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日常編

別れ

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「今夜が峠かもしれません」

「そんな…!そんなこと…あるはず…」

鼓動の音がうるさくて、冷静に考えられない。
メイドが駆け込んで来たときからずっとそうだ。

「フィリップ様がお倒れに…!」

彼女のただならない様子に、身体は反射的に駆け出していた。
ついさっきまで元気だったというのに、いきなりこんな…。嘘でしょう?

しかし、眼を逸らすなと、これは現実だと苦しそうなフィリップの呼吸音が教えてくれる。

もう何もできることはないと言われて、二人取り残される。

医者が匙を投げるのも、メイドが出ていくのもいつも通り。それなのに、今日はとてつもなく不安で、たまらなかった。

『落ち着いて』

「無理よ!」

『いいから、深呼吸』

ローズに言われた通りに、深く息を吸って吐いた。

少し冷静になった自分が動き出す。
フィリップの手をぎゅっと握る。

熱い…。フィリップは戦ってる。それなのに私が弱気になってはだめ。

そう言い聞かせて、神に祈った。

(どうかお願いします。私の命を差し上げます。どうか、どうか、フィリップを…助けてください)


すると突如、身体の内側から光が溢れた。
目映い光が、フィリップの痣を優しく照らしていく。

『やっぱり私たちは最強の姉だわ…』

ローズの声が聞こえた気がした。

黒々とした紋様が消えていく。
今までそこにあったなどと、まるで分からないほど綺麗に。

見るとフィリップは、平熱に戻ったのか眉間の皺もとれ、顔色もいつも通りの白さに戻っていた。

何事もなかったように、安らかな寝顔で、ただ息をしている。

それが、あまりにも嬉しくて私はローズに声をかける。

(フィルが助かったわ!奇跡って本当にあるのね。それとも私達の力かしら?)

『……』

(ローズってば!ねぇ!)

『……』

しかし、彼女からの声は何度呼び掛けても聞こえなかった…。
身体の内側からも彼女の存在を感じ取れない。こんなことは初めてだった。

私は、怖くなって口を開く。

「嘘だよね?ローズ…」

声はやはり聞こえなかった。

***

『エラルドキア』の女神は、見ていた。
ローズの魂が自分の元にやってくるのを。

そして彼女の最期の望みを聞いてやった。

***

『もう、うるさいわね…。聞こえているわよ。ちょっと疲れたからしばらく眠るだけ。心配しないで。いずれ目を覚ますから…』

「っよかった!!」

『…それまで、あなたはローズとして生きて…約束よ?』

「わかった。この身体、絶対大切にするから…!」


─それは、ローズが最期についた優しい嘘だった。
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