1 / 6
はじまり
しおりを挟む
春は典型的なアダルトチルドレンだった。本人はそう思っていなかったが、彼女は幼い頃から手のかからない、それでいてつまらない子どもだった。
春は欲しい物をねだった事が無かった。誕生日でも、欲しい物を口にしなかった。祖父母が買ってあげると言っても『大丈夫』と答えた。
春は愚図ることが無かった。幼児の頃から様々なコンサートに連れていかれ、自分が全く興味が無かったとしても、数時間ずっと椅子に座ってじっとしていることが出来た。親の職場に連れていかれ、仕事が終わるまでずっと一角で待っている事が出来た。
春は忠実だった。テレビを見るなと言われたら、親が外出中でも見なかった。ただひたすら文句も言わずにテープに録音された日本昔ばなしを毎日聞いていた。漫画も恋愛小説も読まなかった。ゲームもしなかった。
春は妙にしっかりとしていた。小学生になってすぐに一人で上野から特急電車に乗り、東北にある祖父母の家に行った。包丁さばきは小学生になる前にはりんごの皮を剥けるほどで、両親が仕事で遅い日は一人で調理をして待っていた。
春の家は裕福ではなく、両親は休みなく働いていた。保育園で一人で最後まで保育され、それでも間に合わないと近所のおばさんが迎えに来た。日曜日はあちこちの家庭に転々と預けられた。心地よい家庭だけではなかった。意地悪な家族もいた。ある家の子どもは、何かあるたびに泣いて母親に春のせいだと訴えた。
春は、自分の意思を通さない事が最善である事を学んだ。自分の存在を消す事が最善である事を学んだ。
春は人の本音に敏感な子どもだった。大人たちは自分に笑顔を向けていても、心の中ではつまらない子どもだと、子どもらしくない子どもだと思っている事を悟っていた。両親のほかに唯一信頼した大人が、父の伯母だった。春の父は母を失い父が再婚をし、この伯母が母親代わりだった。伯母は他の大人とは違い、春を1人の人間として扱った。1人でも生きていけるように料理や器具の使い方を春に教えた。甘やかすことは無く、寧ろ厳しかった。しかし、春はそこに確かな愛情を感じていた。伯母が亡くなった時、春は珍しく涙を流した。伯母は春のために学資保険をかけていた事を後から知るが、伯母の保険や遺品は全て他の親戚に奪われてしまい、春の家族に渡されたのは、たった一つのネックレスだけだった。
春は欲しい物をねだった事が無かった。誕生日でも、欲しい物を口にしなかった。祖父母が買ってあげると言っても『大丈夫』と答えた。
春は愚図ることが無かった。幼児の頃から様々なコンサートに連れていかれ、自分が全く興味が無かったとしても、数時間ずっと椅子に座ってじっとしていることが出来た。親の職場に連れていかれ、仕事が終わるまでずっと一角で待っている事が出来た。
春は忠実だった。テレビを見るなと言われたら、親が外出中でも見なかった。ただひたすら文句も言わずにテープに録音された日本昔ばなしを毎日聞いていた。漫画も恋愛小説も読まなかった。ゲームもしなかった。
春は妙にしっかりとしていた。小学生になってすぐに一人で上野から特急電車に乗り、東北にある祖父母の家に行った。包丁さばきは小学生になる前にはりんごの皮を剥けるほどで、両親が仕事で遅い日は一人で調理をして待っていた。
春の家は裕福ではなく、両親は休みなく働いていた。保育園で一人で最後まで保育され、それでも間に合わないと近所のおばさんが迎えに来た。日曜日はあちこちの家庭に転々と預けられた。心地よい家庭だけではなかった。意地悪な家族もいた。ある家の子どもは、何かあるたびに泣いて母親に春のせいだと訴えた。
春は、自分の意思を通さない事が最善である事を学んだ。自分の存在を消す事が最善である事を学んだ。
春は人の本音に敏感な子どもだった。大人たちは自分に笑顔を向けていても、心の中ではつまらない子どもだと、子どもらしくない子どもだと思っている事を悟っていた。両親のほかに唯一信頼した大人が、父の伯母だった。春の父は母を失い父が再婚をし、この伯母が母親代わりだった。伯母は他の大人とは違い、春を1人の人間として扱った。1人でも生きていけるように料理や器具の使い方を春に教えた。甘やかすことは無く、寧ろ厳しかった。しかし、春はそこに確かな愛情を感じていた。伯母が亡くなった時、春は珍しく涙を流した。伯母は春のために学資保険をかけていた事を後から知るが、伯母の保険や遺品は全て他の親戚に奪われてしまい、春の家族に渡されたのは、たった一つのネックレスだけだった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる