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ー第40話ー

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あの悲劇の日から2年。




ウララはまだ村の自分の家を離れずにいる。



否、離れられないのだ。もう何も考えたくない、変化を受け入れられない、今までのさまざまな想いや感情を奥底に閉じ込め、機械的に『生きるだけ』の生活をするためには、今の家を離れるわけにはいかなかった。




「・・・・・」




そして今日もまた、ウララは自分の持つ畑で生きるための野菜を育て続ける。



「化け物めー」




「出てけー」





外に出れば子供たちに石を投げられ続ける。大人たちはもう見向きもしない。




「・・・・・・」




ここまではいつもどおりだ。何も変わらない毎日。機械になって無心で生きていけるそんな日々。




だがそれは望んでか望まずか、闇にさす一縷の光のごとく変化の兆しが現る。






ごっ!!



「!?」





この日2年ぶりにウララは反応を見せた。





「石が・・・」





自分のすぐ横顔めがけ飛んできた石が破裂したのである。





「うわっ!化け物が反抗してきた!」




「逃げろ!」





子供たちはウララが破壊したものだと勘違いし一目散に逃げていった。状況がわからないウララの元へ、一人の少年が歩み寄っていく。





「誰・・・」







ウララが振り返ると、そこには不思議そうな顔をした少年がたっていた。長い髪を後ろで三つ編みに束ね、こちらをのぞいている。





(村の人じゃない。いや、村の人なら私に近づかない)






無表情のまま少年を見上げるウララ。





「あぁ、ごめん!なんか石投げられてるみたいだったから追払ったっていうか・・・大丈夫?怪我してないか?」




「!?」




少年が差し伸べた手をパシンと叩き、獣のような俊敏さで数歩分距離をとったウララ。





「私に近づかないでください、危険です」




「危険?そりゃまたどうして」




(何でこの人はこの見た目をまるで警戒していないの・・・)




これまた不思議そうに首をかしげる少年に、無表情のままウララは答える。





「見てわかりませんか。私は人じゃない、魔物なんです。この村の人間は誰も私に近づこうとしない。子供たちは見つければ石を投げます。あなたも近づかないほうがいいですよ」





その言葉に少年はウララの姿をじっと見つめた。




(キラキラした目。私とは違う、不屈の魂を宿した強い目・・・)




自信と誇り、火の灯った少年の目はとてもまぶしく見えた。すべてを諦め作業のように毎日を過ごす、光を失ったウララにとって、正反対のような存在だ。




「あぁ!角か!すごいね、角が生えてるんだ」




「・・・・・」





(私のことを臆することもない、何なのだろうこの人は)





「あぁ・・・え?そうなのか!」






「・・・誰と話しているんですか?」





「!ごめん、気にしないで!癖みたいなやつで・・・」







(本当に何なのだろう、この人)






「えーと、いまさらこういっても信じてもらえないかもしれないけど、別に怪しいもんじゃないんだ」




「・・・・・・」



ウララの表情は変わらない。





「なんていうか、お願いがあるんだけどさ。ちょっと・・・いや、だいぶ変な事を言っているかもしれないけど」






「お宅の扉、貸してくれないかな?」










「・・・・・・はい?」





思わず真顔で聞き返してしまったウララの反応に、少年は顔いっぱいに『やらかした』を浮かべる。




「やっぱりそういう反応になるよなぁ~、先人はどうやって扉の契約交わしてたんだよ!」




いったい誰に言っているのか、意味不明な言葉を羅列する少年。普通の人であれば気が触れていると思い逃げるか通報しそうなところだったが、少年にとって幸か不幸かウララもまた、どこか欠落していた。



「あの、私のような人外が役に立つなら・・・構いませんよ」




「え、ほんと!?」




少年がバッと顔を上げる。驚きと喜びの入り混じった子供のような明るい表情。




(表情豊かで自分の心を素直に表に出せる・・・この人は本当に、私に無いものをたくさん持っている・・・だからこそ知りたい)






「ですがひとつ、教えてください。。村にはほかにも人はいる。何も私のような異端、それも魔物に対してなぜそのようなお願いを?なぜ助けてくれたのです。どうして普通に接してくれるのですか?」





「うぉぉ・・・質問がいっぱいだな」




半ば気圧される少年だったが、その答えは即答。考えるまもなく少年はありのままを口にした。





「なんかこの村の人たち、陰湿って言うの?くだらない縄張り意識、『違う』ことや『外』のことを徹底的に嫌って排除しようって言う村八分的な醜い心が透けて見えるんだよね。俺からすれば君よりもよっぽどこいつらのほうが魔物さ。それに・・・」







「君は、そんな気がする」




ずっと変わらなかった表情がかすかに動いた、そんな気がした。




「あなたと私が・・・似ている?こんなにも正反対な私たちが?あなたはいったい・・・」





ウララの言葉にはっとする少年。




「おっとそうだ!まだ名乗っていなかったな、これは失礼した!」




太陽のようにまぶしいその笑顔を、ウララはずっと忘れないだろう。




「俺はカイン・ソルロック、鍵職人だ!」






それは長いトンネルの終わりを告げる、運命とも言える出会いであった。
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