上 下
39 / 71

まどわされないで

しおりを挟む
馬車から降りて、お屋敷の方を見た瞬間、びくっとした。

がっしりとして、とても背の高いふたりが、玄関を挟むようにして、立っていたから。
ひとりは、茶色の毛の大きな耳があり、もうひとりは、長いしっぽが見えた。

ジャナ国の護衛の方たちだ……。

無意識に緊張してしまう。

その時、さっと近づいて来たのは、ロイド公爵家の執事長、キリアンさん。

「お待ちしておりました、ララベル様」

いつもと同じ優しい笑顔に、ほっとした。

「今日はよろしくお願いします、キリアンさん」

「公爵様の指示で、今日は、ここで働く者はみな、ララベル様を見守らせていただきます。なにかありましたら、なんなりとお申し付けください」

「ありがとうございます。心強いです!」

お母様の言ったとおりだ……。

ルーファスのご家族だけじゃなくて、キリアンさんをはじめ、このお屋敷で働く方々も見守ってくれている。
感謝の気持ちでいっぱいになって、思わず、うるっときた。

「キリアン、もう、王女が来てるのか?」

ルーファスがジャナ国の護衛の方をちらりと見て、声をおさえて、キリアンさんにたずねた。

「いえ、まだ来られておりません。先に護衛の方がふたりこられ、屋敷内と庭を確認した後、今は、王女様の到着を玄関先で待っているようです」

「わかった。で、第二王子と王子妃は?」

「いえ、そちらもまだ到着されていません」

「まだ? やはり、茶会を主催するどころか、ふり、すらしないのか……」
と、ルーファスがつぶやいた。

キリアンさんに先導されて、お屋敷内に入ろうとしたら、護衛の方々の視線が一気に私に集中した。
射るような鋭い視線で、ものすごく見られている。

やっぱり、緊張する……。

そう思った時、護衛の方の大きな耳が、くいっと私のほうを向いた。
うわ、ふかふかした耳が動いている! 

耳だけ見たら、なんだか、かわいい……。

と思ったら、もうひとりは、しっぽが動いている。
しかも、しっぽの先がふさっとしていて、こちらもかわいい!

うん、緊張が一気にとけたわ。

そうなると、自然と笑顔になってしまう。
気が付いたら、ふたりに向かって、声をかけていた。

「こんにちは。今日はよろしくお願いします」

私の言葉に、驚いたように固まってしまったふたり。
まるで、未知の生き物を見るような目で私を見ている。

が、すぐに、ぴきっとした態度で頭をさげた。

その間も、やたらと耳としっぽが動いている。
私のことを探っているのかな……?

耳としっぽの動きがほほえましくて、思わず、顔がゆるんだ。

そうなると、耳としっぽの持ち主である、ふたりにも親しみがわいてくる。

不審に思われるかもしれないけれど、にまにましつつ、ふたりの前を通り過ぎ、屋敷の中にはいったとたん、ルーファスが小声で言った。

「ララ、知らない男に、簡単に笑いかけないで」

「え……? 何、言ってるの、ルーファス?」

「あのふたり、王女の連れてきた護衛の中でも特に腕のたつふたりなんだ。1週間、一緒にいたけど、獣人のふりをしたサイボーグかと思うくらい無反応だったのに、さっき、ララの笑顔に、完全に目を奪われてたよね。あんな間近で、ララの笑顔を見せたくなかったな」

悔しそうに言ったルーファス。
真顔で何を言っているんだろう、ルーファスは……。

「あのね、ルーファス。あのふたり、いきなり、私が声をかけたから、驚いただけだよ。危険人物かどうか、探っているようだったけれど、目を奪われてはいなかったよ?」

「ないわけないよ、ララ。だって、ララの笑顔は最高だから、目を奪われずにはいられないよ」

「いや、ルーファス……。それ、幼馴染のひいき目だから、他の人の前では絶対に言わないで。恥ずかしくて、私が一瞬で消滅するレベルだからね……。でも、あのひとたち、耳としっぽが動くだけで、一気にかわいく思えるよね」

思い出して、くすっと笑うと、ルーファスが真剣な口調で言った。

「ララ、耳としっぽにまどわされないで。あれは、かわいい動物とはまるで違って、ちっともかわいくない男たちだ。それにね、ララ。知らない男にむやみに笑いかけたらダメだよ。ララのかわいい笑顔に魅了されるからね。特に、獣人の男は警戒して。好きになったら、執念深いからね。ララを好きになって、ララを追いかけまわすに違いないから……」

「ルーファス。何を、ぐちぐちと言っているんだ? それは自分のことだろうが。うっとうしいぞ。なあ、ララちゃん」
と、後ろから声がした。

ふりむくと、ロイド公爵様が立っていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。

恋人でいる意味が分からないので幼馴染に戻ろうとしたら‥‥

矢野りと
恋愛
婚約者も恋人もいない私を憐れんで、なぜか幼馴染の騎士が恋人のふりをしてくれることになった。 でも恋人のふりをして貰ってから、私を取り巻く状況は悪くなった気がする…。 周りからは『釣り合っていない』と言われるし、彼は私を庇うこともしてくれない。 ――あれっ? 私って恋人でいる意味あるかしら…。 *設定はゆるいです。

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

わたし、何度も忠告しましたよね?

柚木ゆず
恋愛
 ザユテイワ侯爵令嬢ミシェル様と、その取り巻きのおふたりへ。わたしはこれまで何をされてもやり返すことはなく、その代わりに何度も苦言を呈してきましたよね?  ……残念です。  貴方がたに優しくする時間は、もうお仕舞です。  ※申し訳ございません。体調不良によりお返事をできる余裕がなくなっておりまして、日曜日ごろ(24日ごろ)まで感想欄を閉じさせていただきます。

初恋の人と再会したら、妹の取り巻きになっていました

山科ひさき
恋愛
物心ついた頃から美しい双子の妹の陰に隠れ、実の両親にすら愛されることのなかったエミリー。彼女は妹のみの誕生日会を開いている最中の家から抜け出し、その先で出会った少年に恋をする。 だが再会した彼は美しい妹の言葉を信じ、エミリーを「妹を執拗にいじめる最低な姉」だと思い込んでいた。 なろうにも投稿しています。

妹は病弱アピールで全てを奪い去っていく

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢マチルダには妹がいる。 妹のビヨネッタは幼い頃に病気で何度か生死の境を彷徨った事実がある。 そのために両親は過保護になりビヨネッタばかり可愛がった。 それは成長した今も変わらない。 今はもう健康なくせに病弱アピールで周囲を思い通り操るビヨネッタ。 その魔の手はマチルダに求婚したレオポルドにまで伸びていく。

幼馴染の執着愛がこんなに重いなんて聞いてない

エヌ
恋愛
私は、幼馴染のキリアンに恋をしている。 でも聞いてしまった。 どうやら彼は、聖女様といい感じらしい。 私は身を引こうと思う。

【短編】婚約者に虐げられ続けた完璧令嬢は自身で白薔薇を赤く染めた

砂礫レキ
恋愛
オーレリア・ベルジュ公爵令嬢。 彼女は生まれた頃から王妃となることを決められていた。 その為血の滲むような努力をして完璧な淑女として振舞っている。 けれど婚約者であるアラン王子はそれを上辺だけの見せかけだと否定し続けた。 つまらない女、笑っていればいいと思っている。俺には全部分かっている。 会う度そんなことを言われ、何を言っても不機嫌になる王子にオーレリアの心は次第に不安定になっていく。 そんなある日、突然城の庭に呼びつけられたオーレリア。 戸惑う彼女に婚約者はいつもの台詞を言う。 「そうやって笑ってればいいと思って、俺は全部分かっているんだからな」 理不尽な言葉に傷つくオーレリアの目に咲き誇る白薔薇が飛び込んでくる。 今日がその日なのかもしれない。 そう庭に置かれたテーブルの上にあるものを発見して公爵令嬢は思う。 それは閃きに近いものだった。

処理中です...