(完結) わたし

水無月あん

文字の大きさ
上 下
10 / 11

しおりを挟む
「私はねえ、雨が降ると嬉しかったんだ」

たぬきが懐かしそうに言った。

「あめ?」

「あんた、雨も、覚えてないのかい!?」

驚いたように、たぬきが声をあげる。

「いえ……、わかるような、わからないような……」

「雨ってのはね、天が落としてくる水のことだよ」

「天がおとす水? それって、どれくらい?」

「そんなことは、だれにもわからないさ。天の気分次第だからねえ。ちょっぴりの時もあれば、一気に落とすこともある。山に住んでいた時、寝床が流されたこともあったねえ」

たぬきの言葉が、何かひっかかった。
なんだか覚えのあるような……。

「まあ、私は運よく逃げのびたんだけどね。山に住んでいると、大雨の時は、いつだって生きるか死ぬかの瀬戸際さ」

「なら、なんで、雨がふったら嬉しかったんですか……?」

「私はねえ、雨が降ったあとの天を見上げるのが楽しみでね。運がいいと、すごくきれいなものが見られるんだよ」

「すごくきれいなもの?」

「ああ、そうさ。あんたにも見せてやりたいねえ。いくつもの色が仲良くひっついて、天にならぶんだ。それも、なだらかな山のてっぺんみたいな形でね」

「なだらかな山のてっぺん……?」

「そうか。あんたには、わかりにくい、たとえだったかね? うーん、そうだねえ……、あっ、私の目をみてごらんよ。この笑ってるような目を」

あらためて、たぬきの宿っている仏像の笑ったような目を見た。
なんか、ほっとする。

「いいな……」

自然と言葉がこぼれた。

「おっ! うれしいこと言ってくれるね。私も、この目は、特に気に入ってるのさ。ほってくれたお坊さんの、優しい心がこもってるからねえ」

たぬきは自慢げに言った。

「わかるような気がします」

「そうだろうとも。つまり、私の目みたいな形をしていて、いくつもの色がならぶ、とってもきれいなものを見せてくれるってことさ、天は。気まぐれだけどね。そんな天を、山に住むものは恐れてたいたが、私は大好きだった。いつか、また、見てみたいねえ……」

たぬきはしみじみと言った。


◇ ◇ ◇


たぬきとの会話は楽しかった。
が、まだ、自分のことは何もわからない。

自分がなんなのか、考えれば考えるほど、まわりとの境がわからなくなった。
今にも自分がとけて、消えてしまいそうで、怖い。

思わず、たぬきをまねて、自分のことを「わたし」と口にだしてみる。

すると、不思議なことに、ぼやぼやとした何もないところに、手でつかむ何かができた気がした。
まわりに溶けてしまいそうな自分が、「わたし」でつなぎとめられるような何かが……。

それから、自分のことを「わたし」ということにした。
それだけで、自分が何者なのか、わかってるみたいな気もしてくる。

だから、あわてなくても、きっと、わたしはわたしを思いだせる。
そう思えるようになった。

そんなある日、見知らぬ男が訪ねてきた。
男は、わたしを見たとたん、驚いたような目をした。そして、長い時間をかけて、じっくりとわたしを見続けた。

そして、やっと離れて行ったと思ったら、この寺のお坊さんを連れて戻って来た。


「この地蔵菩薩は、相当古い時代のものです。かなり価値があるものと思われます。是非、うちで管理させてもらえませんか?」

興奮気味に話す男の言葉を聞いて、何とも言えない不安がよぎった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結済み】破滅のハッピーエンドの王子妃

BBやっこ
児童書・童話
ある国は、攻め込まれ城の中まで敵国の騎士が入り込みました。その時王子妃様は? 1話目は、王家の終わり 2話めに舞台裏、魔国の騎士目線の話 さっくり読める童話風なお話を書いてみました。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

先祖返りの姫王子

春紫苑
児童書・童話
小国フェルドナレンに王族として生まれたトニトルスとミコーは、双子の兄妹であり、人と獣人の混血種族。 人で生まれたトニトルスは、先祖返りのため狼で生まれた妹のミコーをとても愛し、可愛がっていた。 平和に暮らしていたある日、国王夫妻が不慮の事故により他界。 トニトルスは王位を継承する準備に追われていたのだけれど、馬車での移動中に襲撃を受け――。 決死の逃亡劇は、二人を離れ離れにしてしまった。 命からがら逃げ延びた兄王子と、王宮に残され、兄の替え玉にされた妹姫が、互いのために必死で挑む国の奪還物語。

守護霊のお仕事なんて出来ません!

柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。 死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。 そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。 助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。 ・守護霊代行の仕事を手伝うか。 ・死亡手続きを進められるか。 究極の選択を迫られた未蘭。 守護霊代行の仕事を引き受けることに。 人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。 「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」 話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎ ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。

悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~

橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち! 友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。 第2回きずな児童書大賞参加作です。

オハギとオモチ ~夏編~

水無月あん
児童書・童話
(きずな児童書大賞エントリー)子どもっぽい見た目を気にしている、小さな魔女オハギ。そんなオハギが、大嫌いな夏の気配を感じて、暑さ対策にのりだします! 魔女らしくあろうと、変な方向につきすすんでいたオハギが、どう変わっていくのか……。ゆるゆるとしたお話なので、気楽に読んでいただけたら幸いです。

アイラと神のコンパス

ほのなえ
児童書・童話
自称鼻のきく盗賊サルマは、お宝の匂いを辿り、メリス島という小さな島にやってくる。そこで出会った少女、アイラからはお宝の匂いがして……そのアイラの家にあったコンパスは、持ち主の行くべき場所を示すという不思議なものだった。 そのコンパスの話を聞いて、針の示す方向を目指して旅に出ることを決意するアイラに対し、サルマはコンパスを盗む目的でアイラの旅に同行することを決めたのだが…… 不思議なコンパスを手に入れた二人が大海原を駆け巡り、いくつもの島を訪れ様々な人々に出会い、 やがて世界に差し迫る危機に立ち向かう…そんな冒険の物語。 ※本文は完結しました!挿絵は順次入れていきます(現在第12話まで挿絵あり) ※この作品は「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています(カクヨムは完結済、番外編もあり)

化け猫ミッケと黒い天使

ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。 そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。 彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。 次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。 そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。

処理中です...