100 / 115
夜明けの幻想曲 3章 救国の旗手
36 それぞれがゆく道
しおりを挟むさっそく始まった人々の仕事。街を再建するには時間がかかることは明白なのだが、人々の顔は希望に輝き、笑い合いながら仕事をしている。フェリクスがシエルを通してラエティティア王国に協力を申請したため、数日後には手助けをするために人員が増えるだろう。
街の復興を手伝いながらシャルロットはレイの顔を見上げた。それに気がついたレイが首を傾げれば、おずおずと桜色の唇が震えた。
「あのね、レイ。私、考えたの」
「……」
元は民家の壁だったであろう瓦礫を一輪車に積む手を止めて、レイは続きを促した。
「王子さまが操られていたのは精霊が関わっていたけれど、この街を破壊したのは――やっぱりルシオラお兄ちゃんだと思うの。確信はない。でも、そんな気がする」
「シャルロット……」
「これまでの旅の中、お兄ちゃんが人間としていけないことをしてるって知っちゃった。私はお兄ちゃんの妹だから、お兄ちゃんを止めなきゃいけないよね」
翡翠の目を一瞬悲しそうに伏せて、シャルロットは手を組んだ。
「私、ルシオラお兄ちゃんを捜しに行きたい。説得したい。私にはすごく優しかったの、だから根気よく説得すれば分かってくれるかもしれない」
「シャルロットがそう思うのならそうなんだと思うよ。――俺、シャルロットが旅に出るなら着いていきたい。だめ、かな?」
決意をこめた眼差しを優しく受け止めて、レイは問いかける。返ってくる答えは分かっていたけれど、それでも彼女の口から聞きたかった。それが自分の居場所を肯定してくれるのだから。
「もちろん! 私からお願いしようと思っていたの。とても嬉しい。それに、一緒だって約束したもの」
彼女の顔がパッと明るくなり、安堵に緩む様を見てレイも口元を緩めて微笑んだ。この少女の側にいられるのなら、それで良かった。
「よし、王子さまやセラフィお兄ちゃんにも報告しておかないとだね」
「そうだね。その前にこの瓦礫の山だけ片付けようか」
「はーい!」
***
「いやぁ~ご迷惑をおかけいたしました! でも大団円で何よりです」
「本当にごめんなさい……どう償えばいいのやら……」
フェリクスの自室にて。セルペンスによってすっかり回復した従者二人と、その主、元暗殺者が集う。あっけらかんと笑うセラフィと、どんよりと沈みこんでいるシェキナにフェリクスは苦笑いで返した。あまりにも反応が両極端すぎないだろうか。
「みんな無事ならそれでいいんだよ。俺だって迷惑かけてしまったんだから。謝るなら俺じゃ無くてミセリア達じゃないか? あとシェキナはそこまで思い詰めなくても……」
「それもそうですね」
「うぅ~」
「シェキナはともかく、セラフィは反省しろ。お前が敵側になって離脱されると困るって思い知らされたよ。対処したのは私ではないが、私だけだったらお前をどうしろと言うんだ」
「あはは、すみませんすみません。でもミセリアならなんとかなりますって。精神攻撃でもしといてくださいな」
フェリクスの隣に立っていたミセリアが呆れて言えば、セラフィは軽い調子で謝りながら眩しそうに目を眇めた。セラフィの前に並んで立つフェリクスとミセリアのなんと絵になることか。ついつい茶々をいれてしまう。
「本当、お似合いですね。殿下の隣に立つに相応しい」
「お前は何を言うんだ」
「だよな! ミセリアが隣に居ると安心するよ」
「お前も乗るな、フェリクス」
「あ、それは私も思った」
「シェキナまで」
半目になってシアルワ王子とその従者に対してツッコミを入れれば、フェリクスが吹き出したことをきっかけに全員が大笑いをする。ひとしきり笑い合ったあと、セラフィは腹を抱えつつも、声に真剣さを混ぜながらミセリアに言った。
「でもね、本当のことですよ」
「……それはどうも」
そんなことはない、と否定はしない。それほどまでの自信が今はある。照れ隠しにそっぽを向きつつ小さく答えたミセリアに、シェキナがつかつかと近寄って腕を絡ませる。その顔には先ほどまでの悲壮感は一切ない。期待にキラキラと瞳を輝かせ、ほんのりと頬を染めて無邪気にミセリアの顔を覗き込む。
