稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭

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12.小さな記憶

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「……こうしていても仕方ない。私も神殿近辺を探してくる。お前たちは、引き続き街の捜索と住民への聞き込みをしてくれるか」

 ヴィンセントの言葉に、使用人たちは一斉にうなずいて、ばたばたと出て行く。私は慌てて扉の影に隠れた。

使用人たちがいなくなったのを見計らいもう一度中を覗き込むと、ヴィンセントが荷物を前に両手で顔を覆っていた。彼は呻くように言う。

「ああ、シャーリー。どうか無事でいてくれ……。シャーリーがいない生活なんて考えられないんだ……」

 ヴィンセントの絞り出すような声は、私の胸を突き刺した。

 ……ヴィンセントはそこまでシャーリーを心配してくれるのか。どこの誰だかわからない、森で出会っただけの子供を。そこまで想ってくれるなんて。

 ヴィンセントと出会ってからの記憶が次々と頭に浮かぶ。

 ヴィンセントは、私をいつも抱き上げて、頬ずりして、何度も大好きだと言ってくれた。

 一年前、神官様に嵌められて、助けたいと思っていた国民たちに罵られながら処刑場に引っ張っていかれた私は、自分でも気づかないうちに深く傷ついていたのだと思う。


 自分が本当に罪を犯したのだと記憶を書き換えてしまうほど、強いショックを受けていた。

 ヴィンセントの過剰な愛情は、ボロボロになった私の心を癒してくれた。

 私は確かにヴィンセントに救われていたのだ。


 ヴィンセントが不安に歪んだ顔で鞄を持つのが見える。

 その表情を見ていたら、私は状況が理解しきれないだとか、演技していたのがバレるのが恥ずかしいだなんていう理由で正体を伝えなかったことが情けなくなった。

 私はそっと部屋の中へ足を踏み入れる。

「……ヴィンセント様」

「……グレース様? どうなさったのですか?」

 ヴィンセントは部屋に入ってきた私を見て、驚いた顔をする。私は彼の前に立ち、真っ直ぐその目を見つめた。

「ごめんなさい、ヴィンセント様。シャーリーは探しに行かなくても大丈夫です。ちゃんと無事でいますから」

「どういうことですか? シャーリーはどこにもいないと、使用人たちが言って……」

「私がシャーリーだからです! 黙っていてごめんなさい!」

「え?」

 ヴィンセントは目をぱちくりして私を見ていた。しばらく言葉の意味を理解できない様子だったヴィンセントは、困惑した顔で言う。

「すみません、グレース様。おっしゃっている意味がよく理解できなくて……」

「だから私が、ヴィンセント様に森で保護してもらった幼女のシャーリーなんです! 自分でもどうしてだかわかりませんけれど、処刑された後、次に目覚めると小さな子供になって森で寝ていたんです!」

 私は必死に説明する。ヴィンセントは真剣な顔で聞いてはくれるものの、その顔にはすっかり困惑の色が浮かんでいた。

「グレース様、もしや疲れで夢と現実を混同なさっているのでは……? お部屋に案内しますから、一度ゆっくり寝て休まれてはいかがでしょうか」

「違うんです! 私はおかしくなったわけではありません!」

 なだめるように言うヴィンセントに、必死で訴える。しかし、彼の表情には困惑が増すばかりだ。

 無理もない。十九歳の私と、六、七歳のシャーリーが同一人物だと言われて、信じろというほうが無理がある。

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