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悪役令嬢がアタシの中に ―乙女ゲームがクリアできない―
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…どうして信じてくれないの?私はそんなことしていない!どうして…
夢を見ていたようだ。悪役令嬢の。美沙は自分に呆れてしまった。今日発売のゲームが楽しみすぎて夢まで見るなんて、我ながら笑ってしまう。予約済みの『私があなたを守ってみせる』はヒロインから自分の婚約者を守り抜く、というちょっと変わったコンセプトを売りにした乙女ゲームだ。ヒロインの罠にはまって婚約破棄されたらバッドエンド。信頼を取り戻して無事結婚を目指すのだ。
変だ。アタシはこの場面を知っている。なんで?CMに出てたっけ?この時たしか友人のサーレイ様と一緒に…え?!サーレイって誰?!…頭が痛い…アタシは美沙…私は…ミシャール・イクルーヴ。
どうやら美沙のなかにミシャールがいるようだ。「私はミシャール・イクルーヴですわ。このゲーム?とかいうものに出てくるとおり伯爵令嬢ですの。婚約者はラングマン公爵ですわ…もっとも婚約は破棄されてしまいましたけれど…」「ふぁー!!きたー!!それもアタシの中にー!!なんでー?!」「騒々しいですわね。お静かにできませんの?」「無理ー!!!」美沙はひとことも発していない。脳内会話だ。ひとりごとではない。「と、とにかく、ミシャールちゃんはラングマン公爵を守りきれなかったんだね」「…いろいろと努力はいたしましたがうまくいきませんでした。レイア様に奪われてしまいました。何がいけなかったのでしょう。ラングマン様を心からお慕いしておりましたのに…」「よし!!確認してみよう!ミシャールちゃんがどこで失敗したのか、きっとわかるよ。元に戻ったらやり直せばいいじゃん」「…元に戻れるのでしょうか…?」「わかんない!わかんないけどやってみようよ!」
『私があなたを守ってみせる』は王立学園に通う5組の婚約者たちのストーリーだ。そのなかにはミシャールの弟もいる。「ラングマン様に信じていただけなかったことはもちろん辛かったですが、弟のデインにさえ信じてもらえなかったことが本当に苦しかったです」「そっかぁ…そうだよね。弟だもんね。そうだ、練習を兼ねてデイン君のルートからやってみようか。デイン君が婚約者の、えっと、ファニーちゃんか。デインくんとファニーちゃんが幸せになるようにがんばってみようよ」
ゲームは対話形式の選択肢を適切に選び、好感度をさげないようにストーリーを進行しなければならない。美沙とミシャールは2人でああでもないこうでもないと言いながらゲームを進める。「デイン!なぜファニー様ではなくレイア様に髪飾りを贈るのですか?!」「けっこう難しいねー。また失敗か。大丈夫。リセットリセット、さっきのところからやり直そう」「ファニー様!デインが好きなのはバラではありませんわ!」「ハイハイやり直しやり直しー」「…あぁデイン、あなたが幸せになって私は本当に嬉しい。ファニー様、よくがんばりましたわ。私もこのようにすればよかったのでしょうね…。ラングマン様、申し訳ありません。私が至らないばかりに…」「しょうがないよ、デイン君のルートですらこの高難度、このゲームはね、婚約者の身分が高いほど難しいんだって。だから公爵ルートは2番めに難しいってことになるね。1番はもちろんスタウィン第1王子ルートだね」「スタウィン殿下、婚約者は私のクラスメイトのセアリー・ノルダス公爵令嬢ですわね」「よーし、こうなったらセアリーちゃんたちも幸せにしちゃおうよ!」「…殿下!なんてことを仰るのです!あぁセアリー様…」「さすがに最高難度、この選択肢も間違ってるのかー」「セアリー様!殿下がお好みなのはチーズケーキではございませんわ!」「ハイハイハイやり直しやり直しやり直しー」「…あぁセアリー様、おめでとうございます。なんてお美しいのかしら。のちの国母にふさわしいご立派なお姿ですわ。殿下も堂々とした佇まいで…これで王国は安泰ですわ」「うん、良かったねー。アタシもがんばったよー。これで最高難度クリアだからね、ミシャールちゃんのルートはきっとうまくできるよ!」「私もやり方が分かってまいりました。きっとラングマン様をお守りしてみせますわ!!」
ところがミシャール=ラングマンルートは一筋縄ではいかなかった。どうやっても、何度リセットしてやり直してもうまくいかないのだ。何がいけない?どこが間違っている?ミシャールは泣きつかれて眠っているようだ。美沙はSNSを開いてみた。『わたまも』ファンサイトではちょっとした炎上がおきている。「どうして殿下ルートより難しいの?!」「全然クリアできない!」「全部の選択肢試してみたのに!!」やっぱりみんなクリアできないようだ。なにかがおかしい。もしかしてミシャールがここにいるから…?美沙は頭を振って決意を新たにする。アタシが絶対にミシャールを幸せにしてみせる!
もう何度目の失敗かわからない。さすがの美沙もコントローラーを投げそうになった。ミシャールは何も言わない。時々すすり泣いているようだ。公式サイトには運営が謝罪を載せていた。難度は2番めのはずだった、なぜこうなったのかまったくわからない、早々に修正版を配信できるように努力します。美沙は遂にコントローラーを投げた。
「ミシャールちゃん、ゲームがおかしいんだって。どうしてもクリアできない仕様になっちゃってるみたい。修正版ができるまで待ってやり直そうよ」「……もうよろしいのです。私とラングマン様はこうなる運命だったのでしょう。デインとセアリー様が幸せになれただけで充分です。美沙様、ありがとうございました」「そんな!!諦めるの?!」「レイア様とご一緒のときのラングマン様は、本当に楽しそうに微笑まれておりました。あのようなお顔を私は拝見したことがございません。ラングマン様がお幸せなのであれば私は満足です。私なりに好かれようと努力をしたつもりでおりました。ですが私のほうを向いてはいただけなかった。それだけのことですわ。それに…デインも殿下も関係を壊さないようにそれなりの行動をとっておりました。ラングマン様だけは違った。私だけが心を尽くして…」そのとおりだ。それが修正されるのであろう。しかし美沙にはもう何も言えなかった。
それから美沙とミシャールは(といっても体はひとつの美沙なのだが)買い物に行ったり美味しいものを食べたりたまにケンカをしたり、けっこう楽しく暮らしていた。ひと月ほど経って修正版の配信がアナウンスされたが美沙はそれを無視した。だんだんとミシャールの気配が薄くなっている。ミシャールも自分が美沙から離れているのを感じているようだ。…そして美沙は1人に戻った。
『わたまも』ファンサイトの炎上はつづいている。クリアはできたようだ。だが全ルートクリア後の特典映像がファンを怒らせているらしい。かわいらしい子どもに囲まれていたり、笑顔を交わし合ったり、結婚後の幸せそうな生活。なのにミシャールのルートには結婚後もレイアと笑い合うラングマンが出てくるのだ。ミシャールは2人のそばで冷えた微笑を浮かべている……。
夢を見ていたようだ。悪役令嬢の。美沙は自分に呆れてしまった。今日発売のゲームが楽しみすぎて夢まで見るなんて、我ながら笑ってしまう。予約済みの『私があなたを守ってみせる』はヒロインから自分の婚約者を守り抜く、というちょっと変わったコンセプトを売りにした乙女ゲームだ。ヒロインの罠にはまって婚約破棄されたらバッドエンド。信頼を取り戻して無事結婚を目指すのだ。
変だ。アタシはこの場面を知っている。なんで?CMに出てたっけ?この時たしか友人のサーレイ様と一緒に…え?!サーレイって誰?!…頭が痛い…アタシは美沙…私は…ミシャール・イクルーヴ。
どうやら美沙のなかにミシャールがいるようだ。「私はミシャール・イクルーヴですわ。このゲーム?とかいうものに出てくるとおり伯爵令嬢ですの。婚約者はラングマン公爵ですわ…もっとも婚約は破棄されてしまいましたけれど…」「ふぁー!!きたー!!それもアタシの中にー!!なんでー?!」「騒々しいですわね。お静かにできませんの?」「無理ー!!!」美沙はひとことも発していない。脳内会話だ。ひとりごとではない。「と、とにかく、ミシャールちゃんはラングマン公爵を守りきれなかったんだね」「…いろいろと努力はいたしましたがうまくいきませんでした。レイア様に奪われてしまいました。何がいけなかったのでしょう。ラングマン様を心からお慕いしておりましたのに…」「よし!!確認してみよう!ミシャールちゃんがどこで失敗したのか、きっとわかるよ。元に戻ったらやり直せばいいじゃん」「…元に戻れるのでしょうか…?」「わかんない!わかんないけどやってみようよ!」
『私があなたを守ってみせる』は王立学園に通う5組の婚約者たちのストーリーだ。そのなかにはミシャールの弟もいる。「ラングマン様に信じていただけなかったことはもちろん辛かったですが、弟のデインにさえ信じてもらえなかったことが本当に苦しかったです」「そっかぁ…そうだよね。弟だもんね。そうだ、練習を兼ねてデイン君のルートからやってみようか。デイン君が婚約者の、えっと、ファニーちゃんか。デインくんとファニーちゃんが幸せになるようにがんばってみようよ」
ゲームは対話形式の選択肢を適切に選び、好感度をさげないようにストーリーを進行しなければならない。美沙とミシャールは2人でああでもないこうでもないと言いながらゲームを進める。「デイン!なぜファニー様ではなくレイア様に髪飾りを贈るのですか?!」「けっこう難しいねー。また失敗か。大丈夫。リセットリセット、さっきのところからやり直そう」「ファニー様!デインが好きなのはバラではありませんわ!」「ハイハイやり直しやり直しー」「…あぁデイン、あなたが幸せになって私は本当に嬉しい。ファニー様、よくがんばりましたわ。私もこのようにすればよかったのでしょうね…。ラングマン様、申し訳ありません。私が至らないばかりに…」「しょうがないよ、デイン君のルートですらこの高難度、このゲームはね、婚約者の身分が高いほど難しいんだって。だから公爵ルートは2番めに難しいってことになるね。1番はもちろんスタウィン第1王子ルートだね」「スタウィン殿下、婚約者は私のクラスメイトのセアリー・ノルダス公爵令嬢ですわね」「よーし、こうなったらセアリーちゃんたちも幸せにしちゃおうよ!」「…殿下!なんてことを仰るのです!あぁセアリー様…」「さすがに最高難度、この選択肢も間違ってるのかー」「セアリー様!殿下がお好みなのはチーズケーキではございませんわ!」「ハイハイハイやり直しやり直しやり直しー」「…あぁセアリー様、おめでとうございます。なんてお美しいのかしら。のちの国母にふさわしいご立派なお姿ですわ。殿下も堂々とした佇まいで…これで王国は安泰ですわ」「うん、良かったねー。アタシもがんばったよー。これで最高難度クリアだからね、ミシャールちゃんのルートはきっとうまくできるよ!」「私もやり方が分かってまいりました。きっとラングマン様をお守りしてみせますわ!!」
ところがミシャール=ラングマンルートは一筋縄ではいかなかった。どうやっても、何度リセットしてやり直してもうまくいかないのだ。何がいけない?どこが間違っている?ミシャールは泣きつかれて眠っているようだ。美沙はSNSを開いてみた。『わたまも』ファンサイトではちょっとした炎上がおきている。「どうして殿下ルートより難しいの?!」「全然クリアできない!」「全部の選択肢試してみたのに!!」やっぱりみんなクリアできないようだ。なにかがおかしい。もしかしてミシャールがここにいるから…?美沙は頭を振って決意を新たにする。アタシが絶対にミシャールを幸せにしてみせる!
もう何度目の失敗かわからない。さすがの美沙もコントローラーを投げそうになった。ミシャールは何も言わない。時々すすり泣いているようだ。公式サイトには運営が謝罪を載せていた。難度は2番めのはずだった、なぜこうなったのかまったくわからない、早々に修正版を配信できるように努力します。美沙は遂にコントローラーを投げた。
「ミシャールちゃん、ゲームがおかしいんだって。どうしてもクリアできない仕様になっちゃってるみたい。修正版ができるまで待ってやり直そうよ」「……もうよろしいのです。私とラングマン様はこうなる運命だったのでしょう。デインとセアリー様が幸せになれただけで充分です。美沙様、ありがとうございました」「そんな!!諦めるの?!」「レイア様とご一緒のときのラングマン様は、本当に楽しそうに微笑まれておりました。あのようなお顔を私は拝見したことがございません。ラングマン様がお幸せなのであれば私は満足です。私なりに好かれようと努力をしたつもりでおりました。ですが私のほうを向いてはいただけなかった。それだけのことですわ。それに…デインも殿下も関係を壊さないようにそれなりの行動をとっておりました。ラングマン様だけは違った。私だけが心を尽くして…」そのとおりだ。それが修正されるのであろう。しかし美沙にはもう何も言えなかった。
それから美沙とミシャールは(といっても体はひとつの美沙なのだが)買い物に行ったり美味しいものを食べたりたまにケンカをしたり、けっこう楽しく暮らしていた。ひと月ほど経って修正版の配信がアナウンスされたが美沙はそれを無視した。だんだんとミシャールの気配が薄くなっている。ミシャールも自分が美沙から離れているのを感じているようだ。…そして美沙は1人に戻った。
『わたまも』ファンサイトの炎上はつづいている。クリアはできたようだ。だが全ルートクリア後の特典映像がファンを怒らせているらしい。かわいらしい子どもに囲まれていたり、笑顔を交わし合ったり、結婚後の幸せそうな生活。なのにミシャールのルートには結婚後もレイアと笑い合うラングマンが出てくるのだ。ミシャールは2人のそばで冷えた微笑を浮かべている……。
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