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11.冤罪事件再び

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***

 こうして無事王宮から帰ってこられた私たちだけれど、大変だったのはその後だった。

「エヴェリーナ、調子はどうだ? たまには親子で茶でも飲みながら話さないか。いい茶葉が手に入ったんだ」

「は、はぁ……。今日はサイラスとお茶をする約束ですので、遠慮しておきますわ。お父様」

「そうか、それは残念だ。しかし、使用人との交流を深めるのも大切なことだな。その調子でがんばれよ」

「え、ええ……」

 王宮に呼びだされた翌日から、お父様の態度がすっかり変わっていた。

 なんでも王宮の騒動でのミリウスの発言がきっかけで、人々の間では私のことが大変好意的に受け入れられているらしいのだ。

 彼らの中で私は、「冤罪をかけられても腐らずに愛を貫いた令嬢」だということになっているらしい。

 それまでも主にご令嬢たちを中心に広まっていた私とサイラスを応援する声は、あの騒動がきっかけでますます加速した。今ではどこへ行くにも、いかにも見守っていますみたいな視線を送られる。


 それともう一つ。お父様の態度が変わったのは、王子のミリウスが頻繁に我が家へ訪れるようになったことも大きいだろう。

 ミリウスの態度はこれまでと正反対になり、しょっちゅうアメル邸へやって来ては手紙やプレゼントを置いていくようになった。

 友好的になったのは嬉しいけれど、なんだか戸惑いの方が大きい。

 サイラスはミリウスが来るときは必ず私の後ろに控えて離れようとしなかった。もしかすると、過去の態度から彼がまた私に危害を加えないかと心配しているのかもしれない。

 今のミリウスは私のことをそんなに嫌ってないだろうし心配しなくても大丈夫だと言ってみたら、サイラスは何か言いたげに私を見た後、「余計に二人にできません」ときっぱり告げてきた。

 なぜだか尋ねても、答えは教えてくれなかった。


 そうそう、ジャレッド王子とカミリアのほうは、あの後国王様から厳しい叱責を受けたそうだ。

 あの呼び出しは、国王様が国境付近で起きた衝突を解決するために王都を留守にしていた間を狙い、ジャレッド王子が独断で取り決めたものだったらしい。

 騒動を知った国王様は激怒して、王都に戻ってくるなりジャレッド王子とカミリアを呼び出した。そして暗殺未遂の件を再調査し、ついでに過去私がカミリアに危害を加えたと糾弾された件についても調べてくれた。

 私が何もしていないことがはっきりすると、国王様はジャレッド王子から王位継承権を剥奪し、辺境に飛ばすことを決めた。もちろんカミリアも一緒にだ。

 王子もカミリアも随分抵抗していたみたいだけれど、国王様は聞く耳を持たなかったそうだ。

 暴れるジャレッド王子とカミリアの姿を想像したら、ちょっと笑えた。

 ちなみに、この件で私は王宮に呼び出され、国王様ご本人から直接謝罪されてしまった。


 そしてカミリアが襲われた事件だけれど、予想通り首謀者はルディ様だった。実行犯は彼の命令で暗殺を企て、私を犯人に仕立て上げるために名前を出したのだと言う。

 ルディ様がどうしてそこまでして私を陥れたかったのか不思議だけれど、彼はお兄様の友人であると同時にライバルでもあったので、競争心が間違った方向に暴走したのかもしれない。

 取り調べでは犯行の理由を、「クリスの妹であるエヴェリーナ嬢を罪人にして、アメル家の権威を落としたかった」なんて答えているらしいから。

 ルディ様は無事に捕まったので、今後手出しをしてくる心配はないと思う。

 一安心だけれど、とばっちりもいいところだ。


「お嬢様、ご友人からお手紙が届いていましたよ」

「まぁ、ありがとう。ちょうどよかった。あなたに話したいことがあったの」

 騒がしい日常の中でやっと時間を見つけ、部屋で一息ついていると、サイラスが手紙を持って部屋にやって来た。私は笑顔で彼に駆け寄る。サイラスは目を細めて首を傾げた。

「なんでしょうか? お嬢様」

「あのね、結婚の件だけど、なんとかお父様に認めさせられそうなの」

 そう報告したら、微笑んでいたサイラスは途端に慌て顔になる。

「お嬢様、そんなことをしてくださらなくていいと言ったではありませんか……!」

「でも、今はお父様も前向きに検討してくれてるのよ? 最初は結構反対されたけど、認めてくれないなら家を出て平民になるって言ったら、大分悩んでた。最近はお前は跡取りでもないのだし、通常とは違う結婚をしてもいいかもしれないなんて言いだしてるの」

「お嬢様、いけません。そんなことを言って旦那様を困らせては」

 私はその後も何度も私は大丈夫だ、私もサイラスと結婚したいと言ってみたが、サイラスは戸惑い顔を見せるばかりでちっとも喜んでくれなかった。

 その顔を見ていたらなんだか寂しくなってくる。


「迷惑だったかしら」

「……え?」

「私、突っ走り過ぎちゃったかしら。サイラスも一緒に喜んでくれると思ったんだけど……」

 サイラスの戸惑い顔を見ていたら、自分が見当違いのことをしているのではないかと不安になってきた。

 サイラスは私に好きだと言ってくれたけれど、公爵令嬢と結婚する面倒を乗り越えてまで一緒になりたいとは思ってないのかもしれない。

 だとしたら、一人で浮かれていた私は馬鹿みたいだ。

 落ち込みそうになったところで、慌てて頭を振る。

 別にそれでも構わないじゃないか。

 今回の人生は私がどうしたいとかではなくて、サイラスのために使うと決めたのだ。

 サイラスが幸せになってくれるなら、どんな未来でも構わない。

 悲しい気持ちを振り払うようになんとか笑顔を作る。

 すると、突然腕を引かれて抱き寄せられた。


「サイラス……?」

「すみません。お嬢様にそんな顔をさせるつもりはなかったんです」

 私をぎゅっと抱きしめたサイラスは、苦しげな声で言う。

「ただ、私の身勝手な願いでお嬢様の未来を狭めてしまうことが怖くて」

「そんなこと……」

「そう思っても、お嬢様に新しい縁談が来るたびに苦しくなりました。お嬢様を誰にも渡したくないと、身の程知らずにも思ってしまったんです」

 思わずえ? と顔を上げる。サイラスは断ろうとしているのでないのか。密着した彼の胸からは、早くなった心臓の音が聞こえてくる。

 サイラスは体を少し離して私の肩をつかむと、覚悟を決めたように言った。

「お嬢様、私と結婚してくれますか?」

 前に聞いたのと同じ言葉。けれど今度は、そこに試すような響きはなかった。サイラスはただ真剣に、真っ直ぐ私を見ている。

 私は迷わずうなずいた。

「ええ、もちろん! 喜んで!」

 そう答えたら、真剣な顔でこちらを見ていたサイラスの顔がふっと緩んだ。サイラスは柔らかな眼差しで私を見る。

「お嬢様……」

「サイラス、私が絶対に幸せにしてあげるからね!」

「ありがとうございま……、あの、普通逆ではありませんか……? 私がお嬢様を幸せにしたいです」

「そう? それなら私たちお互いを幸せにしましょう! よろしく頼むわね」

 そう言ったらサイラスがおかしそうに笑った。

「お任せください、お嬢様」

 なんだか胸がうずいて、自然に顔がにやけてしまう。ジャレッド王子との婚約が決まったときよりもずっと嬉しいのはどうしてかしら。

 その時初めて、私が本当に欲しかったのはこんな未来だったのだと気がついた。

 私が欲しかったものは、本当はすぐ隣にあったのだ。


終わり


─────

本編最後まで読んでいただきありがとうございました!
次回ジャレッド王子とカミリアのその後の話をUPして終わります🌹
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