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始まり

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皆様は悪役令嬢という存在をご存知だろうか?
私がソリスとして生きる今の世には存在しない言葉。
ただ夢でその存在について知り私は思ったのだ。

─悪役と呼ばれるだけあって、皆総じてキツイ顔立ちの美形、家柄も良い。加えて能力も高いのにコミュ力低い人多くない?

コミュニケーション能力。それは他者との摩擦をできる限り減らし、生きやすいよう振る舞う能力だと思う。
彼らのようにただでさえ嫉妬されやすい人間が、それを捌く方法も身につけず適齢期になり待っているのは…身の破滅だ。

サイコパスだったり武力があったりする令嬢ならなんとかなるかもしれないが、親の愛を知らず不器用に、高慢に育ってしまった彼女らを導きたい…。

私はそう思ったのだ。傲慢かもしれないが…。



そして今目の前にいるのは二人のご令嬢。
一人は愛くるしい顔立ちながら、私を見るなり眉を潜めた。
大丈夫です。小声でダサッて言ったの聞こえてました。

もう一人はキツメの美人。
スタイルも良く、まさにわがままボディというやつだと私は思った。
容姿の派手さに比べ性格は大人しいようで、妹の影に隠れている。

私は個人的好みと第一印象からキツメの美人に狙いをつけた。性根が悪いと分かりきっている令嬢に興味はない。自分でどうにかするだろう。

つてを使い、彼女たちの家に近づいたのには訳がある。

実はこの家、とても評判が悪い。
姉妹どちらとも婚約者がいるのだが、婚約破棄も時間の問題だと専らの噂なのだ。

きつめの美人─エーデルは見た目は強そうなのに自信の無さが見え隠れする。
そういう者はなめられやすい。
自分の方がいい女だと根拠もなく思い、自信満々な女どもが彼女の婚約者を虎視眈々と狙っていると言う。その中には彼女の妹も含まれているとかいないとか…。

エーデルの妹で、先程私をディスってくれた童顔女─リリィの方はというと…。
今まで親に怒られたことなど一度もないのだろう。常に褒められ生きてきた彼女は、他者が自分以外の女を称賛するのが許せない。
あらゆる男に色目を使い遊びまくっているせいで、元々の婚約者との関係も破綻するだろうと言われている。

どちらもまずい状況だが、なんとかなりそうなのはエーデルだろう。
私が何か言う前に、リリィが言った。

「お姉さまにお譲りするわ。私は教師に困っていないし…。」

エーデルは躊躇っている様子だったが、これ幸いとばかりに私は押し通した。

「エーデル様これからよろしくお願い致します。」

彼女は断らなかった。



それからというもの、私は彼女に心を開いてもらうべく常に一歩踏み込んだ会話を試みた。
彼女のガードは固かったが、妹の話となると口が緩む。幼き頃からの鬱憤が積もり積もっているようだった。

「お父様もお母様もいつもあの娘のことばかり…。今はもう諦めているけど、昔は辛かったわ…。」

「エーデル様の魅力が分からないとは…。どうかしてます…」

「…私に魅力などないわ。」

「お嬢様はご自身についてお分かりでないようですね。」

自信をつけさせるために、過去の自分を思い起こさせては魅力を具体化した。常にちょっとしたことを褒めるというのも忘れない。
ネガティブな自己評価をポジティブなものへと変えていく。
時間はかかったが効果はあった。

次第に彼女は他者に対し、堂々と振る舞い、自身が持つ本来の魅力を出せるようになってきた。しかしここで自信をつけすぎ、口だけ男に恋をしてしまっては台無しだ。
彼女にはそういった男の生態について詳しく語り、信じなければ危ない橋も渡った。
実際その目で見るのが一番なのだから。

そして私は寄り添い励まし時に叱り一番の味方となった。


結果的にどうなったかと言うと…。




「お姉さまずるいわ。私から何もかも奪って…。」

「言ってる意味が分からないわ。」

争う二人の姉妹。しかし立場は逆転した。
エーデルは社交界の華となり、婚約者との仲も上手くいっている。むしろ前より優しくなったと幸せそうだ。

一方妹、リリィの方はというと…。
元から同性に嫌われていたのに加え、男達の興味もエーデルへと移り、すっかり社交界のつまはじき者だ。
婚約者からも婚約破棄の申し立てをされてしまった。一度汚れれば白くはならない。社交界という見た目だけはきらびやかな毒槽の中で、彼女はこれからずっと笑われる立場の魚だ。

私はエーデル様と交流を続けつつ、新たに紹介された令嬢の元へ羽ばたいていく。

これはほんの始まり。
私が幸福を呼ぶ家庭教師ガヴァネスと言われるようになるまで後少し。





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