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嵐
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やっと、くるまれていたものから出された。
その瞬間、知らない匂いがした。
臭くはないが、山にはない匂いだ。
「わが屋敷へ、ようこそおいでくださいました。今日より、ここが地蔵菩薩様のお部屋にございます。どうぞ、これから、わが家だけをお守りください」
庄屋と呼ばれた男が、嬉しそうに言った。
注意深く、まわりを見る。
今までいたほこらとは違って、高い天井に、足元はつやつやとした木の板だ。
が、どこを見まわしても、天は見えない。
ずっと苦しめられてきた天から完全に逃れられたんだ!
つまり、ここは、どこよりも安全なところ。
願いは叶った。
なのに、なぜだか、心がざわざわした。
◇ ◇ ◇
屋敷の日々は、ほこらにいる時以上に静かだ。
毎朝、庄屋とその家族が拝みにくる。
昼になると、女が掃除にくる。
夜は、庄屋だけが、色々と願いをのべにくる。
その繰り返しだ。
静かすぎるせいか、だんだん、まわりのことがぼんやりしてきた。
気がつくと、どうやら、季節が変わっていたようだ。
このまえ、ウグイスの鳴き声が聞こえてきたと思ったのに、今は、寒い時に山で聞いた、ジョウビタキの声が聞こえる。
(ちょっとぼんやりしていたら、もう、冬か……)
これほど、のんびりできるということは、ここはどこよりも安全だということ。
(やっぱり、自分は運が良かった)
安心すると、また、うつらうつらと、意識が遠のいていった。
◇ ◇ ◇
しかし、突然、嵐はやってきた。
天が見えていたころは、天のかわっていく色だったり、音だったりで、少しは心構えもできた。
だが、天が見えないだけに、完全に不意打ちだった。
ある日、静かな部屋に、庄屋が飛びこんできた。
目は落ち着きなく動き、息が乱れ、全身が震えている。
そして、床にくずれおちるようにして、頭をすりつけた。
(何があった?)
問いかけても、庄屋に声は届かない。
「お助けください、地蔵菩薩様。お助けください、お助けください……」
庄屋は、ぶつぶつと繰り返すばかりだ。
初めて、人間の言葉に必死で耳をすませた。
つぶやく言葉をかき集め、気長く、つなぎあわせていく。
そして、やっと、わかった。
恐ろしい流行り病というものが、このあたりに広がっているということが。
が、わかったところで、どうすることもできはしない。
自分は地蔵菩薩ではない。ニセモノなのだから。
とたんに、体が、ずしりと重くなった。
ニセモノの体が、重くて重くてたまらない。
(入れかわるんじゃなかった……)
悔やんだところで、これまた、どうすることもできなかった。
その瞬間、知らない匂いがした。
臭くはないが、山にはない匂いだ。
「わが屋敷へ、ようこそおいでくださいました。今日より、ここが地蔵菩薩様のお部屋にございます。どうぞ、これから、わが家だけをお守りください」
庄屋と呼ばれた男が、嬉しそうに言った。
注意深く、まわりを見る。
今までいたほこらとは違って、高い天井に、足元はつやつやとした木の板だ。
が、どこを見まわしても、天は見えない。
ずっと苦しめられてきた天から完全に逃れられたんだ!
つまり、ここは、どこよりも安全なところ。
願いは叶った。
なのに、なぜだか、心がざわざわした。
◇ ◇ ◇
屋敷の日々は、ほこらにいる時以上に静かだ。
毎朝、庄屋とその家族が拝みにくる。
昼になると、女が掃除にくる。
夜は、庄屋だけが、色々と願いをのべにくる。
その繰り返しだ。
静かすぎるせいか、だんだん、まわりのことがぼんやりしてきた。
気がつくと、どうやら、季節が変わっていたようだ。
このまえ、ウグイスの鳴き声が聞こえてきたと思ったのに、今は、寒い時に山で聞いた、ジョウビタキの声が聞こえる。
(ちょっとぼんやりしていたら、もう、冬か……)
これほど、のんびりできるということは、ここはどこよりも安全だということ。
(やっぱり、自分は運が良かった)
安心すると、また、うつらうつらと、意識が遠のいていった。
◇ ◇ ◇
しかし、突然、嵐はやってきた。
天が見えていたころは、天のかわっていく色だったり、音だったりで、少しは心構えもできた。
だが、天が見えないだけに、完全に不意打ちだった。
ある日、静かな部屋に、庄屋が飛びこんできた。
目は落ち着きなく動き、息が乱れ、全身が震えている。
そして、床にくずれおちるようにして、頭をすりつけた。
(何があった?)
問いかけても、庄屋に声は届かない。
「お助けください、地蔵菩薩様。お助けください、お助けください……」
庄屋は、ぶつぶつと繰り返すばかりだ。
初めて、人間の言葉に必死で耳をすませた。
つぶやく言葉をかき集め、気長く、つなぎあわせていく。
そして、やっと、わかった。
恐ろしい流行り病というものが、このあたりに広がっているということが。
が、わかったところで、どうすることもできはしない。
自分は地蔵菩薩ではない。ニセモノなのだから。
とたんに、体が、ずしりと重くなった。
ニセモノの体が、重くて重くてたまらない。
(入れかわるんじゃなかった……)
悔やんだところで、これまた、どうすることもできなかった。
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