噂好きのローレッタ

水谷繭

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第二部

18.真実② アデル視点

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***

 メイドを預けた後私室に戻って考え事をしていると、ノックの音が響いた。

 入るように言うと、勢いよく扉が開く。

「アデルバート様、手当ての用意ありがとうございました。改めまして私、クロフォード公爵家でリディアお嬢様専属のメイドをしている、ローレッタと申します!」

 ローレッタはやけに元気な自己紹介をして頭を下げる。私はああ、とだけ返してその姿を眺めた。

 このメイドはリディアの専属メイドなのか。

 夜に見たときの印象だけなら違和感はないが、先程の様子ではリディアとの仲はとても良好には見えなかった。

 普段の生活では問題が起きなかったんだろうかと疑問に思っていると、ローレッタは突然楽しげな調子で言う。


「アデルバート様、せっかく会えたのですからお近づきのしるしにお話を聞いてくれませんか? 私は貴族の方たちの秘密の話を聞いたり話したりするのが何より好きなんです」

「話? 突然だな」

「だめでしょうか?」

「いや、構わない。話してみろ」

 突然の言葉に面食らったが、とりあえず許可することにした。何を話す気なのか気になったからだ。

 しかし、ほぼ初対面の、それも主の婚約者を相手に突然貴族たちのゴシップを話そうとするなんて随分ぶしつけなメイドだ。リディアの言葉は言い過ぎにしても、少し変わった人間ではあるのかもしれない。

 ローレッタは嬉しそうににんまり笑って話し始める。


「では、ある貴族の噂話を。

名前は伏せますが、ある由緒正しい家柄の男性が、同じくらい家柄の良い女性と結婚することになりました。人々は祝福しましたが、男性は不服のようでした。彼には恋人がいたからです。

その恋人というのが、なんとパン屋に生まれた平民の少女だったのです。そんな身分違いの関係が許されるわけありません。けれど、男性はその少女を諦める気はないようでした。

困りますよね。うちの国は厳格な一夫一妻制ですから、平民少女を妾にすることもできませんし。

無理矢理結婚させられた男性は、奥様をうとましく思っておりました。しかし、奥様の方はそうではなく、男性に愛情があったようです。冷たい男性の態度にもめげず、気を引こうと努力しました。

ほどなくして、奥様は身籠られます。男性もこのときばかりは奥様を気にし、いくぶん優しく接しておりました。

しかし、平民の恋人との関係を断ち切ったわけではありませんでした。

それから数ヶ月も経たないうちに、その平民の少女も妊娠していることがわかったのです。街の者は皆父親が誰なのかわかっていましたが、口をつぐんでおりました。奥様の耳にも当然その話は入ってきます。

そんな中、痛ましい出来事が起こりました。奥様が心労から寝込み、お腹の子が亡くなってしまったのです。心労は夫の浮気と無関係ではなかったでしょう。

一方、平民少女のほうでも痛ましい結果になりました。こちらは子供は無事に生まれましたが、少女のほうが産後の経過が悪く亡くなってしまったのです。

男性はそれはもう悲しみました。夫人のお腹の子が流れたことなんて関心から消え去るほど悲しみました。

そして、男性は子供を亡くして気落ちしている奥様に告げたのです。『この子供を亡くなった子の代わりにこの家で育てられないか』と。

びっくりしちゃいますよね? 奥様の流産はまだ公になっていなかったとはいえ、まともな感性の人間ならば頼めることではないと思います。

奥様はもちろん断りました。当然でしょう。自分を長く悩ませてきた愛人との子を代わりに育てるなど受け入れられなくて当然です。

その上平民の少女が産んだ子は男子でしたので、奥様の子供として育てれば、その子は家の跡取りということになってしまいます。

しかし、男性は奥様が断っても引き下がりませんでした。

一度子供の流れた女性は妊娠しにくくなると聞く、これから子供が生まれなかったり、女児しか生まれなかった場合、君の地位は低くなるがそれでもいいのか、なんて、脅すような言葉まで使って説得したそうです。

疲れきっていた奥様は、何度も説得されるうち反論する元気もなくなってしまったようで、やがて子供を引き取ることを認めました。男性の脅しに怯えた部分もあるのかもしれません。

実際は、奥様はその後三人の子供を産んでいますから、妊娠しにくくなることなんてなかったようですがね。ただ、男児が生まれなかったらというのは男性の言葉通りになりましたが。

そういうわけで、その家では男性と奥様と、平民の愛人が生んだ子供が一緒に暮らすことになりました。

表面上は平穏に暮らしていたようですが、それほどの仕打ちをされて何も思わないはずがありません。

奥様の心は次第に男性から離れていきました。そして奥様自身も外に愛人を作って何度も会うようになったのです」


 そこまで話してローレッタはやっと言葉を止める。随分長々と話しているが、まだ話は終わりではないらしい。

 いきなりどこの誰だか知らない貴族の話をされて、相手が戸惑わないと思うのか。しかし妙に話に引き込まれて、口を挟むタイミングを失ってしまった。

「続きを話してもいいですか?」

 ローレッタはにんまり笑って言う。私は無言でうなずいた。


「お互いに相手を見なくなったご夫婦でしたが、奥様は再び身籠られました。今度は出産がうまくいき、双子の女の子が生まれました。母子ともに健康でしたが、ご存知の通りこの国で双子は忌み嫌われています。

ご夫婦は双子が生まれたことを、医者たちに固く口止めしました。

そして、後から産まれたほうの存在を消すことにしたのです。

悲しい話ですが、珍しい話ではありません。双子のどちらかを養子に出したり、捨てたりする人はたくさんいます。ひどい場合は殺してしまうことも。

しかし、お二人が選んだのはそんな生易しい方法ではありませんでした。

その子を地下室に閉じ込めて魔力を集めさせ、生贄として家に利益をもたらそうとしたのです」


 心臓がどくんと音を立てた。どこかで聞いたことのある話だ。

 地下室に閉じ込めて生贄に魔力を集めさせる……。私が今まさに調べていること。

 しかし、実の子供を生贄にしたなんて話は聞いていない。

 頭の中には、「双子」という言葉が重く響いていた。これまで抱いてきた多くの違和感は、もしこの予想が本当ならば、全て納得がいく。

 しかし、頭がそれを理解することを拒否していた。

 浮かんだ予想が当たっているとしたら、彼女は……。


「ローレッタ」

「はい、なんでしょう」

「それはクロフォード家の……リディアの話なのか?」

 震える声でそう尋ねたら、ローレッタの口元がまたにんまり歪んだ。

「正解です、アデルバート様! あなたが最初に会ったのは妹君のリディアお嬢様、それ以降は大体姉のほうのリディア様ですっ」
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