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番外編

円徳寺 ラナ 23

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大学へ行っても、当然のごとく森野君がいない。
森野君が座っていた席が空いているのを見ると、自分の心に穴があいたような気持ちになった…。

そんな気持ちをふりきり、大学では、ひたすら勉強に励んだ。

そして、ルリはと言えば、やはり、記憶は少しも戻っていない。
そんなルリに付き添っているお母様は、生き生きしている。

今日は、ルリが興味をもった花の写真集を差し入れた。
すると、お母様が、私に向かって微笑んで言った。

「ルリのために、いつもありがとう。ラナがいて、本当に良かったわ」

その言葉に、固まってしまった私。思わず持っていた写真集を落としてしまった。

大きな音に、ルリが心配したように言った。

「ラナお姉さん、大丈夫…?」

「あ、うん。ちょっと手がすべって…。ごめんね。ルリに持ってきた本なのに、落としちゃって」
そう答えながらも、私は動揺していた。

お母様に、そんなこと言われたことがなかったから…。
私がいて、良かったと思ってくれたんだ…。

自分でも驚くほど、嬉しい気持ちがわきあがってきた。

もし、お母様が、今のままでいてくれたら…。
そうしたら、いつか、仲の良い母と娘になれるのかな…。

とっくの昔に諦めていた思いが、ふと心の中にうかんだ。



今日も、お母様より先に病院からでると、見慣れた車が止まっていた。

リュウだ。

あれから、ほぼ毎日、リュウが私のところに顔をだすようになった。
私はルリの病院に同じような時間に行くので、病院の前に迎えにきて、家まで送ってくれる。

何度も断ったけれど、いつも、病院の前で待っているリュウ。
婚約者として向き合うと言っても、無理はしなくていいのに…。

私は、あわてて車に近寄っていった。

「リュウ、また来てくれたの?」 

リュウは人当たりの良さそうな笑みを浮かべて、言った。

「さあ、乗って」

車に乗るなり、私は言った。

「リュウも、大学があるでしょう? 忙しいのに、無理しないで」

「無理してない。ぼくが、ラナに会いたいんだ」
そう言って、私を見つめてきたリュウ。

「そう…?」
私は、それだけ言って、目をそらした。

最近、リュウが、私をやたらと見てくる。
でも、髪飾りをくれた時みたいな、純粋な好意とかじゃないことは、私にもわかる。
その視線には、何かしら、心がざわつくものが含まれているような…。
だからなのか、どうにも落ち着かない気持ちになってしまう。


そんな日々を送っていたある日、大学でいつもの席に座っていると、すぐ横でバサバサバサッと音がした。
見ると、私の席の横を歩いていた学生が、ノートやら本やらを落としたみたい。
あわててひろっている。

私も立ちあがり、手伝った。
ひろったノートを、「あの…これ」そう言って、差し出すと、「あ、ありがとう」と、明るい声がかえって来た。

まっすぐな黒い髪を肩までたらし、大きな目。
ぱっと見た感じ、ルリに似ているな、って思った。
かわいらしい人だ。

その人が、私に向かって言った。

「隣の席、いいですか?」
と、よく、森野君が座っていた席を指さした。

この講義、席は自由だから、もちろん、どこに座ってもいい。

「どうぞ…」
と、答えた私。

すると、また私に声をかけてきた。

「あの…、円徳寺さんだよね?」

「あ、…はい…」

いきなり名前を呼ばれて、ドキリとする。

「私、遠野ゆりこです。よろしく」 

「あ、私、…円徳寺ラナです。…よろしくお願いします」

「うん、知ってる。ずっと話しかけたいと思ってたの」
と、遠野さんが、にこりと微笑んだ。

「私に…?」

「円徳寺さんって、神秘的で月みたいなイメージでしょ? 素敵だなって思ってて…」

「えっ、月…?」

リュウが髪飾りをくれた時に言ったことと同じことを言われて、思わず、ドキッとした。
同時に、あの、髪飾りにまつわる出来事を思い出して、少しだけ顔をしかめてしまった。

すると、あわてたように、遠野さんは言った。

「あ、ごめんなさい。変なこと言って…。でも、話してみたいと思ってたのは本当。ただ、いつも、森野君と一緒にいたでしょう? 2人が一緒にいると美男美女で話しかけづらくて…。二人は付き合ってるの?」

初対面の人に、いきなり、そんなことを聞かれて、私は驚いた。
でも、これが普通なのかも…?と、すぐに思い直した。

森野君以外、同年代の人たちと話す機会のない私にはわからない…。
とりあえず、答えてみる。

「友達だけど…」

「え、そうなの? すごくお似合いだから、てっきり付き合ってるかと思ったのに」
そう言うと、遠野さんの大きな目が、私を探るように見た。

それから、遠野さんは、授業が始まるまで、色々と、話しかけてきた。
私は、ただただ圧倒され、相槌をうつだけ。

授業が終わったあと、遠野さんは、私に向かって言った。

「今日は、円徳寺さんと話せて良かった。また、話しをしてもいい?」

「ええ…」

「良かった! じゃあ、また」
そう言って、遠野さんは去っていった。

すっかり遠野さんのペースにのまれた私は、その後ろ姿を、茫然と見送った。

が、落ち着いてみると、この講義で、遠野さんを今まで見た記憶がない。
まあ、この講義、人数も割と多いし、私が気がつかなかっただけだとは思うけど…。


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