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夜明けの幻想曲 3章 救国の旗手

36 それぞれがゆく道

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 さっそく始まった人々の仕事。街を再建するには時間がかかることは明白なのだが、人々の顔は希望に輝き、笑い合いながら仕事をしている。フェリクスがシエルを通してラエティティア王国に協力を申請したため、数日後には手助けをするために人員が増えるだろう。
 街の復興を手伝いながらシャルロットはレイの顔を見上げた。それに気がついたレイが首を傾げれば、おずおずと桜色の唇が震えた。

「あのね、レイ。私、考えたの」
「……」

 元は民家の壁だったであろう瓦礫を一輪車に積む手を止めて、レイは続きを促した。

「王子さまが操られていたのは精霊が関わっていたけれど、この街を破壊したのは――やっぱりルシオラお兄ちゃんだと思うの。確信はない。でも、そんな気がする」
「シャルロット……」
「これまでの旅の中、お兄ちゃんが人間としていけないことをしてるって知っちゃった。私はお兄ちゃんの妹だから、お兄ちゃんを止めなきゃいけないよね」

 翡翠の目を一瞬悲しそうに伏せて、シャルロットは手を組んだ。

「私、ルシオラお兄ちゃんを捜しに行きたい。説得したい。私にはすごく優しかったの、だから根気よく説得すれば分かってくれるかもしれない」
「シャルロットがそう思うのならそうなんだと思うよ。――俺、シャルロットが旅に出るなら着いていきたい。だめ、かな?」

 決意をこめた眼差しを優しく受け止めて、レイは問いかける。返ってくる答えは分かっていたけれど、それでも彼女の口から聞きたかった。それが自分の居場所を肯定してくれるのだから。

「もちろん! 私からお願いしようと思っていたの。とても嬉しい。それに、一緒だって約束したもの」

 彼女の顔がパッと明るくなり、安堵に緩む様を見てレイも口元を緩めて微笑んだ。この少女の側にいられるのなら、それで良かった。

「よし、王子さまやセラフィお兄ちゃんにも報告しておかないとだね」
「そうだね。その前にこの瓦礫の山だけ片付けようか」
「はーい!」


***


「いやぁ~ご迷惑をおかけいたしました! でも大団円で何よりです」
「本当にごめんなさい……どう償えばいいのやら……」

 フェリクスの自室にて。セルペンスによってすっかり回復した従者二人と、その主、元暗殺者が集う。あっけらかんと笑うセラフィと、どんよりと沈みこんでいるシェキナにフェリクスは苦笑いで返した。あまりにも反応が両極端すぎないだろうか。

「みんな無事ならそれでいいんだよ。俺だって迷惑かけてしまったんだから。謝るなら俺じゃ無くてミセリア達じゃないか? あとシェキナはそこまで思い詰めなくても……」
「それもそうですね」
「うぅ~」
「シェキナはともかく、セラフィは反省しろ。お前が敵側になって離脱されると困るって思い知らされたよ。対処したのは私ではないが、私だけだったらお前をどうしろと言うんだ」
「あはは、すみませんすみません。でもミセリアならなんとかなりますって。精神攻撃でもしといてくださいな」

 フェリクスの隣に立っていたミセリアが呆れて言えば、セラフィは軽い調子で謝りながら眩しそうに目を眇めた。セラフィの前に並んで立つフェリクスとミセリアのなんと絵になることか。ついつい茶々をいれてしまう。

「本当、お似合いですね。殿下の隣に立つに相応しい」
「お前は何を言うんだ」
「だよな! ミセリアが隣に居ると安心するよ」
「お前も乗るな、フェリクス」
「あ、それは私も思った」
「シェキナまで」

 半目になってシアルワ王子とその従者に対してツッコミを入れれば、フェリクスが吹き出したことをきっかけに全員が大笑いをする。ひとしきり笑い合ったあと、セラフィは腹を抱えつつも、声に真剣さを混ぜながらミセリアに言った。

「でもね、本当のことですよ」
「……それはどうも」

 そんなことはない、と否定はしない。それほどまでの自信が今はある。照れ隠しにそっぽを向きつつ小さく答えたミセリアに、シェキナがつかつかと近寄って腕を絡ませる。その顔には先ほどまでの悲壮感は一切ない。期待にキラキラと瞳を輝かせ、ほんのりと頬を染めて無邪気にミセリアの顔を覗き込む。

「ねぇねぇ、今のうちからウエディングドレスの準備しとく? 花嫁修業とかしちゃっとく?」
「それはまだ気が早すぎる」
「お? まだって言った? それじゃあいずれ結婚する気があるってことだね?」
「……あ、いや、じゃなくて、その、私はだな……」

 思わぬ失言に従者二人がニヤニヤしていると、ミセリアは助けを求めにフェリクスへ視線を送る。お前もなんとか言え、と伝えたつもりだった。
 しかし、それは失敗と言わざるを得なかった。なぜならフェリクスは――。

「本当!? ミセリアー!! 大好きだー!!」

 こういう男だからだ。
 全身で喜びを顕わにし、両腕を広げてダイブしてくる姿に、人々の前で演説していた時の荘厳さの欠片は微塵たりともない。そういやこれが通常運転だった、とミセリアは華麗に躱しながら額を抑えるのだった。


***


 大精霊ビエントと大精霊アクアとの契約を交わし、その覚悟を示したことでシアルワ王国にしばしの平和が訪れることとなった。しかし、それはほんの一時にすぎない。人間が真の安寧と繁栄を手に入れるための旅路はここから始まり、長い時を使わなければならないことは明白だった。
 ――人間は、誰もが醜い感情を持っている。
 それを少しでも抑えられるような世界を創ることは困難である。
 でもあの愚直で馬鹿で純粋すぎる少年ならば何かを変えてくれるかもしれない。あの少年に感化されてしまったことを果たして後悔するのか否かは遠い未来で判断することにしよう。
 ビエントは白金の長い髪を梳きながら小さく微笑んだ。かの女神は意識を保っていることができないほどに消耗している。彼女を蝕む瘴気の量は尋常ではなく、白かった柔肌のほとんどを黒く染め上げてしまっていた。数千年に渡って瘴気を抑え込んできたその忍耐は賞賛に値する。ここまで耐えてきた彼女の、世界へ向ける愛はあまりにも大きかったのだ。そんな女神の細い体躯を、周りに渦巻く瘴気から守ろうと抱きしめる。
 身体のあらゆる場所から悲鳴があがる。それが自分のうめき声だったのか、瘴気に含まれた悲鳴なのかは定かではない。決して静寂と言えない怨嗟の声の中、ビエントは瞼を閉じた。
 女神から生み出された自分が女神よりも長く瘴気を抑えることは不可能だろうと分かっていたけれど、抑え込んでみせようとそう思わせたあの少年へ期待を込めて。
 ぎゅ、と子供のように女神を抱きしめた青漆の精霊は、溶けることはなく黒い黒い瘴気の中に飲まれていった。




久遠のプロメッサ 第一部三章 救国の旗手 完



「おーい、どこ行くんだよ」
「……」

 日差しの差し込む明るい廊下。しかし、そこに壁がある限り影も伸びている。クロウに呼び止められてソフィアは立ち止まった。光の当たらない、暗い影の中に。
 量拳を握りしめて振り向いた彼女の顔を見てクロウは片眉を上げる。無言を貫くソフィアが珍しく自分から視線を合わせてきたのだ。紫色の瞳には暗い眼光が浮かび、揺れている。端麗な顔立ちも相まって恐ろしいくらいの悲しさを感じ取ってしまい、クロウは顔をしかめた。隠す気は一切ない。

「ひっどい顔をしてるぜ? 綺麗な顔が台無しだ」
「……」
「お前が何を考えているのかは分かった。お前から訴えかけてくるなんて初めてのことだよなぁ……まぁいいや。とにかく休め」

 クロウは強引にソフィアの手を引いて元来た道を引き返す。フェリクスに頼み込んで部屋を貸してもらう気だった。あの王子なら快諾するだろう。そもそも街は壊滅状態なのだから宿をとることもできないはずだ。

「お前が抱えてる心配事はすぐに起きるものじゃない。今は寝て、落ち着くんだな」
「……」

 ソフィアの心を覗き込み、その深淵を目の当たりにしても努めて冷静でいようとクロウは心に決める。この淡藤の乙女が抱え込んでいたものの重さを正直甘く見ていたが。自分が持つ能力ですぐ相手の考えを読み取ってしまう癖を後悔しつつ盛大にため息を吐く。
 シアルワの一時的な平和が約束されたとしても、刻まれた闇は確かに渦巻き続けていた。


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久遠のプロメッサ 第二部一章 記憶海の眠り姫


















「どう、ルシたん。今回の結果は?」
「駄目だ。精霊は顔を見せもしなかった。この程度じゃあ脅威にも感じていないということだろう。……もっと別のものを考えなければ」
「ふーん。そういえばあの子は?」
「あの人形ならば独房だ」
「ルシたんのお仕置きって……あーあ、可哀想。でも弟君を刺しちゃったからね、仕方ないか。それで、あの子は使えそう?」
「未来予知を多少できたところで精霊を消すことはできない」
「それもそうだね。毒男君も人形作るには再現が難しいだろうし……もう少しサンプルが必要か」
「あぁ。できれば攻撃的な能力を持っていた方が良い。それか回復でも構わない」
「攻撃的かぁ、いるかねぇ……まぁいいや、毒男君に調べさせておけば。回復はいるみたいってのは知ってるけど」
「また情報を集めねばならない、か」

 俯いた際に少しだけズレてしまったメガネの位置を直し、ルシオラはため息をついた。

「もう少しだけ待っていてくれ……必ずあいつらを残らず滅ぼす手段を見つけてみせるから」
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