(完結) わたし

水無月あん

文字の大きさ
上 下
2 / 11

声の主

しおりを挟む
声に呼ばれ、歩き続けた先に、小さなほこらがあった。

「よく来たな、狐」
また、声がした。今度は、はっきりと、目の前のほこらの中から聞こえてきた。

思わず、俺は中をのぞきこんだ。
格子の奥に、木の置物が見える。

「…もしかして…、おまえが俺を呼んだのか…?」
おそるおそる聞いた。

「そうだ。私がおまえを呼んだ。待ちかねたぞ」
いつのまにか、雨音だけが消え、かわりに威厳のある声が頭に響いた。

まさか、これが声の主だとは…。
俺は、体を震わせながら、強気に言った。

「おまえ、人間のつくりもんだろ? しゃべるだなんて、気味が悪いな…」

が、声の主は、俺の言葉を気にするふうもなく、
「そんなことより、狐よ。おまえの望みを叶えてやろう」
そう言い放った。

「望み?!」

「ああ。今さっき、叫んでおったろう。雨風をしのげ、ゆっくり眠れる場所が欲しいと」

そりゃあ、今の状況で欲しいものなど他にない。

「ああ、そうだ! それが、おまえに叶えられるのか?!」
俺は、やけになって叫んだ。

「もちろんだ」
自信に満ちた声が、即座に戻ってきた。

「なら、今すぐ、叶えてくれ!」

「わかった。だが、交換だ」

「交換? なんだそれ?! 見てのとおり、おれは、なんも持っちゃいねえ。おまえの欲しがるものと、交換など、できるはずがねえ」

「物ではない。ただ、入れ替わってくれればよいのだ。つまり、立場を交換してほしい」

「…はああ?! あんた、なに、言ってんだ?! 冗談を聞くひまなんて、俺にはない。他をあたってくれ」

「いや、冗談ではない。わたしとおまえが入れ替われば、このほこらで、おまえは住める。雨風をしのげ、ゆっくり休めるぞ」

思わず、ムカッとした。どう考えても、そんなせまいところに、俺が入れるとは思えない。
こいつ、俺をだまそうとしているのか?!

「俺の体の大きさで、そんな狭い場所、住めるわけがないだろう?!」

「そうではない。わたしが、おまえの体に入り、おまえが、わたしの体に入るのだ」

「おいおい! ますます、無理じゃねえか」

「無理ではない。おまえの承諾さえあれば、容易にできる」

「信じらんねえ。…仮に入れ替わったとしてだ。あんたを拝みに人間がやってくるだろう? 俺が入ってたら、奴らにばれて、殺されるじゃねえか。人間とは、おそろしい奴らだからな」

俺の言葉に、声が即座に言った。

「大丈夫だ。おまえが、わたしの体に、入っていようといまいと、気づく人間などおらん。それで、どうするのだ?! 私と入れ替わるか、替わらぬのか?」

せかすように強くなった雨粒が、疲れ果てた体に容赦なくたたきつける。

どこでもいい…。とにかく、ゆっくり眠りたい。

俺は叫んだ。

「できるもんなら、やってみろ!」

「では、わたしと入れ替わることを、承諾するか?!」
と、声が俺にたたみかけてきた。

「ああ、承諾する。いくらでも、承諾してやる!」

しおりを挟む

処理中です...