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令嬢と密偵

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「…ようやくここまできた。」

令嬢が密偵と出会ってから早十数年の月日が流れていた。

その間アナスタシアは、涙ぐましい努力を続けた。そして遂に破滅エンドを回避できる見通しも立ち、後は移住するのみとなった。

今までの奮闘を思い出し、本当によく頑張ったと自身を褒め称える。

─密偵との仲も良好であるし、きっと移住準備も手伝ってくれるだろう。

この時、アナスタシアは愚かにもそう思っていた。

*ж*ж*

「お嬢を殺して俺も死ぬ!」

月明かりが照らすバルコニー。入ってきた男の眼からは、不穏な感情が読み取れた。

それが決して冗談ではないとアナスタシアには分かった。

何も言えないでいると、密偵は訳の分からぬ話をし始めた。

「…あの魔法使いが話しているのを聞いたんだ。お嬢と結婚して、ずっと側にいて、毎日着替えさせて身体を洗ってあんなことやこんなことを…。」

「ちょ、ちょっと待って?何なのそれ?知らないわ。」

初めて聞く話ながらも、あまりの内容の恐ろしさにぞっとする。

彼(魔法使い)の精神が崩壊する原因となった事件も回避したし、正常なはず。

だから闇魔法で意思を奪う話にはなってないんだ…。思わずアナスタシアは、ははと納得する。乾いた笑いが出た。

それをどう思ったのか密偵は、やっぱり知っていたんだな、と黒光りした瞳で見つめてきた。

─逃げなくては…。

そう思うのに身体が動かない。

「待って…!私はどうしたらいいの?」

「決まってる。移住して、お嬢が俺以外の眼に触れられないようにする。誰とも会わせず外に出さない。自分のものになれと俺に言ったよな?なら俺はお嬢のものでお嬢は俺のものだ。」

淀みなく話すのを聞き、いやすごい論理!とのりつっこみしそうになったが止めておいた。

─私はゲームの攻略キャラにかまけて、身近な人間のメンタルケアを怠ったのだ。

アナスタシアは漸く自身の失敗を悟った。

これからどうなるか未来は定かではない。が、まあおそらくいや絶対逃げられないんだろうけど。

涙目のアナスタシアは諦めた。

じりじりと間を詰めてくる密偵がこれから何をしてくるか、考えないようにして。
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