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閑話②.不幸になればいい カミリア視点
①
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※カミリア視点の閑話です
─────
私がこの世で一番嫌いなものは、貴族のご令嬢だ。
いつも高価なドレスを身にまとって、すまし顔で歩いて、本当に気に入らない。目に入るだけでいまいましかった。
私はリスベリア王国の南西にある田舎町で生まれた。
父と母は寂れた料理屋を営んでいて、私たち家族は店の二階の狭い部屋に両親と兄弟の計八人で押し合いながら暮らしていた。
私は六人兄弟の五番目の子供だった。両親には特に目をかけられた覚えはない。ひどい扱いをされたことはないものの、かといって愛されたような記憶もなかった。
お金もなく、これといった特技もなく、もちろん物語のお姫様のような美貌もない。午前中は町の学校に行き、午後は両親の経営する料理屋を手伝うだけの生活。
平凡でつまらない日々を淡々と送っていた。
それでも、この小さな田舎町で暮らしている分にはそれほど不満はなかった。他の生活を知らないのだから自分の生活に不満を抱きようがない。
しかし、別世界の人間をこの目で見てしまったことで、私の心は乱され始めた。
それは、母親に頼まれて店で使う食材の買い出しに隣街を訪れたときのこと。偶然、馬車から降りてきた数人の貴族のご令嬢の姿を見かけた。
旅行にでも来たのだろうか。そのご令嬢たちは、周囲とは明らかに違うオーラを纏っていた。
よく手入れされた綺麗な髪。一人では着られないような凝ったドレス。傷一つない肌。少女たちを守るように歩く大人の使用人たち。
目の前にいる少女たちは私と同じくこの国で生まれて育ってきたはずなのに、まるで別の生き物みたいに違って見えた。
私は急に自分の着ている粗末なワンピースや、水仕事で荒れた手がみじめに思えてきた。同時に楽しそうに笑う少女たちに対して怒りが湧いた。
みんな私といくつも年の変わらなそうな子なのに、あんなにたくさんのものを持っているなんてずるい。
どうせ毎日可愛いドレスを着て甘いお菓子を食べて、使用人たちにちやほやされながら甘えた生活を送っているのだろう。あの子たちだって私みたいに苦労するべきだ。
私は少女たちが見えなくなるまで、じっとその背中を睨みつけていた。
そんな私に転機が起こる。聖魔法の力に目覚めたのだ。
聖魔法は治癒や浄化を得意とする光魔法の上位互換で、滅多に発現する力ではない。
リスベリア王国は国全体で女神リーシュを信仰しているが、聖魔法はその女神様の加護によって使えるようになるのだと信じられている。
私が聖魔法に目覚めたと知れると、街中が大騒ぎして、王都からわざわざ神官様がやって来た。
私はすぐさま神官様に王都に連れて行かれ、聖女として神殿で働いて欲しいと頼まれた。
聖女の称号が与えられるのは数十年振りだという。聖女は神殿で働くほかのシスターと違い、神殿を象徴する存在としての役割を担っているのだと説明を受けた。
さらに、リーシュ様の加護を受けた大切な聖女である私は、王宮で保護してもらえるらしい。
王宮では真新しいドレスを与えられ、王女様が暮らすような煌びやかな部屋を用意された。
まるで物語の主人公になったような気分だった。
私はもう、みすぼらしい平民少女じゃない。故郷の奴らとは別世界の人間になったのだ。
そして、私はここで初めて王太子であるジャレッド殿下にお目にかかった。
少しウェーブした金色の髪に、透き通るような青い瞳。ジャレッド様は故郷にいた男たちとは別の生き物みたいに輝いて見えた。
その上彼は田舎町で育った私を興味深いと気に入ってくれた。臣下に任せればいいはずなのに王宮や街の案内を自ら行ってくれ、王都に来たばかりで必要なものもあるだろうとたくさんの贈り物をくれる。
ある日、メイドの一人から、「聖女のカミリア様がジャレッド様と結婚したら素敵ですのにね」なんて言われた。
私が王子と結婚する。考えただけでぞくぞくした。
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私がこの世で一番嫌いなものは、貴族のご令嬢だ。
いつも高価なドレスを身にまとって、すまし顔で歩いて、本当に気に入らない。目に入るだけでいまいましかった。
私はリスベリア王国の南西にある田舎町で生まれた。
父と母は寂れた料理屋を営んでいて、私たち家族は店の二階の狭い部屋に両親と兄弟の計八人で押し合いながら暮らしていた。
私は六人兄弟の五番目の子供だった。両親には特に目をかけられた覚えはない。ひどい扱いをされたことはないものの、かといって愛されたような記憶もなかった。
お金もなく、これといった特技もなく、もちろん物語のお姫様のような美貌もない。午前中は町の学校に行き、午後は両親の経営する料理屋を手伝うだけの生活。
平凡でつまらない日々を淡々と送っていた。
それでも、この小さな田舎町で暮らしている分にはそれほど不満はなかった。他の生活を知らないのだから自分の生活に不満を抱きようがない。
しかし、別世界の人間をこの目で見てしまったことで、私の心は乱され始めた。
それは、母親に頼まれて店で使う食材の買い出しに隣街を訪れたときのこと。偶然、馬車から降りてきた数人の貴族のご令嬢の姿を見かけた。
旅行にでも来たのだろうか。そのご令嬢たちは、周囲とは明らかに違うオーラを纏っていた。
よく手入れされた綺麗な髪。一人では着られないような凝ったドレス。傷一つない肌。少女たちを守るように歩く大人の使用人たち。
目の前にいる少女たちは私と同じくこの国で生まれて育ってきたはずなのに、まるで別の生き物みたいに違って見えた。
私は急に自分の着ている粗末なワンピースや、水仕事で荒れた手がみじめに思えてきた。同時に楽しそうに笑う少女たちに対して怒りが湧いた。
みんな私といくつも年の変わらなそうな子なのに、あんなにたくさんのものを持っているなんてずるい。
どうせ毎日可愛いドレスを着て甘いお菓子を食べて、使用人たちにちやほやされながら甘えた生活を送っているのだろう。あの子たちだって私みたいに苦労するべきだ。
私は少女たちが見えなくなるまで、じっとその背中を睨みつけていた。
そんな私に転機が起こる。聖魔法の力に目覚めたのだ。
聖魔法は治癒や浄化を得意とする光魔法の上位互換で、滅多に発現する力ではない。
リスベリア王国は国全体で女神リーシュを信仰しているが、聖魔法はその女神様の加護によって使えるようになるのだと信じられている。
私が聖魔法に目覚めたと知れると、街中が大騒ぎして、王都からわざわざ神官様がやって来た。
私はすぐさま神官様に王都に連れて行かれ、聖女として神殿で働いて欲しいと頼まれた。
聖女の称号が与えられるのは数十年振りだという。聖女は神殿で働くほかのシスターと違い、神殿を象徴する存在としての役割を担っているのだと説明を受けた。
さらに、リーシュ様の加護を受けた大切な聖女である私は、王宮で保護してもらえるらしい。
王宮では真新しいドレスを与えられ、王女様が暮らすような煌びやかな部屋を用意された。
まるで物語の主人公になったような気分だった。
私はもう、みすぼらしい平民少女じゃない。故郷の奴らとは別世界の人間になったのだ。
そして、私はここで初めて王太子であるジャレッド殿下にお目にかかった。
少しウェーブした金色の髪に、透き通るような青い瞳。ジャレッド様は故郷にいた男たちとは別の生き物みたいに輝いて見えた。
その上彼は田舎町で育った私を興味深いと気に入ってくれた。臣下に任せればいいはずなのに王宮や街の案内を自ら行ってくれ、王都に来たばかりで必要なものもあるだろうとたくさんの贈り物をくれる。
ある日、メイドの一人から、「聖女のカミリア様がジャレッド様と結婚したら素敵ですのにね」なんて言われた。
私が王子と結婚する。考えただけでぞくぞくした。
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