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2.恩返し
①
しおりを挟む「お嬢様。これは一体どういうことでしょうか…」
テーブルの上には溢れ返るほどの料理が並んでいる。ローストチキンに仔牛肉のステーキ、オニオンスープ、サラダ、キッシュ、クリームパイ。デザートにはプディングとタルト、それに小さな砂糖菓子をたくさん用意してもらった。
屋敷に帰ってくるなり、思いつくままにシェフに作らせたものだ。
「サイラスは何が好き? そういえばそういうの全然知らなかったから、できるだけたくさん作ってもらったの」
私はテーブルの横でぽかんとしているサイラスを、無理矢理椅子に座らせながら言う。
「いや、お嬢様。ちょっと……」
「好きなだけ食べて。リクエストがあればなんでも言ってちょうだい」
「いえ、お嬢様! こんないいものをいただけません。そもそも勤務中ですから」
私にがっしりと肩を押さえつけられたサイラスは、振り払うわけにもいかないようで困りきった顔をしている。
「勤務中? 大丈夫よ。あなたは今日から仕事をしなくていいわ」
「え? どういうことですか」
「あなたの仕事は別の人を雇ってやらせるから。あなたはもう何もしなくていいの」
「え!? それはクビということですか!?」
にっこり笑って言うと、サイラスは顔を青ざめさせて言った。予想外の反応に私は口を尖らせる。
「違う! あなたはただここにいてくれればいいのよ」
「そういうわけにはいきません。私は執事として雇われているのですから」
「私からお父様に言っておくわ。サイラスには今日から何もやらせないでって」
「お嬢様、本当にどうなさったんですか……!?」
笑顔で提案したのに、サイラスは絶対にだめだと言って譲らない。
しばらく問答したが、まったく折れてくれそうにないので諦めることにした。仕方ない。サイラスが執事の仕事をする傍ら、私が接待してあげるしかないようだ。
けれどせめてシェフに作らせたこの料理だけでも食べて欲しい。
私はなかなか料理に手をつけないサイラスに、スプーンでスープを掬って口に運ぶ。
「サイラス。はい、あーん」
「お、お嬢様、おやめください。こんなことしていただくわけには」
「せっかくシェフが作ってくれたのよ。さぁ、早く食べて」
私がぐいぐいスプーンを口に近づけると、サイラスは顔を赤くしておろおろする。それから観念したように口を開いて、スープを飲み込んだ。
「……とてもおいしいです」
「本当? それはよかった! 夜もサイラスの分を用意してもらうから、今日から使用人用の食堂じゃなくてダイニングルームで一緒に食べましょうね」
「お嬢様、これでもう十分です! これ以上はお許しください……!」
サイラスがあんまり困った顔をするので、ダイニングルームで一緒に食事をするのも諦めることになった。人を幸せにしてあげるというのは案外難しいものだ。
「さぁ、次は新しいあなたのお部屋を用意しましょう!」
サイラスに半ば無理矢理料理を食べさせ終わると、私は元気よく言った。サイラスはまた首を傾げている。
「部屋? お部屋ならすでに使用人寮の一室をいただいていますよ」
「使用人の部屋ではだめよ。あなたにはもっといいお部屋を用意してあげる」
私はそう言ってサイラスの手を引いて走りだした。サイラスが後ろでお嬢様、だめですと慌てているが、気にしない。
なんだかすごくわくわくしていた。私はこれから、サイラスにどんな恩返しをすることもできるのだ。
だってサイラスも私も生きているのだから。
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