「ねぇねぇ、今のうちからウエディングドレスの準備しとく? 花嫁修業とかしちゃっとく?」
「それはまだ気が早すぎる」
「お? まだって言った? それじゃあいずれ結婚する気があるってことだね?」
「……あ、いや、じゃなくて、その、私はだな……」
思わぬ失言に従者二人がニヤニヤしていると、ミセリアは助けを求めにフェリクスへ視線を送る。お前もなんとか言え、と伝えたつもりだった。
しかし、それは失敗と言わざるを得なかった。なぜならフェリクスは――。
「本当!? ミセリアー!! 大好きだー!!」
こういう男だからだ。
全身で喜びを顕わにし、両腕を広げてダイブしてくる姿に、人々の前で演説していた時の荘厳さの欠片は微塵たりともない。そういやこれが通常運転だった、とミセリアは華麗に躱しながら額を抑えるのだった。
***
大精霊ビエントと大精霊アクアとの契約を交わし、その覚悟を示したことでシアルワ王国にしばしの平和が訪れることとなった。しかし、それはほんの一時にすぎない。人間が真の安寧と繁栄を手に入れるための旅路はここから始まり、長い時を使わなければならないことは明白だった。
――人間は、誰もが醜い感情を持っている。
それを少しでも抑えられるような世界を創ることは困難である。
でもあの愚直で馬鹿で純粋すぎる少年ならば何かを変えてくれるかもしれない。あの少年に感化されてしまったことを果たして後悔するのか否かは遠い未来で判断することにしよう。
ビエントは白金の長い髪を梳きながら小さく微笑んだ。かの女神は意識を保っていることができないほどに消耗している。彼女を蝕む瘴気の量は尋常ではなく、白かった柔肌のほとんどを黒く染め上げてしまっていた。数千年に渡って瘴気を抑え込んできたその忍耐は賞賛に値する。ここまで耐えてきた彼女の、世界へ向ける愛はあまりにも大きかったのだ。そんな女神の細い体躯を、周りに渦巻く瘴気から守ろうと抱きしめる。
身体のあらゆる場所から悲鳴があがる。それが自分のうめき声だったのか、瘴気に含まれた悲鳴なのかは定かではない。決して静寂と言えない怨嗟の声の中、ビエントは瞼を閉じた。
女神から生み出された自分が女神よりも長く瘴気を抑えることは不可能だろうと分かっていたけれど、抑え込んでみせようとそう思わせたあの少年へ期待を込めて。
ぎゅ、と子供のように女神を抱きしめた青漆の精霊は、溶けることはなく黒い黒い瘴気の中に飲まれていった。
久遠のプロメッサ 第一部三章 救国の旗手 完
「おーい、どこ行くんだよ」
「……」
日差しの差し込む明るい廊下。しかし、そこに壁がある限り影も伸びている。クロウに呼び止められてソフィアは立ち止まった。光の当たらない、暗い影の中に。
量拳を握りしめて振り向いた彼女の顔を見てクロウは片眉を上げる。無言を貫くソフィアが珍しく自分から視線を合わせてきたのだ。紫色の瞳には暗い眼光が浮かび、揺れている。端麗な顔立ちも相まって恐ろしいくらいの悲しさを感じ取ってしまい、クロウは顔をしかめた。隠す気は一切ない。
「ひっどい顔をしてるぜ? 綺麗な顔が台無しだ」
「……」
「お前が何を考えているのかは分かった。お前から訴えかけてくるなんて初めてのことだよなぁ……まぁいいや。とにかく休め」
クロウは強引にソフィアの手を引いて元来た道を引き返す。フェリクスに頼み込んで部屋を貸してもらう気だった。あの王子なら快諾するだろう。そもそも街は壊滅状態なのだから宿をとることもできないはずだ。
「お前が抱えてる心配事はすぐに起きるものじゃない。今は寝て、落ち着くんだな」
「……」
ソフィアの心を覗き込み、その深淵を目の当たりにしても努めて冷静でいようとクロウは心に決める。この淡藤の乙女が抱え込んでいたものの重さを正直甘く見ていたが。自分が持つ能力ですぐ相手の考えを読み取ってしまう癖を後悔しつつ盛大にため息を吐く。
シアルワの一時的な平和が約束されたとしても、刻まれた闇は確かに渦巻き続けていた。
NEXT
久遠のプロメッサ 第二部一章 記憶海の眠り姫
「どう、ルシたん。今回の結果は?」
「駄目だ。精霊は顔を見せもしなかった。この程度じゃあ脅威にも感じていないということだろう。……もっと別のものを考えなければ」
「ふーん。そういえばあの子は?」
「あの人形ならば独房だ」
「ルシたんのお仕置きって……あーあ、可哀想。でも弟君を刺しちゃったからね、仕方ないか。それで、あの子は使えそう?」
「未来予知を多少できたところで精霊を消すことはできない」
「それもそうだね。毒男君も人形作るには再現が難しいだろうし……もう少しサンプルが必要か」
「あぁ。できれば攻撃的な能力を持っていた方が良い。それか回復でも構わない」
「攻撃的かぁ、いるかねぇ……まぁいいや、毒男君に調べさせておけば。回復はいるみたいってのは知ってるけど」
「また情報を集めねばならない、か」
俯いた際に少しだけズレてしまったメガネの位置を直し、ルシオラはため息をついた。
「もう少しだけ待っていてくれ……必ずあいつらを残らず滅ぼす手段を見つけてみせるから」
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
異世界二度目のおっさん、どう考えても高校生勇者より強い
八神 凪
ファンタジー
旧題:久しぶりに異世界召喚に巻き込まれたおっさんの俺は、どう考えても一緒に召喚された勇者候補よりも強い
【第二回ファンタジーカップ大賞 編集部賞受賞! 書籍化します!】
高柳 陸はどこにでもいるサラリーマン。
満員電車に揺られて上司にどやされ、取引先には愛想笑い。
彼女も居ないごく普通の男である。
そんな彼が定時で帰宅しているある日、どこかの飲み屋で一杯飲むかと考えていた。
繁華街へ繰り出す陸。
まだ時間が早いので学生が賑わっているなと懐かしさに目を細めている時、それは起きた。
陸の前を歩いていた男女の高校生の足元に紫色の魔法陣が出現した。
まずい、と思ったが少し足が入っていた陸は魔法陣に吸い込まれるように引きずられていく。
魔法陣の中心で困惑する男女の高校生と陸。そして眼鏡をかけた女子高生が中心へ近づいた瞬間、目の前が真っ白に包まれる。
次に目が覚めた時、男女の高校生と眼鏡の女子高生、そして陸の目の前には中世のお姫様のような恰好をした女性が両手を組んで声を上げる。
「異世界の勇者様、どうかこの国を助けてください」と。
困惑する高校生に自分はこの国の姫でここが剣と魔法の世界であること、魔王と呼ばれる存在が世界を闇に包もうとしていて隣国がそれに乗じて我が国に攻めてこようとしていると説明をする。
元の世界に戻る方法は魔王を倒すしかないといい、高校生二人は渋々了承。
なにがなんだか分からない眼鏡の女子高生と陸を見た姫はにこやかに口を開く。
『あなた達はなんですか? 自分が召喚したのは二人だけなのに』
そう言い放つと城から追い出そうとする姫。
そこで男女の高校生は残った女生徒は幼馴染だと言い、自分と一緒に行こうと提案。
残された陸は慣れた感じで城を出て行くことに決めた。
「さて、久しぶりの異世界だが……前と違う世界みたいだな」
陸はしがないただのサラリーマン。
しかしその実態は過去に異世界へ旅立ったことのある経歴を持つ男だった。
今度も魔王がいるのかとため息を吐きながら、陸は以前手に入れた力を駆使し異世界へと足を踏み出す――
傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される
中山紡希
恋愛
父の再婚後、絶世の美女と名高きアイリーンは意地悪な継母と義妹に虐げられる日々を送っていた。
実は、彼女の目元にはある事件をキッカケに痛々しい傷ができてしまった。
それ以来「傷モノ」として扱われ、屋敷に軟禁されて過ごしてきた。
ある日、ひょんなことから仮面舞踏会に参加することに。
目元の傷を隠して参加するアイリーンだが、義妹のソニアによって仮面が剥がされてしまう。
すると、なぜか冷徹辺境伯と呼ばれているエドガーが跪まずき、アイリーンに「結婚してください」と求婚する。
抜群の容姿の良さで社交界で人気のあるエドガーだが、実はある重要な秘密を抱えていて……?
傷モノになったアイリーンが冷徹辺境伯のエドガーに
たっぷり愛され甘やかされるお話。
このお話は書き終えていますので、最後までお楽しみ頂けます。
修正をしながら順次更新していきます。
また、この作品は全年齢ですが、私の他の作品はRシーンありのものがあります。
もし御覧頂けた際にはご注意ください。
※注意※他サイトにも別名義で投稿しています。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
六花の陰陽師
神無月 花
ファンタジー
主人公・六花は、安倍晴明の直系の末裔で、東京に居を構える東京分家の当主の娘。そして実は、六花の家系は、900年前に関東に逃げ延びた九尾の金狐を封印する役目を担っている家系であった。
ーー安倍 六花(あべ りっか)、今日も元気に女子高生陰陽師頑張ります!
⭐️いとこ同士の恋愛要素があります。苦手な方はご注意ください。
ソロ冒険者のぶらり旅~悠々自適とは無縁な日々~
にくなまず
ファンタジー
今年から冒険者生活を開始した主人公で【ソロ】と言う適正のノア(15才)。
その適正の為、戦闘・日々の行動を基本的に1人で行わなければなりません。
そこで元上級冒険者の両親と猛特訓を行い、チート級の戦闘力と数々のスキルを持つ事になります。
『悠々自適にぶらり旅』
を目指す″つもり″の彼でしたが、開始早々から波乱に満ちた冒険者生活が待っていました。
醒メて世カイに終ワリを告ゲルは
立津テト
ファンタジー
『この手を取って、後悔しない“アナタ”はいなかった』
俺は、俺の人生を生きているだけだった。
俺は、俺の人生を生きているつもりだった。
だけど本当は、俺は俺じゃなかった。
俺を俺と、誰も見ていなかった。
だから俺は探す。
大切な人の死も、理不尽な運命も、鬱陶しいあいつも、俺自身をも乗り越えて。
この冒険の果てに、きっと大切なものを見つけてみせる。
※ ※ ※
冴えない高校生男子だった主人公が美少女魔法剣士に転生した異世界転生モノです。
いろいろと苦労しながら背負わされた運命に抗う姿を描いていきたいと思います。
作者自身、いろいろと手探りしているお話なので、しょっちゅう体裁や雰囲気が変わるとは思いますが、大目に付き合っていただけたら幸いです。
※同様の小説を『小説家になろう』さんにも投稿しています。
"死神"と呼ばれた私が、"バケモノ"と呼ばれた彼らに溺愛されました
夢風 月
ファンタジー
とある王国の伯爵家令嬢として幸せに暮らしていたはずの少女は、訳あって奴隷へと身を落とした。
奴隷商人の元から何とか逃げ出そうとしたところ、真っ黒なマントに身を包んだ男に出会う。
美醜への目が厳しいその国でとても"醜い"見た目をしている彼は『バケモノ』と呼ばれていた。
"醜い"彼に連れられやって来た小さな家には、男の他にも数人の"醜い"男達が肩を寄せ合って暮らしていた。
彼らはどうやら醜さ故に様々な問題を抱えているようで……?
これは、心に傷をおった4人が贈る、ちょっぴり切ない恋物語──。
※溺愛に至るまでそこそこ時間がかかりますがどうぞご容赦を※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる