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第二部
17.暗い牢獄②
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***
地下牢で計画に思いを馳せていると、廊下から足音が聞こえて来た。
足音は部屋の前で止まり、ガチャガチャと鍵を開ける音がして扉が開かれる。
「大人しくしていたようね」
扉の影から現れたのは、双子の姉のリディアだった。昼間はお兄様とシェリルが訪れて、今度はリディアか。兄妹揃ってご丁寧なことだ。
「リディア。何か用事かしら?」
「用事かしら、じゃないわよ。今日は勘違いしているあなたに教えてあげにきたの。アデル様はね、あなたに夜呼び出されるのが不快だったそうよ。夜に会うリディアは普段と違って陰気でつまらなくて、不愉快だったんですって。私が怒られちゃったわ」
「そう。それは申し訳ないことをしたわ」
私は無表情で謝る。
おそらく、アデル様はそんなことは言わないだろう。私はアデル様が嫌っているのは、私ではなく姉のリディアのほうだと知っている。
リディアは私が動揺する様子がないので、不満そうだった。
それからふと何かを思いついたように、楽しげに目を光らせる。
「ねぇ、あなたについていたあの頭の足りないメイドのことだけれど。ローレッタとか言ったかしら」
「ローレッタがどうかしたの?」
ローレッタの名前を出されても特に動じなかった。ローレッタには危険が迫ったら護身術を使って逃げだすように教えてある。被害が及ぶことはないはずだ。
「あの子ね、あの日捕まえてお父様にこことは別の地下牢に入れられてから、散々鞭で打たれて気を失ったのよ」
「……え?」
「生意気なメイドだけれど、さすがに背中も腕も血まみれになるまで鞭打たれて反省したみたい。今はね、私のメイドとして働かせて反省させているのよ」
姉の言葉がなかなか頭に入ってこない。そんなはずはない。ローレッタにはちゃんと身を守る方法を教えておいたはず。
今のローレッタならば、大人数人に囲まれた程度であれば、魔法を発動して仕留めることは簡単にできるはずなのに。
まさか、うまく発動できなかったのだろうか。
「ローレッタは……抵抗したり反撃したりしなかったの……?」
「反撃? あんな痩せた女に何ができるっていうの。抵抗はしていたけどね。何度も鞭で打たれるうちに大人しくなったわ」
姉は初めて私が動揺したのが愉快なのか、顔をにやつかせて言う。
「私を動揺させたいだけでしょう?」
「そう思う? なら連れてきてあげましょうか。大分痛々しいことになっているから見たらショックを受けるでしょうけれど」
双子の姉は平然と言う。嘘をついているようには見えなかった。
「どうして……あの子は私に付き合わされただけなのよ」
「馬鹿じゃないの? 真の主人はあんたじゃなくクロフォード家よ。あんたの命令であろうと、歯向かうような真似をしたら罰せられるに決まってるじゃない」
姉はそう鼻で笑った。
「でも、あの子まだまだ目が反抗的なのよね。文句ありげにこっちを見てくるから苛つくわ。もう一度鞭打ちしてやったほうがいいかしら」
「ふざけないで!!」
思わずそう叫ぶ。しかしリディアはにやにやと笑うばかりだった。
「全部あんたが悪いのよ。あんたが余計な真似をするからあのメイドは罰せられたの」
姉はそう言うと、勝ち誇ったように私を見下ろして出て行った。
私は血が滲みそうになるほど強く拳を握りしめる。先程までの浮ついた気持ちはすっかりどこかへ消えていた。
ローレッタを巻き込むつもりなんてなかった。
あの子はちゃんと逃げられると思っていたから、多少の無理を押し通したのだ。ローレッタに被害が及ぶとわかっていれば、もっと慎重に計画を進めたのに。
私はただ心のうちでローレッタに謝ることしかできない。
「……まだ早いと思ったけれど、もう実行に移すべきね」
誰に聞かせるともなくそう呟く。
本当はもっとじわじわゆっくり進めるつもりだったけれど、ローレッタに危険が及ぶなら話は別だ。待っている時間はない。明日の朝にでも、計画を実行してしまおうか。
いや、ローレッタがこの家のどこにいるのかわからない以上、彼女の居場所だけでも確認しておくのが先だ。巻き込まれたら困るし、人質にされては敵わない。
私は深呼吸して心を落ち着かせた。
ごめんね、ローレッタ。すぐに助けに行くからね。あなたを助けたら、あなたを傷つけた者は皆、地獄に落としてあげるから。
***
私はそれから眠れない日々を過ごした。時折兄や妹が私を警戒して、双子の姉が私の現状をおもしろがって牢屋にやって来る。
その度にローレッタの現状を聞き出そうとするが、彼らは決して口を滑らせない。
私は焦っていた。ローレッタがどうかあまり反抗的な態度を取らないように願う。
しかし、なかなか寝付けず呻いていた私のもとに、ある夜ローレッタはあっさりと姿を現した。鍵のついた紐を指でくるくる回しながら、元気な顔で言う。
「お嬢様―、お久しぶりです。元気でしたか? ここ狭い部屋ですねぇ」
「ローレッタ!?」
いつもと変わらない様子でのん気に部屋を見回すローレッタを、信じられない気持ちで眺める。茶色の三つ編みにくりくりした大きな目。緊張感のない声。間違いなくローレッタだ。
「ローレッタ、どうしてここへ……! 大丈夫だったの? 鞭打ちされたって。護身術を教えておいたじゃない。うまくいかなかったの? どうして……」
「お嬢様、そんなに一気に聞かれても答えられないです!」
ローレッタは困り顔で言う。
それからゆっくりと説明しだした。
「私は大丈夫です。捕まってちょっとお仕置きはされましたが、魔法がうまく発動できなかったわけではないですよ」
「どういうこと? なら、どうして」
「だって私が魔法を発動したら、お嬢様が魔力を自由にできることも勘づかれちゃうかもしれないじゃないですか」
「な……! それでわざと魔法を使わなかったって言うの!? ピンチになったらすぐに護身術を使うように言ったじゃない! なんで言う通りにしなかったの!!」
思わず叫ぶと、ローレッタは慌てた様子で私の口を塞いだ。
「静かにしてください! 見張りに聞かれちゃいます」
「……ローレッタが馬鹿なことをするからでしょ」
「鞭打ちくらいどうってことありません。それより、計画を完璧な形で成功させたいじゃないですか。ずっとこのときを待っていたんですから!」
ローレッタはそう笑うが、彼女の腕には痛々しい赤い傷跡が見えた。
私が魔力制御を解除して魔法を自由に使えるようになったことなんて、バレてしまってもよかったのに。なんて愚かな子だろう。
「ローレッタ、リディアに聞いたけど、今あの人のメイドをさせられてるんでしょう? ひどい目に遭ってない?」
「大丈夫ですし、今は違います! 最初の数日間はリディア様に仕えてたんですけど、今はアデルバート様に保護してもらって王宮にいます」
「アデル様に?」
突然アデル様の名前が出てきてぽかんと口を開く。
「アデル様に保護されているってどういうこと?」
「城に戻ったら話しますね。外に迎えが来てますから早く行きましょう!」
「え、城って?」
尋ねるが、ローレッタは答えてくれない。
ローレッタはポケットに手を突っこむと、鍵型の魔道具を取り出して手早く私の足首に嵌められていた鎖を外した。
それからにやにや笑いながら私の手を引いて、牢屋から私を連れ出した。
地下牢で計画に思いを馳せていると、廊下から足音が聞こえて来た。
足音は部屋の前で止まり、ガチャガチャと鍵を開ける音がして扉が開かれる。
「大人しくしていたようね」
扉の影から現れたのは、双子の姉のリディアだった。昼間はお兄様とシェリルが訪れて、今度はリディアか。兄妹揃ってご丁寧なことだ。
「リディア。何か用事かしら?」
「用事かしら、じゃないわよ。今日は勘違いしているあなたに教えてあげにきたの。アデル様はね、あなたに夜呼び出されるのが不快だったそうよ。夜に会うリディアは普段と違って陰気でつまらなくて、不愉快だったんですって。私が怒られちゃったわ」
「そう。それは申し訳ないことをしたわ」
私は無表情で謝る。
おそらく、アデル様はそんなことは言わないだろう。私はアデル様が嫌っているのは、私ではなく姉のリディアのほうだと知っている。
リディアは私が動揺する様子がないので、不満そうだった。
それからふと何かを思いついたように、楽しげに目を光らせる。
「ねぇ、あなたについていたあの頭の足りないメイドのことだけれど。ローレッタとか言ったかしら」
「ローレッタがどうかしたの?」
ローレッタの名前を出されても特に動じなかった。ローレッタには危険が迫ったら護身術を使って逃げだすように教えてある。被害が及ぶことはないはずだ。
「あの子ね、あの日捕まえてお父様にこことは別の地下牢に入れられてから、散々鞭で打たれて気を失ったのよ」
「……え?」
「生意気なメイドだけれど、さすがに背中も腕も血まみれになるまで鞭打たれて反省したみたい。今はね、私のメイドとして働かせて反省させているのよ」
姉の言葉がなかなか頭に入ってこない。そんなはずはない。ローレッタにはちゃんと身を守る方法を教えておいたはず。
今のローレッタならば、大人数人に囲まれた程度であれば、魔法を発動して仕留めることは簡単にできるはずなのに。
まさか、うまく発動できなかったのだろうか。
「ローレッタは……抵抗したり反撃したりしなかったの……?」
「反撃? あんな痩せた女に何ができるっていうの。抵抗はしていたけどね。何度も鞭で打たれるうちに大人しくなったわ」
姉は初めて私が動揺したのが愉快なのか、顔をにやつかせて言う。
「私を動揺させたいだけでしょう?」
「そう思う? なら連れてきてあげましょうか。大分痛々しいことになっているから見たらショックを受けるでしょうけれど」
双子の姉は平然と言う。嘘をついているようには見えなかった。
「どうして……あの子は私に付き合わされただけなのよ」
「馬鹿じゃないの? 真の主人はあんたじゃなくクロフォード家よ。あんたの命令であろうと、歯向かうような真似をしたら罰せられるに決まってるじゃない」
姉はそう鼻で笑った。
「でも、あの子まだまだ目が反抗的なのよね。文句ありげにこっちを見てくるから苛つくわ。もう一度鞭打ちしてやったほうがいいかしら」
「ふざけないで!!」
思わずそう叫ぶ。しかしリディアはにやにやと笑うばかりだった。
「全部あんたが悪いのよ。あんたが余計な真似をするからあのメイドは罰せられたの」
姉はそう言うと、勝ち誇ったように私を見下ろして出て行った。
私は血が滲みそうになるほど強く拳を握りしめる。先程までの浮ついた気持ちはすっかりどこかへ消えていた。
ローレッタを巻き込むつもりなんてなかった。
あの子はちゃんと逃げられると思っていたから、多少の無理を押し通したのだ。ローレッタに被害が及ぶとわかっていれば、もっと慎重に計画を進めたのに。
私はただ心のうちでローレッタに謝ることしかできない。
「……まだ早いと思ったけれど、もう実行に移すべきね」
誰に聞かせるともなくそう呟く。
本当はもっとじわじわゆっくり進めるつもりだったけれど、ローレッタに危険が及ぶなら話は別だ。待っている時間はない。明日の朝にでも、計画を実行してしまおうか。
いや、ローレッタがこの家のどこにいるのかわからない以上、彼女の居場所だけでも確認しておくのが先だ。巻き込まれたら困るし、人質にされては敵わない。
私は深呼吸して心を落ち着かせた。
ごめんね、ローレッタ。すぐに助けに行くからね。あなたを助けたら、あなたを傷つけた者は皆、地獄に落としてあげるから。
***
私はそれから眠れない日々を過ごした。時折兄や妹が私を警戒して、双子の姉が私の現状をおもしろがって牢屋にやって来る。
その度にローレッタの現状を聞き出そうとするが、彼らは決して口を滑らせない。
私は焦っていた。ローレッタがどうかあまり反抗的な態度を取らないように願う。
しかし、なかなか寝付けず呻いていた私のもとに、ある夜ローレッタはあっさりと姿を現した。鍵のついた紐を指でくるくる回しながら、元気な顔で言う。
「お嬢様―、お久しぶりです。元気でしたか? ここ狭い部屋ですねぇ」
「ローレッタ!?」
いつもと変わらない様子でのん気に部屋を見回すローレッタを、信じられない気持ちで眺める。茶色の三つ編みにくりくりした大きな目。緊張感のない声。間違いなくローレッタだ。
「ローレッタ、どうしてここへ……! 大丈夫だったの? 鞭打ちされたって。護身術を教えておいたじゃない。うまくいかなかったの? どうして……」
「お嬢様、そんなに一気に聞かれても答えられないです!」
ローレッタは困り顔で言う。
それからゆっくりと説明しだした。
「私は大丈夫です。捕まってちょっとお仕置きはされましたが、魔法がうまく発動できなかったわけではないですよ」
「どういうこと? なら、どうして」
「だって私が魔法を発動したら、お嬢様が魔力を自由にできることも勘づかれちゃうかもしれないじゃないですか」
「な……! それでわざと魔法を使わなかったって言うの!? ピンチになったらすぐに護身術を使うように言ったじゃない! なんで言う通りにしなかったの!!」
思わず叫ぶと、ローレッタは慌てた様子で私の口を塞いだ。
「静かにしてください! 見張りに聞かれちゃいます」
「……ローレッタが馬鹿なことをするからでしょ」
「鞭打ちくらいどうってことありません。それより、計画を完璧な形で成功させたいじゃないですか。ずっとこのときを待っていたんですから!」
ローレッタはそう笑うが、彼女の腕には痛々しい赤い傷跡が見えた。
私が魔力制御を解除して魔法を自由に使えるようになったことなんて、バレてしまってもよかったのに。なんて愚かな子だろう。
「ローレッタ、リディアに聞いたけど、今あの人のメイドをさせられてるんでしょう? ひどい目に遭ってない?」
「大丈夫ですし、今は違います! 最初の数日間はリディア様に仕えてたんですけど、今はアデルバート様に保護してもらって王宮にいます」
「アデル様に?」
突然アデル様の名前が出てきてぽかんと口を開く。
「アデル様に保護されているってどういうこと?」
「城に戻ったら話しますね。外に迎えが来てますから早く行きましょう!」
「え、城って?」
尋ねるが、ローレッタは答えてくれない。
ローレッタはポケットに手を突っこむと、鍵型の魔道具を取り出して手早く私の足首に嵌められていた鎖を外した。
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