噂好きのローレッタ

水谷繭

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第二部

16.私とローレッタの秘密②

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***

「お嬢様、ずっと思ってたんですけどその指輪なんですか? はっきり言って気持ち悪いです……。その模様とか……」

「はっきり言わないでよ。外したくても外せないんだから」

 あるとき掃除にやってきたローレッタは、私の中指にはまった指輪をじっと見つめると、言いづらそうに指摘した。言いづらそうにしている割には、言葉に遠慮がない。

「外せない? どうして?」

「前に黒い文様を入れられたって話したでしょ。それで私は体内に大量の魔力を溜め込めるようになったらしいの。この指輪はその魔力を使えないように制限するものなんですって」

 答えるとローレッタは思いきり顔をしかめた。

「魔力を溜め込めるようになったのに、わざわざ使えないように制限するんですか?」

「必要なときにクロフォード家のために使うそうよ。私はそのための入れ物なんでしょうね」

「なんですか、それ。当主様もクロフォード家も最悪ですね。殺したいです」

「そうね。私もそう思うわ」

 物騒なことを言うローレッタに同意する。本音だった。生まれた時からの冷遇で少しずつ溜まっていた鬱憤は先日の件で限界に達し、家族に愛情を求める気持ちが急速に消えていったのだ。

 私が同意したのが嬉しかったのか、ローレッタは顔に笑みを浮かべる。

「魔力を制御する指輪って言いましたよね? それ街でもそこそこ大きな魔道具店に行けば売ってますよ。そこまで厳重で高そうな指輪は見たことありませんけれど」

「ふぅん。そんなに珍しいものでもないんだ。クロフォード家に伝わる伝説の道具とかだとばかり」

「そんなに高くない魔力制御装置なら珍しくありません。珍しくないので、解除する道具とかも出回ってるみたいです。裏市場で」

「え」

 思わず目を見開く。ローレッタは得意そうに言った。

「お嬢様、私何とか手に入れてきます! だからそんな指輪外しちゃいましょうよ!」

「何言ってるのよ、そんなの無理。外したら怒られるわ」

「外してまたつけておけばバレませんって。もしバレても、魔力が溜め込めるってことは攻撃魔法の威力も上がりますよね? 当主様も奥様もご兄弟たちも吹き飛ばしちゃえばいいんですよ!」

 ローレッタは楽しげにとんでもないことを言う。

「私、魔法なんて使ったことないわ。いきなり攻撃魔法なんて使えない」

「でも、物語とかでは覚醒した主人公が突然すごい魔法使ってたりするじゃないですか。お嬢様も指輪を外したら覚醒して、お屋敷を壊したりできるかも!」

「それは物語だからよ。普通は魔法を使うには学校で訓練をして基礎を覚えてから、徐々に大きな魔法を使えるようになるって、家庭教師の先生に習ったわ」

「うぅ、そうですか……。あ! じゃあ、制御装置を解除する道具のほかに魔術書を買ってきますから、それでこっそり練習しましょう。普段は指輪をつけておいて、当主様たちを吹っ飛ばせるくらいの魔法が使えるようになるまで待つんです」

 ローレッタは明るい顔で言う。

 結構具体的な方法を述べるので、不覚にも揺らいでしまった。自分が溜めさせた魔力がもとで奴隷に反撃されるお父様たちの姿を想像したら、ちょっとわくわくしてくる。

 けれど、それは無理だとすぐに気づいた。

 私は三日おきにあのローブの女に魔力値を測定されているのだから。練習で魔法を使ったらすぐにバレるに決まっている。

 そのことを話したらローレッタはあからさまにがっかりしていた。

「そうですか……。厳重ですね」

「私が反乱を起こさないように警戒しているんでしょうね」

「反乱起こされても仕方ない生活させてる自覚があるんでしょうね」

 ローレッタはしかめっ面で言う。それからまだうんうん唸って解決策を考えていたが、何も思いつかなかったようで、やがて諦めて部屋を出て行った。

 私は中指に嵌った銀色の指輪を眺める。

 本当にそんなことができたらいいのに。私が魔法を使って、この家を全て壊せてしまえたら。

 馬鹿みたいな妄想をしているのがおかしくなって、私は窓の外に目を遣った。今日も外に見えるのは灰色の壁だけだ。


***


 私はローレッタの無謀さを甘く見ていた。

 数日後に元気よく部屋に飛び込んできたローレッタが、スカートをたくし上げて太ももに浮かぶ黒い文様を見せるのを見て、指輪を外す件をはっきりと拒否しなかったことを本気で後悔した。

「ちょっと……! これは何なの!? なんであなたに黒い文様があるのよ!!」

「えへへ……。お嬢様とお揃いです。私ってもともとの魔力の器が小さ過ぎるみたいですけど、これでちょっとは魔力を溜められるかなって」

「なんでそんなこと……。どうやって入れたの」

 ローレッタの太ももの文様は、私のものよりも大分歪つな形をしていた。文字がヘロヘロでまるで子供の落書きみたい。

 ところどころに針を強く刺し過ぎたのか、血だまりのようなものができている。

 青ざめる私とは裏腹にローレッタは得意げだ。

「自分でやったにしてはなかなかの出来だと思いません? 夜に地下室の奥の部屋に忍びこんで、置いてあった魔術書を見ながら道具を拝借してこっそり入れちゃいました。まぁまぁ痛いですね、これ」

「なんでわざわざそんなことをしたのよ。馬鹿じゃないの?」

「いい案を思いついたんです! 私がお嬢様の魔力の補充係になればいいんですよ。お嬢様が魔力を測定されるのは三日おきですから、練習で魔力を使ってしまっても、測定前に私が魔力を渡せばバレません! いい考えでしょう?」

「何それ……」

 呆気に取られた。そんなことのために痛い思いをして肌に消えない入れ墨を彫って、なんて愚かなメイドなのだろう。万が一文様が家の者に見つかったらどうする気なのか。


「私はお嬢様の役に立ちたいんです。お嬢様が笑ってくれるならなんでもします」

 彼女の顔には迷いがなかった。ただ澄んだ目で真っ直ぐに私を見つめている。

 都合がよさそうだからというだけの理由で自分をメイドとして選んだ主人に、なぜそこまでできるのだろう。

「馬鹿じゃないの。そんなうまくいくかわからない方法のために……」

「きっとうまくいきますよ! それにうまくいかなくたって、別の方法を探せばいいんです」

 ローレッタは何てことのないように言う。

 私は地下室での奴隷のような扱いをただ受け入れるしかないと思っていた。逃れる術などないのだと諦めていた。

 なのに、ローレッタは何の迷いもなくそこから私を連れ出そうとしてくれる。


「……ねぇ、ローレッタ。私がクロフォード家に復讐したいって言ったら協力してくれる?」

「もちろんです。お嬢様!」

 ローレッタは私の言葉に迷うことなくうなずいた。

 私とローレッタの秘密の計画は、この日から始まったのだ。
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