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愛欲
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ライーサが辞め、彼女の手下のメイドや侍女、メイド長までもが謙ってくるようになった。
「奥様、何かお困りではないですか?」
「奥様は相変わらずお美しいですわ」
「前の家政婦長は、どうかしていましたね。辞めてくれてよかったです」
口々に何か言っていたが、話半分にあまり聞いていなかった。
少なくとも彼ら3人には辞めてもらうつもりだ。代わりの者が着き次第、すぐに。
それまで働いてくれればいい。紹介状を書くつもりはないから、次の働き口に困るだろうが知ったことではない。
大分、掃除も済んだなと百合は独り言ちる。
ああ、それとイネス…あの下僕の処遇も決まっている。彼ももちろん追い出すが、その前に毒味役として、こきつかってやるつもりだ。
聞くところによると、公爵家はよく狙われるらしい。立派なお役目よね。彼も満足だろう。
◇◇
クルーガーは、変わり始めた妻に興味を抱き始めていた。
生き生きとした顔で使用人に指示を出し、
今はパーティーの準備を進めている。テーマは白い薔薇だなんだと執事と盛り上がっていた。
少し羨ましい。
妻にと望んだのは、後ろで大人しく控えている母とは正反対の女のはずだったのに…。
今は彼女が次に何をするのか、気になって仕方がない自分がいる。
母は美しい人だった。そして心が弱い人でもあった。今なら分かるが、当時は急に気分が上下する母を恐ろしく思ったものだ。
望むことがころころと変わり、意に反することをしでかすと叩かれたので、子供の頃は痣だらけだった。
「立派な公爵に」
それが、彼女の口癖で。
前公爵─父が外につくった女の元から帰ってこなくなると、余計自身への締め付けは酷くなった。
終いには、男をつくって、母はそいつと一緒に馬車から転落死した。醜聞だけ遺してこの世を去っていった。
期待されるのが恐ろしく、女というものをどこか怖く思っていたので大人しく無害な女を求めた。
跡継ぎを産んでくれる…彼女はそれだけの存在のはずだったのに。
自分に何も求めず、楽しそうな彼女から何故か目が離せない…。
◇◇
パーティー当日。
「奥様、緑色のドレスがとてもお似合いです!!」
新しく侍女になったアンナが力一杯誉めてくれる。
それを嬉しく思いながら、百合は微笑む。
「ありがとう。あなたにそう言ってもらえて嬉しいわ」
「公爵様もきっとそうお思いになると思います!」
「…だといいのだけれど」
百合は未だ、クルーガーをよくは分かっていない。一度閨を共にした記憶があるとはいえ、彼は忙しくあまり顔を合わすこともない。
時たま視線を感じるが、何も言ってこないこともあり首を傾げるばかりだ。
ギー
扉が開く音がし、見ると公爵が立っていた。
アンナは気を利かせたのか、退室してしまう。
「……」
見られている。視線に耐えられなくなって、百合が口を開こうとすると、手を差し伸べられた。
苦笑して手を取る。結局何も言ってくれなかったと前を向くと、耳元で声がした。
「…似合っている」
小さな声だったが確かに聞こえた。
見るとクルーガーの耳が赤くなっている。
照れ屋なところもあるのねと、百合は微笑ましくなった。
パーティーは滞りなく進行し、二人寄り添って招待客に挨拶していく。
「あの氷の薔薇が微笑んでいるぞ。嘘だろ?」
「やだ、ほんと!」
クルーガーが妻に向ける笑みに驚く者もいれば、今だけよ…と罵る者もいた。
「彼女がどんなにみっともなかったか、皆様覚えているでしょう?」
「ええ、本当に。分からないくせに知ったかぶって…。笑われてるのに気づきもしない」
「今日は調子がいいようですけれどね」
フフフ
彼女たちが華やかに毒を隠して笑う。
記憶に無くても腹が立つものねと少し離れた場所にいる集団に向かって歩を進める前に、クルーガーが大股に歩いていった。
「エバンディラ伯爵夫人に、ルーデン侯爵夫人、ラリー嬢。それは妻に対する侮辱と受け取っても?」
「あら、冗談ですわ…オホホ。お許しください」
百合も追い付き、口を開く。
「冗談にしては質が悪いわ。私、深く傷つきました」
「…妻もそう言っておりますし、今夜は当家の主催です。お疲れならもう帰られてもよろしいかと」
やりすぎだとクルーガーを見るも彼の表情は変わらない。
蒼褪める婦人達が口々に謝ってきたので、
「忘れないですわ」
と笑顔で答えておいた。
◇◇
その日の寝所にて。
「ユリシーズ」
クルーガーが女主人の名前を呼ぶ。
「百合と言って」
「ユリ」
百合はクルーガーの首に手を回した。
「今日はありがとうございました。あなたのお陰で素敵なパーティーに…」
「今はそんなことはいいから、こっちに集中を」
常より余裕なく見える彼が言うままに、百合は口を閉じた。
「なんだか珍しいお顔ですね...」
しかし、彼が覆い被さってきたので、それ以上は言葉にならなかった。
彼の舌がもう黙れとばかりに百合の口内を動き回る。息継ぎが上手くできないでいる彼女に気づいて、クルーガーが口を離す。
「はぁ…はぁ」
もう少し手加減してと、百合が上目遣いで軽く睨み言った。
「…灯りを…」
「聞こえないな」
クルーガーが意地悪そうに笑う。
その日、百合は明るいまま散々貪られたのだった。
(ユリシーズには悪いけど、もう彼から離れられない)
愛欲にまみれた日々はまだ始まったばかり。
「奥様、何かお困りではないですか?」
「奥様は相変わらずお美しいですわ」
「前の家政婦長は、どうかしていましたね。辞めてくれてよかったです」
口々に何か言っていたが、話半分にあまり聞いていなかった。
少なくとも彼ら3人には辞めてもらうつもりだ。代わりの者が着き次第、すぐに。
それまで働いてくれればいい。紹介状を書くつもりはないから、次の働き口に困るだろうが知ったことではない。
大分、掃除も済んだなと百合は独り言ちる。
ああ、それとイネス…あの下僕の処遇も決まっている。彼ももちろん追い出すが、その前に毒味役として、こきつかってやるつもりだ。
聞くところによると、公爵家はよく狙われるらしい。立派なお役目よね。彼も満足だろう。
◇◇
クルーガーは、変わり始めた妻に興味を抱き始めていた。
生き生きとした顔で使用人に指示を出し、
今はパーティーの準備を進めている。テーマは白い薔薇だなんだと執事と盛り上がっていた。
少し羨ましい。
妻にと望んだのは、後ろで大人しく控えている母とは正反対の女のはずだったのに…。
今は彼女が次に何をするのか、気になって仕方がない自分がいる。
母は美しい人だった。そして心が弱い人でもあった。今なら分かるが、当時は急に気分が上下する母を恐ろしく思ったものだ。
望むことがころころと変わり、意に反することをしでかすと叩かれたので、子供の頃は痣だらけだった。
「立派な公爵に」
それが、彼女の口癖で。
前公爵─父が外につくった女の元から帰ってこなくなると、余計自身への締め付けは酷くなった。
終いには、男をつくって、母はそいつと一緒に馬車から転落死した。醜聞だけ遺してこの世を去っていった。
期待されるのが恐ろしく、女というものをどこか怖く思っていたので大人しく無害な女を求めた。
跡継ぎを産んでくれる…彼女はそれだけの存在のはずだったのに。
自分に何も求めず、楽しそうな彼女から何故か目が離せない…。
◇◇
パーティー当日。
「奥様、緑色のドレスがとてもお似合いです!!」
新しく侍女になったアンナが力一杯誉めてくれる。
それを嬉しく思いながら、百合は微笑む。
「ありがとう。あなたにそう言ってもらえて嬉しいわ」
「公爵様もきっとそうお思いになると思います!」
「…だといいのだけれど」
百合は未だ、クルーガーをよくは分かっていない。一度閨を共にした記憶があるとはいえ、彼は忙しくあまり顔を合わすこともない。
時たま視線を感じるが、何も言ってこないこともあり首を傾げるばかりだ。
ギー
扉が開く音がし、見ると公爵が立っていた。
アンナは気を利かせたのか、退室してしまう。
「……」
見られている。視線に耐えられなくなって、百合が口を開こうとすると、手を差し伸べられた。
苦笑して手を取る。結局何も言ってくれなかったと前を向くと、耳元で声がした。
「…似合っている」
小さな声だったが確かに聞こえた。
見るとクルーガーの耳が赤くなっている。
照れ屋なところもあるのねと、百合は微笑ましくなった。
パーティーは滞りなく進行し、二人寄り添って招待客に挨拶していく。
「あの氷の薔薇が微笑んでいるぞ。嘘だろ?」
「やだ、ほんと!」
クルーガーが妻に向ける笑みに驚く者もいれば、今だけよ…と罵る者もいた。
「彼女がどんなにみっともなかったか、皆様覚えているでしょう?」
「ええ、本当に。分からないくせに知ったかぶって…。笑われてるのに気づきもしない」
「今日は調子がいいようですけれどね」
フフフ
彼女たちが華やかに毒を隠して笑う。
記憶に無くても腹が立つものねと少し離れた場所にいる集団に向かって歩を進める前に、クルーガーが大股に歩いていった。
「エバンディラ伯爵夫人に、ルーデン侯爵夫人、ラリー嬢。それは妻に対する侮辱と受け取っても?」
「あら、冗談ですわ…オホホ。お許しください」
百合も追い付き、口を開く。
「冗談にしては質が悪いわ。私、深く傷つきました」
「…妻もそう言っておりますし、今夜は当家の主催です。お疲れならもう帰られてもよろしいかと」
やりすぎだとクルーガーを見るも彼の表情は変わらない。
蒼褪める婦人達が口々に謝ってきたので、
「忘れないですわ」
と笑顔で答えておいた。
◇◇
その日の寝所にて。
「ユリシーズ」
クルーガーが女主人の名前を呼ぶ。
「百合と言って」
「ユリ」
百合はクルーガーの首に手を回した。
「今日はありがとうございました。あなたのお陰で素敵なパーティーに…」
「今はそんなことはいいから、こっちに集中を」
常より余裕なく見える彼が言うままに、百合は口を閉じた。
「なんだか珍しいお顔ですね...」
しかし、彼が覆い被さってきたので、それ以上は言葉にならなかった。
彼の舌がもう黙れとばかりに百合の口内を動き回る。息継ぎが上手くできないでいる彼女に気づいて、クルーガーが口を離す。
「はぁ…はぁ」
もう少し手加減してと、百合が上目遣いで軽く睨み言った。
「…灯りを…」
「聞こえないな」
クルーガーが意地悪そうに笑う。
その日、百合は明るいまま散々貪られたのだった。
(ユリシーズには悪いけど、もう彼から離れられない)
愛欲にまみれた日々はまだ始まったばかり。
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