噂好きのローレッタ

水谷繭

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第二部

3.クロフォード家の昔話

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「今日は数値に異常はありません」

 いつものように部屋にやって来たその女性は、測定器を置くと淡々とした声で言った。七歳の頃から三日おきに必ず受けている検査だ。

「そう。それはよかった」

「これなら当主様も安心なされるでしょう。前回の検査で少々数値の変動が大きかったのを心配なさっていましたから」

「ふふ、心配ねぇ」

 いつもは気をつけているのに、前回の検査前はつい色々試し過ぎてしまって、少々おかしな数値を出してしまった。お父様が心配するのも当然だ。

 気を引き締めないと、と決意を新たにする。


 女性が部屋を出て行くのと入れ替わりに、バタバタ足音を立ててメイドのローレッタが入って来た。

「リディアお嬢様! お食事持って来ました!」

 ローレッタはガチャンとテーブルにトレーを置く。もう少し静かに置けないのか。

「ちょっと。トレーを持って走るからスープがこぼれちゃってるじゃない」

「あ、本当だ。すみません」

「まったく、しょうがないわね。どうせ何か新しい噂話を仕入れてきたんでしょう?」

「そうなんです。お嬢様に早く聞いて欲しくて。実は隣国の王子がですね……」

 ローレッタは目を輝かせて語り始める。

 私は彼女の持ってきた食事を食べながら話を聞いた。ローレッタの噂好きには呆れていると言うのに、いざ彼女が話し出すと聞き入ってしまう。

 ローレッタが話し終える頃には、私も食事を食べ終わっていた。ナフキンで口を拭いながら言う。

「ねぇ、ローレッタ。いつも噂話を聞かせてくれるお礼に、今日は私がお話を聞かせてあげるわ」

「お嬢様がですか? わぁ、楽しみです」

「私はあなたのように最近の貴族の噂話なんて知らないから、クロフォード家の昔話をしてあげる」

 私がそう言うと、ローレッタは目を輝かせてうなずいた。


***


 クロフォード公爵家が代々魔術を操る家柄で、王家に貢献してきたことは知ってるわよね。

 いくつかある国から認められた魔導士の家系の中でも、最高峰の家柄なの。

 この国は魔法に溢れた国だし、代々有力な魔導士を輩出してきた家はたくさんあるけれど、クロフォード家ほど功績を認められた家はないわ。

 どうしてそんな地位を獲得できたかわかる?

 クロフォード家ではね、うんと昔、『生贄』を使っていたそうなの。

 そう、生贄。神様に人や動物を捧げるあれよ。

 クロフォード家の場合は、神様じゃなくて悪魔に生贄を捧げていたそうだけどね。


 ほら、地下室の奥に子供の背丈くらいありそうな、おどろおどろしい壺があるでしょう? あれは「悪魔の壺」っていう魔道具らしいの。

 あの壺の中に手を入れて魔法を放つと、中に魔力が溜め込まれるんですって。その魔力は悪魔の力によってより強力になり、壺の持ち主に強大な力を与えてくれるのよ。

 それでね、より強力な魔力を得るためには、魔力を持った人間の死体を入れるのが一番いいそうなの。

 あの壺、中をのぞきこんでも暗いばかりで何も見えないけれど、中にはたくさんの死体が入ってるんですって。

 そんなものが家に残っているなんて、ちょっと不気味よね。


 魔力を効率的に集めるために、昔のクロフォード家では、どこかからたくさん人間を集めてきて、その人たちに外界から魔力を吸収する特別な入れ墨を彫っていたんですって。

 入れ墨を彫った人間を地下に閉じ込めて必要になれば壺に魔力を送らせ、衰弱してきたら殺して壺に死体を入れて、最後の最後まで魔力を搾り取っていたそうなの。おそろしいわよね。


 もちろん、うんと昔の話よ。

 今では生贄なんて非人道的なこと、法律で禁止されているから、もしやったとしたら罰せられちゃうわ。

 クロフォード家の栄華もそこでおしまいね。

 だから、お父様がそんな浅はかなことをするわけはないわ。そんなことをしなくても、昔溜めた魔力が我が家にはたくさん残っているし。

 生贄のおかげで得た魔力なんて不気味だけれど、そのおかげでお父様もお兄様も大量の魔力で防御力も攻撃力も上げて討伐に参加できるし、特別な薬品の開発をして利益も出せるし、魔法の力で輝くような美貌も保てるしで、いいことづくめなんだから、感謝しないとね。

 ね、ローレッタ?


***


 私が話し終えて、ちょっと得意げな顔でローレッタを見ると、彼女は珍しく表情のない顔でこちらを見ていた。そして沈黙の後、口を開く。

「お嬢様」

「何?」

「全部知ってます。そんな嘘だらけの話よりも、もっとおもしろい話をしてください」

「失礼ね! 昔話だって最初に言ったじゃない」

 私は真顔で失礼なことを言うローレッタに文句を言う。何が嘘だらけだ。昔話なんてそんなものだろう。

 そう言ってもまだ不満そうにしている彼女を下がらせると、ベッドの上でふて寝した。

 せっかく昔話を聞かせてあげたというのに、失礼なメイドだ。
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