49 / 58
第二部
22.窮地②
しおりを挟む「お前……なぜここに……」
「ちょっと戻って来てたんです。やることがあったので。こんな時間にお外へ出られるんですか? ちょっとだけ待っていてもらえると助かるんですが」
「まさか、術師はお前が殺したのか。使用人たちはどこへやった。まさかあの者たちも殺したのではないだろうな。この扉もお前が?」
「一気に聞かないでくださいよぉ。答えられませんって」
ローレッタは眉根を寄せて困り顔で言う。
「一つずつ答えますね。まず一つ目の質問ですが、術師の方は私が処分させていただきました。あの人は命令に従っていただけなのでちょっと気の毒かとは思ったんですが、でも嫌がって怯える幼いリディアお嬢様に問答無用で文様を入れていたんですから、情けは無用かと思いまして」
「お前何を……」
「二つ目。使用人の方たちは殺してません。皆眠ってもらってます。お嬢様を不当に扱ってきた人たちなので、多少傷ついてもいいかと思って乱暴に捕まえちゃいましたが、死んだ人はいないと思います。地下牢にまとめて入れてあるので安心してください」
「何を言っているんだ、なぜ」
「最後の質問ですが、はい。この扉は私が魔法で閉めさせてもらいました。叩こうが壊そうが外には出られませんよ」
「そんなはずはない! お前は魔力を溜める器すらろくになかったはずだ! 魔法など使えるわけがない!」
お父様が言うと、ローレッタは苦笑いした。
「そうですねぇ。それで旦那様に魔獣の餌にされそうになりましたよね。リディアお嬢様が専属メイドに指名してくれなければ死ぬところでした」
ローレッタはそう言いながら、スカートを太ももの真ん中辺りまでたくしあげる。
服の下からびっしりと歪つな黒い文様が彫られた足がのぞくのを見て、息が止まりそうになった。
「それは……」
「魔力を溜める文様です。自分で彫っちゃいました。もとの器が小さいからかあんまり溜められないんですけど、補充係をする分には問題ありません。私に魔法を使うのは無理かと思いましたが、お嬢様が教えてくれたおかげで簡単な魔法くらいなら使えるようになったんです」
ローレッタは得意げに言う。
驚くと同時に、ローレッタの言葉が引っかかった。補充係とは何だろう。
それに、リディアに魔法を教わった? あの子には決して魔法が使えないように制御装置をつけているはずだし、魔力測定でも異常はなかった。
大体、地下室に閉じ込められているあの子がどうやって魔法を覚えたというのか。
「あ、戻ってらしたみたいです」
唐突にローレッタは言う。戻ったって何が? そう思う間もなく、扉があっさりと開いて人影が現れる。
「……リディア……!!」
「ローレッタ、ご苦労様。パーティーを抜け出して戻って来たの」
双子の妹が屋敷に足を踏み入れると、扉はひとりでに閉まる。お父様が慌ててこじ開けようとするが、あっさりと押し返されていた。
「まぁ、お父様。せっかく娘が帰ってきたのに、すぐに出て行こうとするなんてひどいではありませんか」
「貴様……!」
「せっかくだから少しお話ししましょう? 私に聞きたいことがあるんじゃなくて? なぜアデル様と私が婚約することになったのかとか、地下牢から抜け出してからはどうしていたのかとか」
「ふざけるな! 私たちを閉じ込めてどうするつもりだ!? 早くここから出すんだ!!」
お父様は怒鳴り声を上げる。
すると、それまで優しげな笑みを浮かべていた双子の妹の顔が、すっと冷えた。
「閉じ込められるくらいなんだって言うの。私は生まれてからずっと、薄暗い地下室に閉じ込められてきたわ」
私たちを一人ずつ眺める妹の顔は限りなく冷たい。
「こんな少しの間閉じ込められたくらいで大騒ぎして馬鹿みたい。地下室で血を見たのが怖かったのかしら? 私は七歳の頃からずっと血を流し続けてきたけれど。それとも人気のない屋敷が不安だった? まさかね。私はローレッタが来るまでずっと、地下室で一人で過ごしていたのよ」
妹の顔には何の表情も浮かんでいなかった。がらんどうの目でじっとこちらを見ている。
この女から逃げたいと本能が告げる。けれど、蛇に睨まれた蛙のように、一向に足が動かない。
「……リディア、悪かった。お前を苦しめていたことはよくわかった。しかし、家を繁栄させ、国を守るためには仕方なかったんだ。もちろんお前の貢献には感謝しているよ」
お父様は急に声を和らげて言う。媚びるような目で双子の妹を見ながら、必死にご機嫌を窺っている。
「感謝ですか」
「ああ、とても感謝している。クロフォード家の繁栄はお前なしにはあり得なかった」
「そんなこと一度も言われたことありませんが。ただ、勝手をするな、家に尽くせ、我が家に泥を塗るなとだけ言われて育ちましたけれど」
妹はローレッタのほうに視線を向けて、ねぇ? と首を傾げた。
「悪かった。今までのことを悔いている。だからどうかここから出してくれないか」
「私からも頼むわ。ねぇ、リディア。私達家族でしょう?」
両親は青ざめた顔で妹に追いすがっている。しかし妹の表情は変わらない。
「何をしている! お前たちも早くリディアに謝るんだ!」
お父様はこちらを鬼の形相で睨みつけて言う。
今までお父様に双子の妹のことは妹として見るな、道具とだけ思えと教えられてきた私は、あまりの態度の変わりように戸惑った。
お兄様とシェリルが、順番に膝をつく。そうして謝罪の言葉を口にした。
「リディア、悪かった。お前をそこまで苦しめていたとは知らなかったんだ」
「私もよ、お姉様。これからは仲良くしていきましょう。ね?」
二人を無表情で見つめていた妹は、ゆっくり視線をこちらに向ける。
「リディアは何かないのかしら?」
「……っ」
逃れられない状況に唇を噛む。この状況では妹に謝罪するしかないのだろう。しかし、奴隷同然だと思っていた存在に膝をつくのは屈辱だった。
その上、この女のせいで私は大勢の見ている前でアデル様に婚約破棄されたのだ。
けれど、反発する気力はもう残っていなかった。
さっきから恐怖と緊張で張り詰めた心が限界を迎えていた。早くこの場所から逃れたいという思いだけが頭を占拠する。
私はゆっくり膝をつく。
「……謝るわ。私は長い間あなたを苦しめました。とても反省しています。これでいいんでしょう?」
そう言って顔を上げると、無表情だった妹の顔が、緩やかに綻んでいく。
「嬉しいわ。みんなわかってくれたのね」
「お嬢様、よかったですね」
「ええ、やっぱり私たちって家族なのね。話せばわかりあえるんだわ」
妹はローレッタと顔を見合わせて笑っている。なんとかこの場を切り抜けられるだろうか、そう安心しかけたとき、妹は優しい笑顔のまま言った。
「でも、もっとわかりあいたいの。だから、あなたたちは私と同じ目に遭ってもらえるかしら?」
妹はそう言うと右手を高く上げ、短い呪文を唱えた。瞬間、妹の腕や足から黒い文様が浮き出てくる。空中を舞う文様は、集まって巨大な霧に姿を変える。
何なの、これ。一体何をする気……。
浮かんだ疑問を言葉にする前に、屋敷中を震わせるような爆発音が響いた。
27
お気に入りに追加
2,860
あなたにおすすめの小説
罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です
結城芙由奈
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】
私には婚約中の王子がいた。
ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。
そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。
次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。
目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。
名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。
※他サイトでも投稿中
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした
アルト
ファンタジー
今から七年前。
婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。
そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。
そして現在。
『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。
彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
築地シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
あなたがそう望んだから
まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」
思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。
確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。
喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。
○○○○○○○○○○
誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。
閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*)
何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?
【完結】もう、あなたを愛したくありません〜ループを越えた物質主義の令嬢は形のない愛を求める〜
あまぞらりゅう
恋愛
キアラ・リグリーア伯爵令嬢は、同じ人生を繰り返していた。
彼女の最期はいつも処刑台の上。
それは婚約者のダミアーノ・ヴィッツィオ公爵令息の陰謀だった。
死んだら、また過去に戻ってくる。
その度に彼女は婚約者のことを激しく憎んで、もう愛さないと強く胸に誓っていた。
でも、何度回帰しても彼女は彼を愛してしまって、最後は必ず破滅を迎えてしまう。
キアラはもうダミアーノを愛したくなかったし、愛なんてものは信じていなかった。
――そして七回目の人生で、彼女は真実を知る。
★元サヤではありません!(ヒーローは別にいます!)
★不快になるような残酷な描写があります!
★他サイト様にも投稿しています!
悪役令嬢より取り巻き令嬢の方が問題あると思います
蓮
恋愛
両親と死別し、孤児院暮らしの平民だったシャーリーはクリフォード男爵家の養女として引き取られた。丁度その頃市井では男爵家など貴族に引き取られた少女が王子や公爵令息など、高貴な身分の男性と恋に落ちて幸せになる小説が流行っていた。シャーリーは自分もそうなるのではないかとつい夢見てしまう。しかし、夜会でコンプトン侯爵令嬢ベアトリスと出会う。シャーリーはベアトリスにマナーや所作など色々と注意されてしまう。シャーリーは彼女を小説に出て来る悪役令嬢みたいだと思った。しかし、それが違うということにシャーリーはすぐに気付く。ベアトリスはシャーリーが嘲笑の的にならないようマナーや所作を教えてくれていたのだ。
(あれ? ベアトリス様って実はもしかして良い人?)
シャーリーはそう思い、ベアトリスと交流を深めることにしてみた。
しかしそんな中、シャーリーはあるベアトリスの取り巻きであるチェスター伯爵令嬢カレンからネチネチと嫌味を言われるようになる。カレンは平民だったシャーリーを気に入らないらしい。更に、他の令嬢への嫌がらせの罪をベアトリスに着せて彼女を社交界から追放しようともしていた。彼女はベアトリスも気に入らないらしい。それに気付いたシャーリーは怒り狂う。
「私に色々良くしてくださったベアトリス様に冤罪をかけようとするなんて許せない!」
シャーリーは仲良くなったテヴァルー子爵令息ヴィンセント、ベアトリスの婚約者であるモールバラ公爵令息アイザック、ベアトリスの弟であるキースと共に、ベアトリスを救う計画を立て始めた。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
ジャンルは恋愛メインではありませんが、アルファポリスでは当てはまるジャンルが恋愛しかありませんでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる