき、窓のむこう、遠くに見える山をながめていた。

やっぱり、あの山、わしみたいだよね……。
山のてっぺんが頭で、飛び出したところがくちばし、なだらかにひろがる斜面がまるで翼のよう。

だから、あの山のことを、私は本当の名前じゃなくて、勝手に「わしやま」って呼んでいる。

そんなことをぼんやり考えていたら、開け放した窓から、突然、ひんやりとした風が顔にふきつけてきた。
もうすぐ4月になるのに、春のかけらも感じられない冷たい風。

このまま春がこなかったら、ずっとここで、こもっていられるのに……。
ふと、そんなことを思って、笑いがこみあげてきた。

だって、私の名前は「はる」なのに、春がきてほしくないって思うなんてね。
4月生まれの私につけられた名前だけど、私には、まるであっていない。

春みたいに、明るく、みんなに好かれる子じゃないから……。

そう思ったとたん、春みたいに、あたたかく笑う男の子の顔が浮かんだ。

つくんと心が痛む。

私はその顔を頭から追い出すように、勢いよく立ち上がった。


そのまま部屋をでて、まっすぐにキッチンへいく。

テーブルには大きめのドーナツがひとつ、お皿の上においてあった。
仕事にいっているお母さんが用意してくれた私へのおやつだ。

私は飲み物と一緒にドーナツを部屋へはこぶと、机の上に置いた。

「ほお、今日は穴があいておるのか」

ふいに開いた窓の方から声が聞こえてきた。

目をやると、羽のはえた小さな緑色のものが窓枠をまたいで入ってきている。
自称、ケヤキの妖精だそう。

「また来たの?」

あきれてつぶやいた時には、ケヤキの妖精は、もう目の前にいた。
ものほしそうに見上げる目が、緑色に光っている。

ううん、緑色なのはそれだけじゃない。

草だんごみたいなまんまるい顔。
あごにぶらさがっている、三本のひげ。
うろこのように小さな葉っぱでおおわれた体。
つまようじみたいな細い手足。
頭にはえたきのこも、背中にはえている4枚の羽さえも、全部が緑色だった。

私はドーナツを半分にわり、ケヤキの妖精の前に差し出した。

「ウッヒョヒョヒョーイ!」

甲高い声で叫ぶと、その奇妙な妖精はドーナツに飛びかかっていった。






※ 読んでくださり、ありがとうございます!
今日は初回のため、あと2回ほど更新する予定です。
きずな児童書大賞に参加します。どうぞよろしくお願いいたします!
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