堕ちる

はる

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死の隣

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成長するにつれて、春は死を身近に感じるようになっていった。
小学校へ行って、朝の話題は大抵昨日の話なのだが、しばしばそこに『死』が介在していた。
「昨日、7号棟であったらしいよ。」
「あ、それ知ってる!ベランダからでしょ?でも知らない人だって。」
子ども達はテレビの話の様にそれを語る。
「どうやって入ったの?」
「お母さんがお風呂入ってる間にピンポンされて、男の子がドアを開けたらそのまま部屋に入ってきて、ベランダから飛び降りたらしいよ。」
「郵便とか嘘ついたんじゃない?」
「へぇー。そういえばさ…」
その後何もなかった様に別の話を続ける子ども達。
またある時期には、団地内の吹き抜けに金網が設置された。他の時期には、突如としてジャングルジムが地域から一掃された。子ども達はジャングルジムの撤去を残念がったが、代わりに金網の上に乗ってスリルを楽しんだ。大人たちは何も言わなかったが、子ども達はわかっていた。吹き抜けで飛び降りが多いので金網が設置され、ジャングルジムで首吊りが起きたので撤去されたのだと。
通学路でブルーシートを見る事も少なくなかった。団地脇の一角がブルーシートで囲まれ、警察官がウロウロしていた。
春も他の住人達と同じ様に死を身近に感じていた。そして思い知った。
人が死んでもそれほど他人は何も思わない。勿論遺族は悲しむだろう。でも、その他大勢のこの世に生きる人々にとって、その死は何てことない、一瞬の出来事に過ぎない。その死がすぐ手の届くところで起きたとしても何故死んだのか、想いを寄せる人はほとんどいない。『またか。』の一言で片付けられる。花が添えられる事も無い。まるで害獣対策の様に網が張られ、危険物が取り除かれる。
『死』とは、それだけのものだった。

では、身内だったら誰でも想いを馳せるのか。春にとってはそうでもなかった。
春の祖父は厳格な人だった。後継の長男以外は口をきかなかった。だから、孫は8人いたが、春を含めた7人は祖父と口を聞いた事も無いし、目を合わせた事も無かった。祖父の側にドロップスの缶が置いてあると、誰が取りに行くかと論争になり、結局誰も行けずに祖母に頼んだ。親達が祖父と口をきく姿も見た事がなかった。それもそのはず、長男の叔父と末っ子の叔母は祖父母の元で育ったが、春の母親と次男の叔父は隠居で隔離されて育てられた。女に学問はいらないと言って、春の母親と叔母は高校で家を出て自分達で働き学費を稼いで進学した。
そんなこんなで、地主であった祖父の葬式は大きく行われたが、誰一人身内で涙する者はいなかった。あまつさえ、 春とその従兄弟達はまるで冬休みに集まったかのように久しぶりの再会を楽しみ、こたつでトランプやカルタをしながらお菓子やミカンを食べていた。誰一人、祖父の思い出を語る者はいなかった。
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