33 / 58
第二部
14.頭の足りないローレッタ②
しおりを挟むしかし、夕方頃に部屋に戻ってきたローレッタは、予想に反して明るい顔をしていた。
彼女の腕には、袋から溢れだしそうな大荷物が抱えられている。痩せぎすのローレッタにはよほど重かったのか肩で息をしていたが、その目は達成感に満ちていた。
「お嬢様! 言われた通り身支度に必要な道具を用意しました! 石鹸にブラシ、櫛、香水、お肌用の保湿薬……。あと、ここのお風呂の水は出が悪いですから、お湯を溜めるための大きな桶も!」
「ちょっと、これどうやって用意したの……。まさか盗んできたわけじゃないわよね?」
私は唖然として尋ねる。
「盗んでなんかいませんよ。捕まって嬲り殺されるの嫌ですもん」
「じゃあ、どうやって? あの置物がそんなに高く売れたの? ガラクタだとばかり思っていたのに……」
「試しに売ろうとしたら、銅貨四枚分って言われました」
「道具を揃えるには全然足りないわね」
銅貨四枚分と言ったらパンを二、三個買ったら終わりの額だ。それだけあっても仕方ない。
「なので、呪術品ってことにして売ってみました! ちょうど呪いでもかかっていそうな不気味な見た目の置物だったのでやりやすかったです」
「は……?」
「ほら、こんな風にこの禍々しい色のシーツを被って顔を隠して、鬱憤を抱えてそうな人に近づくんです。それで『お兄さん、何かお悩みですか? 潰したい人間がいるならこの冥界の使者に願えば、全て願い通りになりますよ』って声をかけました。そうしたら、あっさり銀貨2枚で買ってくれました!」
「……め、冥界の使者? あれただのガラクタよ。詐欺じゃない」
「だって私の住んでいた街では、そんな風に物を売っている人がたくさんいましたよ? お兄さんも喜んでたし、いいじゃないですか」
ローレッタが悪びれなく言うので、すっかり呆れてしまった。銅貨四枚分の価値しかない置物を銀貨二枚で売りつけるなんて、私と同い年の子供のくせになんてことを思いつくんだろう。
そんな怪しげな言葉に騙されて買うほうも買うほうだ。
「それにしても、銀貨二枚はやり過ぎじゃないかしら」
「あんまり安いと逆にだめなんです! 近所に住んでいたおばあさんが言っていました。人は高い値段がついていると価値も高いと思い込むから、人を騙すときはちょっとやり過ぎだと思うくらいの値段をつけたほうがいいんだって」
「子供に何を教えてるのよ、そのおばあさん……。ていうか、騙してる自覚あるんじゃない」
私がそう言ったら、ローレッタは頬を緩ませてふふっと笑った。無邪気な顔をして恐ろしい。
「道具を買ってもまだ余ってますよ。銀貨まるまる一枚分。お嬢様にお返ししますね」
「いらないわ。あなたが稼いだんだからあなたのお金でしょう」
私の手を取って銀貨を握らせてこようとするローレッタに慌てて断る。正しい手段でとは言い難いけれど、ローレッタが稼いだお金なのだからローレッタのものだ。
「だってお嬢様のお部屋のものを売って手に入れたお金ですよ?」
「もともとは銅貨四枚分の価値しかなかったんでしょう。それはあなたのものよ」
「でも……」
ローレッタは銀貨を握りしめたまま不満そうにしている。あなたのものだと言っているのだから、受け取っておけばいいのに。
「じゃあ、私が持っています。それで、お嬢様がほかに欲しい物があったらそれを買うのに使います」
「それじゃあ、あなたのお金になってないじゃない」
「だって私お嬢様の役に立ちたいんです」
ローレッタは真っ直ぐな目をして言う。その瞳にあまりにも濁りがないので気圧された。この子は本気で言っているんだろうということが伝わってくる。
「わかった。じゃあ、欲しいものがあるときは頼ませてもらうわ」
「はい、お嬢様っ」
「それと、あなたが服を破いたときとか、パンを落としたときとか、箒を壊したときとかに使いましょう。もしものときのお金があるって便利ね」
「う、すみません……。お嬢様」
笑顔で言ったのに、ローレッタはしょんぼりうなだれてしまった。別に責めたわけではないのに。失敗して物を壊しても、お父様が気まぐれを起こさない限り補充されないという、ここの暮らしが異常なのだ。
ちなみにお父様は私に専属メイドをつけるときに高い給金を払うと言っていたが、ローレッタに給金は全く支払われていないらしい。
「お嬢様、私に何でもお任せください! お嬢様の望みは何でも叶えてみせます!」
ローレッタは気を取り直したように胸を張って言う。私は特に期待はせず、「ああ、そう」とだけ言っておいた。
期待はしていなかったというのに、ローレッタはそれからもどんどん私の望みを叶えてくれた。
顔合わせの時にアデルバート様が話していた本が読んでみたいと言えばどこからか探してきて手に入れてくれたし、屋敷で見かけた姉のリディアが可愛らしい髪型にしてもらっているのを見てうらやましがったら、やり方を覚えてきて似たように結ってくれた。
まぁ、このときはローレッタが不器用過ぎてうまく結えないから、結局やり方を教わって自分で結ったのだけれど。
けれど、ローレッタはいつも私の願いを叶えようと努力してくれた。できるはずがないと思ったことでもなんだって達成してみせた。
お金が必要になると、置物を売ったときみたいに詐欺まがいのことをして、すばやく必要なだけ集めてきてしまう。
「……あなた、すごいのね」
「えっ、お嬢様、私すごいですか? 褒めてくれるんですか?」
「ええ、すごいメイドだわ」
そう言ったら、ローレッタは目を輝かせて喜んだ。ローレッタは私の誉め言葉を何よりも喜ぶ。
「頭の足りないローレッタ」。
クロフォード家の使用人たちは、一体何を言っているのかしら。六歳でここまで主人の命令を忠実にこなせるメイドがほかにいるだろうか。
箒を持ったまま嬉しそうにくるくる回っているローレッタを見ながら、私は自分がとんでもないメイドを手に入れてしまったことを悟った。
25
お気に入りに追加
2,862
あなたにおすすめの小説
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。
罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です
結城芙由奈
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】
私には婚約中の王子がいた。
ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。
そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。
次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。
目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。
名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。
※他サイトでも投稿中
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる