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10.広まる噂
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みんなが噂しているという話は本当だったようで、それから意識してみると、どこへ行っても私がサイラスといると微笑ましい視線を向けられていることに気づいた。
つい最近までは、私のことを白い目で見てくる人も多かったというのに。
悪意を向けられるよりいいはずだけれど、なんだか落ち着かない。特にご令嬢たちは私に興味津々のようで、しょっちゅう親しげに声をかけてくる。
今日もとある侯爵家主催のお茶会に参加したら、ご令嬢たちに一斉に囲まれてしまった。
「ごきげんよう、エヴェリーナ様!」
「エヴェリーナ様、今日はサイラス様と一緒ではないんですの?」
「今日は、サイラスはお屋敷で仕事があるから」
ご令嬢たちの勢いに押されながらそう告げると、彼女たちはいっせいに残念そうな顔になる。
「まぁ、残念ですわぁ。一緒にいるところを見たかったのに」
「ねぇ、エヴェリーナ様。サイラス様とは幼い頃から一緒だったんでしょう? いつから好きになったんですの?」
「いや、サイラスはとてもいい人だけど、好きなわけじゃ……」
「まぁ、素直になっていいんですのよ。もう王子の婚約者でもないんですし!」
「いや、その……」
やんわり否定しようとするのに、ご令嬢たちは聞く耳を持たない。
「けれど、今思い返すとジャレッド王子のエヴェリーナ様がカミリア様をいじめたから婚約破棄って主張、あり得ませんわよねぇ。
嫉妬でカミリア様をいじめたなんて言っていましたけれど、サイラス様のことが好きなエヴェリーナ様が王子のことで嫉妬するはずないじゃないですか」
「本当よね。私は最初から怪しいと思っていたのよ。カミリア様ってほら……世間では清廉な聖女って言うことになっているけれど……、エヴェリーナ様が婚約者だった頃からジャレッド王子にべたべたして、変だったわ」
「きっとエヴェリーナ様を排除したかったのよ。この前もリーシュの祭典で無理矢理エヴェリーナ様を舞台に引っぱりだそうとしたなんていうし! 大変でしたわね、エヴェリーナ様」
令嬢たちはすっかり私に同情しているようだった。思わず呆然としてしまう。
一回目の人生では、どんなに私はカミリアをいじめていないと主張しても信じてもらえなかったのに。王子とカミリアの嘘を放置していた今回の方が無罪を信じてもらえるなんて、なんて皮肉な結果だろう。
「エヴェリーナ様、私たちは応援していますからね! サイラス様も絶対にエヴェリーナ様のことが好きなはずです!」
「がんばってくださいまし、エヴェリーナ様っ」
ご令嬢たちはそう言うと、キャッキャと楽しげに話しながら嵐のように去って行った。
私はただぽかんとして彼女たちの背中を見送ることしかできなかった。
***
人々からの視線はすっかり温かくというか、生ぬるくなったけれど、私は少々焦っていた。
私がサイラスを囲い込んでいるなんて噂が流れていると知ったときはつい笑ってしまったが、ここまで噂が広まっているのではちょっとまずいのではないかと思い始めたのだ。
みんな私とサイラスが身分違いの恋をしていて、王子に婚約破棄されたおかげでやっと自由に振る舞えるようになったと思っている。
私はもう良い縁談なんて望んでいないからどうでもいいが、問題はサイラスだ。
公爵令嬢とこんな噂を流されては、サイラスが結婚相手を探すときに障害になってしまうのではないか。
せっかくサイラスは美形で性格もいいのに、公爵令嬢に好かれているからと素敵なご令嬢に身を引かれては問題だ。
私より一つ年上のサイラスは現在十九歳。結婚を急ぐ年ではないけれど、このまま噂が広まってしまえば影響が出かねない。
しかし、私が噂を否定したところでみんな照れているとしか思わず信じてくれない。一体どうしたら……。
「……そうだ! サイラスに婚約者を探してあげればいいのよ!」
名案だと思った。それが一番いいはずだ。
サイラスに以前恋人がいるのか尋ねてみたことがある。もしも恋人がいるなら、あんまり色んな場所に連れ回すのは悪いと思ったからだ。
そのときサイラスは、なぜだか顔を赤らめて「そんな相手はいません」と妙に力を込めて言っていた。
けれど、サイラスに別に相手がいれば、サイラスが私を好きだという噂はひっくり返せる。
私は婚約者に加え執事にも振られたと噂を流されるかもしれないが、それは別に構わない。今回の人生はサイラスを幸せにするためだけに使うと決めたのだから。
決めたら早速行動に移さなければ。サイラスはどんな女の子が好きだろう。
綺麗な子がいいのかしら。それとも可愛らしいタイプの子?
