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第二部
7.王子様の婚約者 フィオナ視点
しおりを挟むアデルバート様はその後も私をよく気にかけてくれた。
廊下ですれ違えば声をかけてくれ、体調が悪い時には気づいて保健室まで案内してくれる。
貴族の子たちのつき合いになかなか馴染めず、よく一人でいた私を気遣ってくれたのだと思う。
慣れない環境の中でも、彼が笑みを向けてくれると、ここでも頑張れるような気持ちが湧いてきた。
アデルバート様から声をかけられたときは、大抵みんな目を丸くしてこちらを見る。本人がいるときは騒ぎ立てたりしないが、彼が去ると興味津々の様子で一斉に人が集まってきた。
「フィオナさん、アデルバート殿下とお知り合いなの!?」
「どこで知り合ったの? すごいわ! いくら同じ学園に通っているとはいえ、殿下と話せる機会なんて滅多にいないのよ!」
その興奮した様子は貴族のご令嬢というより、ただのかしましい女の子で、私はちょっと力が抜けた。
「入学式のとき迷っていたらクラスまで案内してくれたんです。それからも私が貴族の生活に慣れていないからか、気にかけてくれているみたいで」
「そう、アデルバート様って噂通りお優しい方なのね! あぁ、私も入学式で道に迷っておけばよかった」
「うらやましいわぁ」
ご令嬢たちはきゃっきゃと楽しそうにしている。私がアデルバート様と知り合いだからといって、気を悪くする様子はない。
彼女たちにとってアデルバート様は、憧れの舞台俳優のような存在なのかもしれない。別に手が届かなくてもよくて、周りできゃあきゃあ騒いでいるのが楽しい、そんな存在。
「ねぇ、フィオナさん。貴族生活に慣れていないって、平民だったってこと? どんな暮らしをしていたの?」
「それ、私も気になるわ」
「ええと、私は城下町のはずれで……母と二人で暮らしていて……」
私の平民時代の話を、みんな目を輝かせて聞いていた。
私がどこか遠く感じていたクラスメイトたちと話せるようになったのは、アデルバート様がきっかけだった。
***
アデルバート様と関わったことで嫉妬されるようなことはなかったが、一人だけ例外がいた。
アデルバート様の婚約者、リディア・クロフォード様だ。彼女は初めて会った時から、私に明らかな敵意を向けていた。
「あなたがフィオナ・ローレンスさんね」
ある日の放課後、取り巻きを引き連れたリディア様が私のクラスまでやって来た。
呼ばれていると聞き、訳もわからず出て行った私を、彼女はじっと見つめる。微笑んでいるのになぜだか不安を感じさせるような、不思議な表情だった。
「ちょっと来てくれないかしら? 私、あなたとお話ししたいことがあるの」
口調は限りなく穏やかだ。けれど、その目は、断ることを許さないとでも言うように、冷たく私を見据えていた。
「フィオナ様はアデルバート様と仲がよろしいのね」
リディア様は校舎の奥の人気のない教室まで私を連れてくると、早々に口を開いた。取り巻きらしき二人は後ろから冷たい目でこちらを見ている。
「仲がいいというか、入学式の日に道案内してもらってから少し話すようになっただけで……」
「そう、アデル様が。あの方は誰にでも優しいものね」
リディア様は私の言葉ににっこりうなずいた。その笑顔がなんだか怖い。
「ねぇ、フィオナ様。アデル様が私の婚約者だっていうことは知っているわよね?」
口元に笑みを浮かべたまま、優しげな声でリディア様は言った。私はこくこくうなずく。
「はい。知っております」
「婚約者がいる男性にそうやって近づくのは、ちょっとどうかと思うの。今後は関係を改めてくれないかしら?」
リディア様は私を真っ直ぐ見つめ、有無を言わせない口調で言う。威圧感にたじろぎそうになるが、私は納得がいかなくて、うなずく気になれなかった。
私とアデルバート様の関りなんて、せいぜい廊下で少し話したり、困りごとはないか尋ねてもらったりするくらいのものだ。
その程度の関係の女生徒なんてアデルバート様の周りにもたくさんいるだろう。
なぜ、婚約者に呼び出されて牽制されなければならないのだろう。
私は少々迷いながらも控えめに反論する。
「リディア様の気分を害してしまったのなら申し訳ありません。けれど、私はリディア様が心配なさるほどアデルバート様と関わっているわけではないんです。なので、関係を改めると言われましても」
「関係を改める気はないと、そうおっしゃるの?」
リディア様の顔から先ほどまで浮かべていた笑顔が消えた。冷たい目で見据えられ、つい怯みそうになる。けれど、なんとか気持ちを述べる。
「改めなければならないような関係ではないと考えています」
「あら、そう。……わかったわ」
リディア様は意外にもあっさり引き下がる。
「リディアさ……」
「今日はとりあえず一言忠告しておきたかっただけなの。私が言ったことを覚えておいてね」
リディア様はそう言うと、私の返事も聞かず、取り巻きを連れてさっさと行ってしまった。誰もいない教室に、私だけが残される。
「なんだったの……?」
その時は、不思議に思いながらも安心していた。すぐに引き下がってくれたと。
しかし、私はこの件以降、リディア様にはっきりと敵認定されてしまったようだった。
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