2 / 102
1.悪女は幼女になりました
②
しおりを挟む
一ヶ月程前、私は森で彷徨っていたところをこの若き公爵、ヴィンセント・エヴァンズ様に拾われた。
あの日、確かに処刑されたはずの私は、なぜか見知らぬ場所で目を覚ましたのだ。
頭の中にはつい先ほど自分が縛られて群衆の前で首を落とされた記憶が確かにあり、痛みも、肉が切り裂かれる感覚もしっかりと残っていた。
周りを見渡せばどこまでも続く森。
上からは柔らかく日の光が差し込んで、やけにのどかな光景だった。遠くから小鳥のさえずる声がする。
自分の手を見ると、けが一つもないみずみずしい手があった。しかし、やけに小さい気がする。
状況が理解できないまま、ゆっくり足を進める。歩いている間もやけに目線が低く、足取りがなんだかおぼつかない。
見つけた池でおそるおそる水面を覗き込んだときは、悲鳴を上げそうになった。
そこには悪女グレースの姿はなかった。
真っ赤な口紅を引き、胸元のざっくり開いた黒いドレスを着て意地悪な笑みを浮かべていた女の姿など見る影もなく、水面に映るのは、まんまるの目を見開いて驚いた顔をしている、幼い少女だけだった。
髪をぺたぺた触り、何度も水面に顔を近づけて、必死に信じがたい状況を理解しようとする。
(一体誰よ、これ!)
水面に映る少女は、はちみつ色の柔らかそうな髪に、新緑を思わせる鮮やかな黄緑色の目の、大変愛らしい姿をしている。年はせいぜい六歳か七歳くらいにしか見えない。
こんなあどけない少女の中身が悪事の限りを尽くしたグレースだなんて、誰が信じられるだろう。
私は誰かと入れ替わったの? それとも、早速生まれ変わったとか? いや、生まれ変わりなら赤ん坊から始まらないとおかしいか。
それに一体ここはどこなのだ。
私は確かにルーサ王国の王都の広場にいたはずなのに。この森は一体どこの森だ?
自分の正体も今いる場所も何もかもわからないまま、私はひたすら森を歩き回った。
ちくしょう、どうせ入れ替わりか転生かでこの世に留まれるなら、もっと使いやすい体がよかった。
そうしたら私を処刑したあの愚民共を潰しにいけるのに。
心の中で毒づいても、所詮体は幼女のもの。しばらく歩いているうちに、すっかり疲れ切って歩けなくなってしまった。
木の影にしゃがみ込んで休憩する。
けれど、目の覚めた場所が薄気味悪い森とかではなくて、まだよかった。この森、やけに穏やかで、怖い獣なんて全然出そうにないもの……。
「おーい、大丈夫か? おい、君」
突然男の声が聞こえてきて、私はうっすら瞼を開ける。眠ってしまったのだろうか。ええと、私はどこにいたんだっけ……。確か、目を覚めしたら突然森の中にいて、幼女になっていて……。
そこまで思い出して、跳ね起きた。私は何もわからない状況で森を彷徨っていたのだった。眠り込むなんて、なんて迂闊な真似を。
警戒しながら、目の前の男を見ると、その人は安心したようににっこり微笑んだ。
あの日、確かに処刑されたはずの私は、なぜか見知らぬ場所で目を覚ましたのだ。
頭の中にはつい先ほど自分が縛られて群衆の前で首を落とされた記憶が確かにあり、痛みも、肉が切り裂かれる感覚もしっかりと残っていた。
周りを見渡せばどこまでも続く森。
上からは柔らかく日の光が差し込んで、やけにのどかな光景だった。遠くから小鳥のさえずる声がする。
自分の手を見ると、けが一つもないみずみずしい手があった。しかし、やけに小さい気がする。
状況が理解できないまま、ゆっくり足を進める。歩いている間もやけに目線が低く、足取りがなんだかおぼつかない。
見つけた池でおそるおそる水面を覗き込んだときは、悲鳴を上げそうになった。
そこには悪女グレースの姿はなかった。
真っ赤な口紅を引き、胸元のざっくり開いた黒いドレスを着て意地悪な笑みを浮かべていた女の姿など見る影もなく、水面に映るのは、まんまるの目を見開いて驚いた顔をしている、幼い少女だけだった。
髪をぺたぺた触り、何度も水面に顔を近づけて、必死に信じがたい状況を理解しようとする。
(一体誰よ、これ!)
水面に映る少女は、はちみつ色の柔らかそうな髪に、新緑を思わせる鮮やかな黄緑色の目の、大変愛らしい姿をしている。年はせいぜい六歳か七歳くらいにしか見えない。
こんなあどけない少女の中身が悪事の限りを尽くしたグレースだなんて、誰が信じられるだろう。
私は誰かと入れ替わったの? それとも、早速生まれ変わったとか? いや、生まれ変わりなら赤ん坊から始まらないとおかしいか。
それに一体ここはどこなのだ。
私は確かにルーサ王国の王都の広場にいたはずなのに。この森は一体どこの森だ?
自分の正体も今いる場所も何もかもわからないまま、私はひたすら森を歩き回った。
ちくしょう、どうせ入れ替わりか転生かでこの世に留まれるなら、もっと使いやすい体がよかった。
そうしたら私を処刑したあの愚民共を潰しにいけるのに。
心の中で毒づいても、所詮体は幼女のもの。しばらく歩いているうちに、すっかり疲れ切って歩けなくなってしまった。
木の影にしゃがみ込んで休憩する。
けれど、目の覚めた場所が薄気味悪い森とかではなくて、まだよかった。この森、やけに穏やかで、怖い獣なんて全然出そうにないもの……。
「おーい、大丈夫か? おい、君」
突然男の声が聞こえてきて、私はうっすら瞼を開ける。眠ってしまったのだろうか。ええと、私はどこにいたんだっけ……。確か、目を覚めしたら突然森の中にいて、幼女になっていて……。
そこまで思い出して、跳ね起きた。私は何もわからない状況で森を彷徨っていたのだった。眠り込むなんて、なんて迂闊な真似を。
警戒しながら、目の前の男を見ると、その人は安心したようににっこり微笑んだ。
181
お気に入りに追加
2,398
あなたにおすすめの小説
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。

異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい
千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。
「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」
「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」
でも、お願いされたら断れない性分の私…。
異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。
※この話は、小説家になろう様へも掲載しています
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜
白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」
即位したばかりの国王が、宣言した。
真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。
だが、そこには大きな秘密があった。
王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。
この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。
そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。
第一部 貴族学園編
私の名前はレティシア。
政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。
だから、いとこの双子の姉ってことになってる。
この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。
私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。
第二部 魔法学校編
失ってしまったかけがえのない人。
復讐のために精霊王と契約する。
魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。
毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。
修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。
前半は、ほのぼのゆっくり進みます。
後半は、どろどろさくさくです。
小説家になろう様にも投稿してます。
「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?
白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。
「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」
精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。
それでも生きるしかないリリアは決心する。
誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう!
それなのに―……
「麗しき私の乙女よ」
すっごい美形…。えっ精霊王!?
どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!?
森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる