とけい屋

水無月あん

文字の大きさ
上 下
7 / 7

ハチ

しおりを挟む
たとえ笑われても、あきれられても、言わないほうが後悔する。

ぼくは、思い切って、このお店でキャラメルを買ったときのことを話してみた。
信じられないことだけれど、ぼくが見た小さなおばあさんが、ハチだったように思うってことも。

男の人は、笑うことも、あきれることもなく、真剣に聞いてくれた。
そして、優しい声でぼくに言った。

「話してくれてありがとう。僕も、君がみたのはハチだと思う……。小さい頃、色々あってね、僕はおばあちゃんの家にしばらく預けられていたんだ。おばあちゃんはお菓子作りが得意でね。ハチは、いつも、おばあちゃんがお菓子を作るのをじっと見てたんだ。そういえば、おばあちゃんは時々キャラメルも作ってくれたんだけど、僕が食べてると、よくハチが寄ってきたっけ……」

「ハチ、食べたかったんでしょうか……?」

男の人は微笑んだ。

「うん、そうだと思う。うらやましそうに見てたから。……僕は、おばあちゃんとハチと暮らした思い出のある、このお店が大好きで、おばあちゃんからゆずってもらった。でもね、お店をやっていく自信ができるまで、ずいぶん、時間がかかったんだ。やっと、念願かなって、今度、ここでお店が開けるようになったから、今、準備をしているところ」

「お店って、時計屋さんをするんですか?」

男の人は首を横にふった。

「いや、洋菓子のお店だよ。ハチは僕がお店を開くまで、ここを守ってくれてたんだと思う」

ぼくは10円玉が沢山入った小さなかごを見ながら、つぶやいた。

「じゃあ、これって、開店資金とか……?」

男の人が、くくっと嬉しそうに笑った。

「なるほど、そうだな……。ハチって、すごく、しっかりした猫で、僕のことを年の離れた弟くらいに思ってたみたいだったから。僕のために貯めてくれてたんだろうね。やっと役目が終わって、今頃は、おばあちゃんを追いかけて、旅にでたのかな……。あ、そうだ。これ、食べてみて」

そういって、男の人は、エプロンのポケットから何かをとりだして、ぼくに手渡してくれた。
透明のつつみがみにくるまれた、お菓子。

「あ、キャラメル?」

男の人がうなずいた。

ぼくは、つつみがみをはずして、口にいれてみる。

昨日のキャラメルよりは大きくて、少しかため。
でも、なめていると、どんどんやわらかくなって、口の中に、甘みがふわーっとひろがった。
昨日のキャラメルみたいに、やさしい甘さ。

「とっても美味しい!」

「良かった。……そうだ。来月、お店がオープンしたら、食べに来て。ハチのキャラメルを食べた君には、僕の洋菓子も食べてほしいからね。ハチには絶対負けないよ」

そう言って、男の人は楽しそうに笑った。



◇ ◇ ◇


一か月後。

「ここ、うちの近所にできたお店なんだけど、10円のお菓子があるんだって! 学校が終わったら、一緒に行ってみない?」

ゆうすけが興奮気味に言って、一枚のちらしを見せてきた。


    洋菓子ハチ、本日オープン! 

    オープン記念で、10円のお菓子もあります。
  
    ハチキャラメルもプレゼント!


あ! あのお店、オープンしたんだ!


放課後、ぼくたちは、お店へと、走っていった。
花がいっぱい飾られたお店は、沢山のお客さんでにぎやかだ。

ふと、ショーウインドーの前で足がとまった。
ピカピカに磨き上げられたショーウインドーには、大きなお皿にキャラメルが山のようにもられている。

そして、その横には、あの置時計があった。
以前は、色がくすんで、古ぼけていたけれど、今はきれいに磨かれ、青くきらめいている。
針も元気よくまわっていた。

もう8時のままじゃない。
新しい時間が動きだしたんだ。



おわり


※ 読んでくださったかた、ありがとうございました!
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

柚木ゆず
2022.08.30 柚木ゆず

本日、拝読しました。

ケンカのあとに起きた、あの不思議な出来こと。そしてもう一度訪れ、会話をし、10円玉たちを見たことによって、明らかになったこと。
それらはまさに、ほっこりで、じんわりでした。

本当に、好きになったお話ですので。微力ではありますが、一票入れさせていただきました。

水無月あん
2022.08.30 水無月あん

ご感想をありがとうございました! お話を好きになっていただけたとのこと、なにより嬉しくて、気持ちがまいあがっております! あたたかいご感想をありがとうございました! そのうえ、票まで入れていただいたなんて、感動です。読んでいただいて、ありがとうございました!

解除

あなたにおすすめの小説

小さな王子さまのお話

佐宗
児童書・童話
『これだけは覚えていて。あなたの命にはわたしたちの祈りがこめられているの』…… **あらすじ** 昔むかし、あるところに小さな王子さまがいました。 珠のようにかわいらしい黒髪の王子さまです。 王子さまの住む国は、生きた人間には決してたどりつけません。 なぜなら、その国は……、人間たちが恐れている、三途の河の向こう側にあるからです。 「あの世の国」の小さな王子さまにはお母さまはいませんが、お父さまや家臣たちとたのしく暮らしていました。 ある日、狩りの最中に、一行からはぐれてやんちゃな友達と冒険することに…? 『そなたはこの世で唯一の、何物にも代えがたい宝』―― 亡き母の想い、父神の愛。くらがりの世界に生きる小さな王子さまの家族愛と成長。 全年齢の童話風ファンタジーになります。

夜更かしな天使さま

雨宮大智
児童書・童話
冬のある晩、十才の少年シンクの元を天使さまが訪れました。その日から、シンクは天使さまと語らうようになったのです。「お休みなさい、天使さま」「お休み、シンク」眠りのベッドの中で語られる、シンクと天使さまの心温まるファンタジー。

おねしょゆうれい

ケンタシノリ
児童書・童話
べんじょの中にいるゆうれいは、ぼうやをこわがらせておねしょをさせるのが大すきです。今日も、夜中にやってきたのは……。 ※この作品で使用する漢字は、小学2年生までに習う漢字を使用しています。

湖の民

影燈
児童書・童話
 沼無国(ぬまぬこ)の統治下にある、儺楼湖(なろこ)の里。  そこに暮らす令は寺子屋に通う12歳の男の子。  優しい先生や友だちに囲まれ、楽しい日々を送っていた。  だがそんなある日。  里に、伝染病が発生、里は封鎖されてしまい、母も病にかかってしまう。  母を助けるため、幻の薬草を探しにいく令だったが――

桃の木と王子様

色部耀
児童書・童話
一口食べれば一日健康に生きられる桃。そんな桃の木に関する昔話

運よく生まれ変われたので、今度は思いっきり身体を動かします!

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞」重度の心臓病のため、生まれてからずっと病院のベッドから動けなかった少年が12歳で亡くなりました。両親と両祖父母は毎日のように妾(氏神)に奇跡を願いましたが、叶えてあげられませんでした。神々の定めで、現世では奇跡を起こせなかったのです。ですが、記憶を残したまま転生させる事はできました。ほんの少しだけですが、運動が苦にならない健康な身体と神与スキルをおまけに付けてあげました。(氏神談)

魔王の飼い方説明書

ASOBIVA
児童書・童話
恋愛小説を書く予定でしたが 魔界では魔王様と恐れられていたが ひょんな事から地球に異世界転生して女子高生に拾われてしまうお話を書いています。 短めのクスッと笑えるドタバタこめでぃ。 実際にあるサービスをもじった名称や、魔法なども滑り倒す覚悟でふざけていますがお許しを。 是非空き時間にどうぞ(*^_^*) あなたも魔王を飼ってみませんか? 魔王様と女子高生の365日後もお楽しみに。

少年騎士

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。