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8.リーシュの祭典
⑤
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「……わかりました。カミリア様が祈りの言葉を捧げるときまで、祭典にいますわ」
「お嬢様……!」
私が答えると、サイラスが慌てた様子で声を上げる。
「お嬢様、挨拶だけして帰る予定だったではないですか。言うことを聞く必要はありません」
サイラスは私をカミリアから引き離すと、周りには聞こえないような小声で言う。そしてカミリアに向き直った。
「カミリア様、申し訳ありません。お嬢様は今日は少々体調がよくないのです。ですから夜まで残るのは難しいかと思われます」
「まぁ、エヴェリーナ様、大丈夫ですか? それなら私が治癒魔法をおかけしましょうか。今日は神殿関係者もたくさん集まっていますから、治療者には困りませんわ」
カミリアはにこにこと柔らかい笑みを浮かべて言う。彼女の返答にサイラスは言葉に詰まり、悔しげな顔をした。
「エヴェリーナ様、いてくださいますわよね?」
「……ええ、います。それと治癒魔法は必要ありませんわ。サイラスが大げさなだけで、それほど体調は悪くありませんから」
そう答えると、カミリアは満足そうに笑った。ジャレッド王子も後ろで意地悪な笑みを浮かべてこちらを見ている。
私は二人に頭を下げると、サイラスの腕を引いてその場から離れた。
***
「お嬢様……。嫌な思いをさせないと言ったのに、今回も何もできなくてすみません……」
城門から離れて大通りに出ると、サイラスは沈みきった調子で言った。
「そんなことないわ。私、別に断ることでもないと思ってカミリアの言葉にうなずいただけよ」
「けれど最後までいろだなんて、あの二人は何か企んでいるのかもしれません。私は何の機転も利かず……」
私が否定しても、サイラスは落ち込んだままだった。
そんなに沈むことはないのに。体調が悪いと言っても治癒してあげるなんて返されるのでは、どうにもならないではないか。
サイラスはいつも何もできなかったと謝るけれど、そう言われるたびに私はもどかしかった。
何もできなかったなんて、そんなはずがない。サイラスが味方してくれるだけで、私はいつもとても救われているのだ。
それにサイラスは覚えてないだろうけれど、一度目の人生で私は命まで救われた。
いいえ、命だけじゃない。
あの日、サイラスが自分の命を捨ててまで私を助けてくれたのだと知ったとき、すっかり凍りついていた心が解けだした。
解けた心で久しぶりに感じたのは、今まで感じたことのないような痛みだったけれど。
でも確かにあの日の私は、胸を切り裂かれるような痛みと同時に、長らくなくしていた感情を取り戻したのだ。
前回の人生で私は、今回の人生全部を使ったって返しきれないほどのものをもらったのに。
私は悲しそうな顔をしているサイラスの手を取った。
「私、祭典を自由に回れるのって久しぶりなの」
「? はい、そうですね。お嬢様は毎年忙しくされていましたから……」
「そうなの! 今回は王太子の婚約者としての仕事もないから、自由に動いていいのよ! せっかくだからめいいっぱい楽しみたいわ」
私がそう言うと、サイラスは目をぱちくりする。私は続けて言った。
「つき合ってくれる? 行きたい場所がたくさんあるの」
私がそう言うと、サイラスは私の気持ちを探るようにじっとこちらを見つめた。それから少し迷うような顔をした後で、静かにうなずく。
「もちろんです。お嬢様の行きたい場所でしたら、いくらでもつき合います」
「決まりね! 早速行きましょう!」
「お嬢様……!」
私が答えると、サイラスが慌てた様子で声を上げる。
「お嬢様、挨拶だけして帰る予定だったではないですか。言うことを聞く必要はありません」
サイラスは私をカミリアから引き離すと、周りには聞こえないような小声で言う。そしてカミリアに向き直った。
「カミリア様、申し訳ありません。お嬢様は今日は少々体調がよくないのです。ですから夜まで残るのは難しいかと思われます」
「まぁ、エヴェリーナ様、大丈夫ですか? それなら私が治癒魔法をおかけしましょうか。今日は神殿関係者もたくさん集まっていますから、治療者には困りませんわ」
カミリアはにこにこと柔らかい笑みを浮かべて言う。彼女の返答にサイラスは言葉に詰まり、悔しげな顔をした。
「エヴェリーナ様、いてくださいますわよね?」
「……ええ、います。それと治癒魔法は必要ありませんわ。サイラスが大げさなだけで、それほど体調は悪くありませんから」
そう答えると、カミリアは満足そうに笑った。ジャレッド王子も後ろで意地悪な笑みを浮かべてこちらを見ている。
私は二人に頭を下げると、サイラスの腕を引いてその場から離れた。
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「お嬢様……。嫌な思いをさせないと言ったのに、今回も何もできなくてすみません……」
城門から離れて大通りに出ると、サイラスは沈みきった調子で言った。
「そんなことないわ。私、別に断ることでもないと思ってカミリアの言葉にうなずいただけよ」
「けれど最後までいろだなんて、あの二人は何か企んでいるのかもしれません。私は何の機転も利かず……」
私が否定しても、サイラスは落ち込んだままだった。
そんなに沈むことはないのに。体調が悪いと言っても治癒してあげるなんて返されるのでは、どうにもならないではないか。
サイラスはいつも何もできなかったと謝るけれど、そう言われるたびに私はもどかしかった。
何もできなかったなんて、そんなはずがない。サイラスが味方してくれるだけで、私はいつもとても救われているのだ。
それにサイラスは覚えてないだろうけれど、一度目の人生で私は命まで救われた。
いいえ、命だけじゃない。
あの日、サイラスが自分の命を捨ててまで私を助けてくれたのだと知ったとき、すっかり凍りついていた心が解けだした。
解けた心で久しぶりに感じたのは、今まで感じたことのないような痛みだったけれど。
でも確かにあの日の私は、胸を切り裂かれるような痛みと同時に、長らくなくしていた感情を取り戻したのだ。
前回の人生で私は、今回の人生全部を使ったって返しきれないほどのものをもらったのに。
私は悲しそうな顔をしているサイラスの手を取った。
「私、祭典を自由に回れるのって久しぶりなの」
「? はい、そうですね。お嬢様は毎年忙しくされていましたから……」
「そうなの! 今回は王太子の婚約者としての仕事もないから、自由に動いていいのよ! せっかくだからめいいっぱい楽しみたいわ」
私がそう言うと、サイラスは目をぱちくりする。私は続けて言った。
「つき合ってくれる? 行きたい場所がたくさんあるの」
私がそう言うと、サイラスは私の気持ちを探るようにじっとこちらを見つめた。それから少し迷うような顔をした後で、静かにうなずく。
「もちろんです。お嬢様の行きたい場所でしたら、いくらでもつき合います」
「決まりね! 早速行きましょう!」
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