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第一部
4.矜持
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「リディアお嬢様、本当によかったんですか? 婚約解消してもいいなんて言っちゃって」
抜け道をくぐって公爵家の屋敷まで帰り、部屋まで辿り着くと、私のメイドは口を開いた。
「いいのよ。このまま婚約を続けるのはよくないわ」
「けれど、旦那様たちが知ったらなんて言うでしょう。すごく怒られるんじゃないですか?」
「激怒するでしょうね……。そんなのあなたもわかってるでしょう? でも、とりあえず一週間は大丈夫よ。アデル様に正式に婚約解消をするまでは今まで通りにしてって頼んでおいたし」
にっこり笑って告げると、メイドは「ただの時間稼ぎじゃないですかぁ」と困り顔をした。心配されなくても、私にはちゃんと考えがある。
「それより、なにかおもしろい話を聞かせてよ」
話題を変えようとメイドに向かって言う。
「突然ですね」
「なによ、嫌なの? いつも聞かれなくてもぺらぺら噂話を聞かせてくるじゃない。そうね、我がクロフォード家の評判について知りたいわ」
「いいえ、お任せくださいっ」
お題を出してあげると、メイドは得意げに話し始めた。
「クロフォード家は今日も理想的な一家としてうらやましがられています。
お嬢様の兄君ブラッド様は先日王家から最年少で魔法騎士の称号を賜ったとか。
妹君のシェリル様は相変わらず美しくて、社交界でも評判です。先日も大勢の求婚者が家に押しかけて来ました」
「知ってることばかりよ。ほかにもっといい話はないの?」
メイドがもう何度も聞いた話を聞かせてくるので、私はもっとおもしろい話はないかと催促する。
「では公爵様が街に出没した魔獣のところへ自ら出向いて、ほとんど一人で制圧してしまった話とか。王家から何度目かわからない勲章が出たらしいです。
あと、奥様が新しい肌に塗る魔法薬を開発なさって、すごい人気になっているとか……。奥様四十代後半に見えないほどお美しいですからね」
メイドはぺらぺらと語るが、そちらもすでに聞いたことのある話ばかりだった。新しい噂話は仕入れていないのだと諦めることにする。
「それにしても、本当にうちは理想的な一家よね。リディア・クロフォードが悪女だと評判になっていること以外は」
「なんでそんな噂が立ってしまうんでしょうね。お嬢様はとても頑張ってらっしゃるのに」
「なんでって、わかってるでしょ?」
ため息交じりに言うと、メイドは肩をすくめた。私がいくら頑張ったところで、広がり続ける悪評は到底覆せないのだ。
「それでも、私はリディア・クロフォード。クロフォード家を担う者なのよ」
中指につけた銀色の指輪を眺めながら、自分自身に言い聞かせるように言う。
この指輪は、クロフォード家を支える者の証。
子供の頃から、この指輪を見ては私はクロフォード家を担う者なのだと、自分を励ましてきた。
ふいに、扉を叩く音がする。
「術師様が来たようですね」
「ええ、今日も頑張らないとね」
私とメイドは顔を見合わせて笑う。三日に一度、クロフォード家専属の術師は私の部屋を訪れる。私の魔力量が正常か測るためだ。
私は今日もクロフォード家を支える者として生きている。
抜け道をくぐって公爵家の屋敷まで帰り、部屋まで辿り着くと、私のメイドは口を開いた。
「いいのよ。このまま婚約を続けるのはよくないわ」
「けれど、旦那様たちが知ったらなんて言うでしょう。すごく怒られるんじゃないですか?」
「激怒するでしょうね……。そんなのあなたもわかってるでしょう? でも、とりあえず一週間は大丈夫よ。アデル様に正式に婚約解消をするまでは今まで通りにしてって頼んでおいたし」
にっこり笑って告げると、メイドは「ただの時間稼ぎじゃないですかぁ」と困り顔をした。心配されなくても、私にはちゃんと考えがある。
「それより、なにかおもしろい話を聞かせてよ」
話題を変えようとメイドに向かって言う。
「突然ですね」
「なによ、嫌なの? いつも聞かれなくてもぺらぺら噂話を聞かせてくるじゃない。そうね、我がクロフォード家の評判について知りたいわ」
「いいえ、お任せくださいっ」
お題を出してあげると、メイドは得意げに話し始めた。
「クロフォード家は今日も理想的な一家としてうらやましがられています。
お嬢様の兄君ブラッド様は先日王家から最年少で魔法騎士の称号を賜ったとか。
妹君のシェリル様は相変わらず美しくて、社交界でも評判です。先日も大勢の求婚者が家に押しかけて来ました」
「知ってることばかりよ。ほかにもっといい話はないの?」
メイドがもう何度も聞いた話を聞かせてくるので、私はもっとおもしろい話はないかと催促する。
「では公爵様が街に出没した魔獣のところへ自ら出向いて、ほとんど一人で制圧してしまった話とか。王家から何度目かわからない勲章が出たらしいです。
あと、奥様が新しい肌に塗る魔法薬を開発なさって、すごい人気になっているとか……。奥様四十代後半に見えないほどお美しいですからね」
メイドはぺらぺらと語るが、そちらもすでに聞いたことのある話ばかりだった。新しい噂話は仕入れていないのだと諦めることにする。
「それにしても、本当にうちは理想的な一家よね。リディア・クロフォードが悪女だと評判になっていること以外は」
「なんでそんな噂が立ってしまうんでしょうね。お嬢様はとても頑張ってらっしゃるのに」
「なんでって、わかってるでしょ?」
ため息交じりに言うと、メイドは肩をすくめた。私がいくら頑張ったところで、広がり続ける悪評は到底覆せないのだ。
「それでも、私はリディア・クロフォード。クロフォード家を担う者なのよ」
中指につけた銀色の指輪を眺めながら、自分自身に言い聞かせるように言う。
この指輪は、クロフォード家を支える者の証。
子供の頃から、この指輪を見ては私はクロフォード家を担う者なのだと、自分を励ましてきた。
ふいに、扉を叩く音がする。
「術師様が来たようですね」
「ええ、今日も頑張らないとね」
私とメイドは顔を見合わせて笑う。三日に一度、クロフォード家専属の術師は私の部屋を訪れる。私の魔力量が正常か測るためだ。
私は今日もクロフォード家を支える者として生きている。
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