サイラスの相手に連れて来るなら、性格も良くなくてはならない。
サイラスの隣に素敵な女性がいる様子を思い浮かべてみた。
サイラスはその子と幸せそうに笑いあって、紹介してあげた私に笑顔でお礼を言うのだ。これは結構いい恩返しになる気がする。
「……でもサイラスに恋人や婚約者ができたら、もうこれまでのように連れ回せないのよね」
思い浮かべているのは理想的な光景のはずなのに、なぜだか私の心に小さく痛みが走った。巻き戻ってからはずっとサイラスのそばにいたから、寂しく感じてしまうのかもしれない。
けれど、そんなことを考えていてはだめだと思い直す。
今回の人生はサイラスのために使うのだ。私が寂しいからなんていう理由でサイラスを縛りつけるわけにはいかない。
胸の中に広がる憂鬱を無理やり振り払う。私はサイラスを幸せにしてあげるんだから。
早速、サイラスにどんな女の子が好きなのか聞いてみることにした。
つい最近までは、私のことを白い目で見てくる人も多かったというのに。
悪意を向けられるよりいいはずだけれど、なんだか落ち着かない。特にご令嬢たちは私に興味津々のようで、しょっちゅう親しげに声をかけてくる。
今日もとある侯爵家主催のお茶会に参加したら、ご令嬢たちに一斉に囲まれてしまった。
「ごきげんよう、エヴェリーナ様!」
「エヴェリーナ様、今日はサイラス様と一緒ではないんですの?」
「今日は、サイラスはお屋敷で仕事があるから」
ご令嬢たちの勢いに押されながらそう告げると、彼女たちはいっせいに残念そうな顔になる。
「まぁ、残念ですわぁ。一緒にいるところを見たかったのに」
「ねぇ、エヴェリーナ様。サイラス様とは幼い頃から一緒だったんでしょう? いつから好きになったんですの?」
「いや、サイラスはとてもいい人だけど、好きなわけじゃ……」
「まぁ、素直になっていいんですのよ。もう王子の婚約者でもないんですし!」
「いや、その……」
やんわり否定しようとするのに、ご令嬢たちは聞く耳を持たない。
「けれど、今思い返すとジャレッド王子のエヴェリーナ様がカミリア様をいじめたから婚約破棄って主張、あり得ませんわよねぇ。
嫉妬でカミリア様をいじめたなんて言っていましたけれど、サイラス様のことが好きなエヴェリーナ様が王子のことで嫉妬するはずないじゃないですか」
「本当よね。私は最初から怪しいと思っていたのよ。カミリア様ってほら……世間では清廉な聖女って言うことになっているけれど……、エヴェリーナ様が婚約者だった頃からジャレッド王子にべたべたして、変だったわ」
「きっとエヴェリーナ様を排除したかったのよ。この前もリーシュの祭典で無理矢理エヴェリーナ様を舞台に引っぱりだそうとしたなんていうし! 大変でしたわね、エヴェリーナ様」
令嬢たちはすっかり私に同情しているようだった。思わず呆然としてしまう。
一回目の人生では、どんなに私はカミリアをいじめていないと主張しても信じてもらえなかったのに。王子とカミリアの嘘を放置していた今回の方が無罪を信じてもらえるなんて、なんて皮肉な結果だろう。
「エヴェリーナ様、私たちは応援していますからね! サイラス様も絶対にエヴェリーナ様のことが好きなはずです!」
「がんばってくださいまし、エヴェリーナ様っ」
ご令嬢たちはそう言うと、キャッキャと楽しげに話しながら嵐のように去って行った。
私はただぽかんとして彼女たちの背中を見送ることしかできなかった。
***
人々からの視線はすっかり温かくというか、生ぬるくなったけれど、私は少々焦っていた。
私がサイラスを囲い込んでいるなんて噂が流れていると知ったときはつい笑ってしまったが、ここまで噂が広まっているのではちょっとまずいのではないかと思い始めたのだ。
みんな私とサイラスが身分違いの恋をしていて、王子に婚約破棄されたおかげでやっと自由に振る舞えるようになったと思っている。
私はもう良い縁談なんて望んでいないからどうでもいいが、問題はサイラスだ。
公爵令嬢とこんな噂を流されては、サイラスが結婚相手を探すときに障害になってしまうのではないか。
せっかくサイラスは美形で性格もいいのに、公爵令嬢に好かれているからと素敵なご令嬢に身を引かれては問題だ。
私より一つ年上のサイラスは現在十九歳。結婚を急ぐ年ではないけれど、このまま噂が広まってしまえば影響が出かねない。
しかし、私が噂を否定したところでみんな照れているとしか思わず信じてくれない。一体どうしたら……。
「……そうだ! サイラスに婚約者を探してあげればいいのよ!」
名案だと思った。それが一番いいはずだ。
サイラスに以前恋人がいるのか尋ねてみたことがある。もしも恋人がいるなら、あんまり色んな場所に連れ回すのは悪いと思ったからだ。
そのときサイラスは、なぜだか顔を赤らめて「そんな相手はいません」と妙に力を込めて言っていた。
けれど、サイラスに別に相手がいれば、サイラスが私を好きだという噂はひっくり返せる。
私は婚約者に加え執事にも振られたと噂を流されるかもしれないが、それは別に構わない。今回の人生はサイラスを幸せにするためだけに使うと決めたのだから。
決めたら早速行動に移さなければ。サイラスはどんな女の子が好きだろう。
綺麗な子がいいのかしら。それとも可愛らしいタイプの子?
サイラスの相手に連れて来るなら、性格も良くなくてはならない。
サイラスの隣に素敵な女性がいる様子を思い浮かべてみた。
サイラスはその子と幸せそうに笑いあって、紹介してあげた私に笑顔でお礼を言うのだ。これは結構いい恩返しになる気がする。
「……でもサイラスに恋人や婚約者ができたら、もうこれまでのように連れ回せないのよね」
思い浮かべているのは理想的な光景のはずなのに、なぜだか私の心に小さく痛みが走った。巻き戻ってからはずっとサイラスのそばにいたから、寂しく感じてしまうのかもしれない。
けれど、そんなことを考えていてはだめだと思い直す。
今回の人生はサイラスのために使うのだ。私が寂しいからなんていう理由でサイラスを縛りつけるわけにはいかない。
胸の中に広がる憂鬱を無理やり振り払う。私はサイラスを幸せにしてあげるんだから。
早速、サイラスにどんな女の子が好きなのか聞いてみることにした。
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