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第二部
15.儀式①
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※15話では主人公がかわいそうな目に遭うのでご注意下さい(身体的に傷つけられる描写を含みます)
◆ ◇ ◆
ローレッタが来てから私の暮らしは格段によくなっていった。
まず、ローレッタが身支度用の道具を用意してくれたので私はみすぼらしい子供の姿から脱却して、そこそこまともな姿になることができた。
鏡に映る自分が、サラサラの金髪に血色のいい頬をしているのを見て、私は大変満足した。
これなら地上のお部屋で大切に磨き上げらた双子の姉にも劣らないのではないか、なんて思いが頭に浮かぶ。
せっかくなので、ローレッタの髪や体も洗ってあげた。多分普通の主人はメイドにそんなことをしないと思うが、私たちの関係に普通も何もないので、構わないだろう。
また、ローレッタのおかげで私はいくらか知識を得ることができた。
私は家庭教師から教わる勉強とマナー以外何も知らなかったが、ローレッタが本を持ってきてくれるおかげでそれ以外の知識を手に入れられた。
本から得られる正しい知識だけでなく、ローレッタは貧民街で得たというよろしくない知識もたくさん授けてくれた。人を騙す方法とか、同情を引く方法とか、色々なこと。
ローレッタは用事があるとき以外もしょっちゅう私の部屋にやって来た。
ローレッタからよろしくない知識を教わり、お礼に私は家庭教師に習ったマナーを教え。お互いに髪を洗い合って身支度をし、提供される少ない食事を二人で分け合って食べた。
私達の生活は、人が聞いたら哀れむようなものだったと思う。けれど不幸には思わなかった。
彼女がいるときだけは、薄暗い地下室が明るくなるような気がしたのだ。
地下室に閉じ込められ、家族からも使用人からも蔑まれる生活だけれど、ローレッタがいればそんなに悪い暮らしでもないんじゃないかしら。
そんなことを思い始めたとき、私は自分の家畜同然の立場を思い知らされることになる。
「儀式」が始まったのだ。
***
初めて儀式を受けたのは、七歳になった日のこと。誕生日の数日前、父が珍しく地下室を訪れた。そして私にクロフォード家に代々伝わる儀式を受けるように言った。
「いいか、リディア。これは魔力を溜めるための大切な儀式なんだ。多少痛むかもしれないが、耐えてくれるな?」
「……何をするんですか?」
いつも高圧的で冷たい父が、そのときは優しげな笑みを浮かべていた。その態度が嬉しい反面、何が起こるのだろうと不安になる。
「大したことではないよ。リディアが頑張れば我がクロフォード家にさらなる繁栄がもたらされるんだ」
父が質問に具体的に答えてくれなかったので、私の不安は増した。けれど、それ以上にいつもより機嫌がよく、珍しく笑顔を見せてくれる父の姿に喜んでいた。
私は不安を抱えながらも、自分がクロフォード家のためになれることをどこか誇らしく思いながら、儀式の日を待った。
そして七歳の誕生日が来た。目を覚ますと部屋に両親と黒いローブを着た女がいて、私を地下室のさらに奥にある部屋まで連れて行った。
そこは私が初めて見る部屋だった。
重そうなドアに、鉄製のベッドが存在感を放つ無機質な空間。ベッドの横の台には、見たことのない道具が並んでいる。異様な空間に心臓がばくばく脈打ち始めた。
「では、はじめましょう。公爵様と奥様はお下がりください」
黒いローブの女が低い声で言った。両親はその言葉にうなずく。そして私に声をかけた。
「がんばるのだぞ、リディア」
「あなたにはうちの未来がかかっているんだからね」
珍しく励ましの言葉をもらったのが嬉しくて、私は素直にうなずいた。
「リディア様、こちらへ」
ローブの女が呼んでいる。手には得体の知れない針のような道具。私は不安に駆られながらも冷たいベッドの上に横たわる。
ローレッタに会いたいと思った。ローレッタがそばにいれば、不安なんて吹き飛ぶのに。けれど、ここには私とこの無表情な女しかいない。
女は私の怯えなど気にも留めず、感情の読めない目で私を隅から隅まで眺めると、私が着ていたワンピースのボタンを開け、ゆっくりお腹に手をかけた。
冷たいその感触に、びくりと体が跳ねる。
「これより、クロフォード公爵家、リディア様への贄の儀を始めます」
薄暗い地下室に、女の抑揚のない声が響いた。
◆ ◇ ◆
ローレッタが来てから私の暮らしは格段によくなっていった。
まず、ローレッタが身支度用の道具を用意してくれたので私はみすぼらしい子供の姿から脱却して、そこそこまともな姿になることができた。
鏡に映る自分が、サラサラの金髪に血色のいい頬をしているのを見て、私は大変満足した。
これなら地上のお部屋で大切に磨き上げらた双子の姉にも劣らないのではないか、なんて思いが頭に浮かぶ。
せっかくなので、ローレッタの髪や体も洗ってあげた。多分普通の主人はメイドにそんなことをしないと思うが、私たちの関係に普通も何もないので、構わないだろう。
また、ローレッタのおかげで私はいくらか知識を得ることができた。
私は家庭教師から教わる勉強とマナー以外何も知らなかったが、ローレッタが本を持ってきてくれるおかげでそれ以外の知識を手に入れられた。
本から得られる正しい知識だけでなく、ローレッタは貧民街で得たというよろしくない知識もたくさん授けてくれた。人を騙す方法とか、同情を引く方法とか、色々なこと。
ローレッタは用事があるとき以外もしょっちゅう私の部屋にやって来た。
ローレッタからよろしくない知識を教わり、お礼に私は家庭教師に習ったマナーを教え。お互いに髪を洗い合って身支度をし、提供される少ない食事を二人で分け合って食べた。
私達の生活は、人が聞いたら哀れむようなものだったと思う。けれど不幸には思わなかった。
彼女がいるときだけは、薄暗い地下室が明るくなるような気がしたのだ。
地下室に閉じ込められ、家族からも使用人からも蔑まれる生活だけれど、ローレッタがいればそんなに悪い暮らしでもないんじゃないかしら。
そんなことを思い始めたとき、私は自分の家畜同然の立場を思い知らされることになる。
「儀式」が始まったのだ。
***
初めて儀式を受けたのは、七歳になった日のこと。誕生日の数日前、父が珍しく地下室を訪れた。そして私にクロフォード家に代々伝わる儀式を受けるように言った。
「いいか、リディア。これは魔力を溜めるための大切な儀式なんだ。多少痛むかもしれないが、耐えてくれるな?」
「……何をするんですか?」
いつも高圧的で冷たい父が、そのときは優しげな笑みを浮かべていた。その態度が嬉しい反面、何が起こるのだろうと不安になる。
「大したことではないよ。リディアが頑張れば我がクロフォード家にさらなる繁栄がもたらされるんだ」
父が質問に具体的に答えてくれなかったので、私の不安は増した。けれど、それ以上にいつもより機嫌がよく、珍しく笑顔を見せてくれる父の姿に喜んでいた。
私は不安を抱えながらも、自分がクロフォード家のためになれることをどこか誇らしく思いながら、儀式の日を待った。
そして七歳の誕生日が来た。目を覚ますと部屋に両親と黒いローブを着た女がいて、私を地下室のさらに奥にある部屋まで連れて行った。
そこは私が初めて見る部屋だった。
重そうなドアに、鉄製のベッドが存在感を放つ無機質な空間。ベッドの横の台には、見たことのない道具が並んでいる。異様な空間に心臓がばくばく脈打ち始めた。
「では、はじめましょう。公爵様と奥様はお下がりください」
黒いローブの女が低い声で言った。両親はその言葉にうなずく。そして私に声をかけた。
「がんばるのだぞ、リディア」
「あなたにはうちの未来がかかっているんだからね」
珍しく励ましの言葉をもらったのが嬉しくて、私は素直にうなずいた。
「リディア様、こちらへ」
ローブの女が呼んでいる。手には得体の知れない針のような道具。私は不安に駆られながらも冷たいベッドの上に横たわる。
ローレッタに会いたいと思った。ローレッタがそばにいれば、不安なんて吹き飛ぶのに。けれど、ここには私とこの無表情な女しかいない。
女は私の怯えなど気にも留めず、感情の読めない目で私を隅から隅まで眺めると、私が着ていたワンピースのボタンを開け、ゆっくりお腹に手をかけた。
冷たいその感触に、びくりと体が跳ねる。
「これより、クロフォード公爵家、リディア様への贄の儀を始めます」
薄暗い地下室に、女の抑揚のない声が響いた。
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