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夜明けの幻想曲 3章 救国の旗手

21 作戦会議

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 エルダーに軽く自己紹介をした後、シェキナが腕を組む。

「殿下を助けると言っても、どうしたらいいのかな。城にはビエントも居るんでしょう」
「ビエントを足止めできそうな殿下が今回、あちら側に囚われていらっしゃいますからね」
「それなら私が。少しだけなら対抗できるかも」

 一番の懸念、精霊ビエントの対処に自ら挙手をしたのはシャルロットだ。僅かに震えていたものの、その翡翠の目には確かな決意と勇気が感じられた。

「私、ラエティティアに居たときにビエントを転送させることができたの。あの力が使えれば少しは足止めできるかも」
「でも、危険では……」
「気休めだとは思うけど、俺もシャルロットの側にいます」

 心配そうに言葉を紡ぎかけたセラフィを遮ってレイが控えめに手を挙げた。顔を見合わせて微笑み合う二人を見て、セラフィは妹を案じる言霊を引っ込める。この二人なら大丈夫、と安心させる雰囲気をその身に受け止めたからだ。

「……それじゃあ、ビエントと遭遇した場合はシャルロットちゃんとレイ君に任せれば良いんだな」
「彼女にはそのための手段があるので。任せましょう。そして僕たちは殿下の救出へ行くのですね」
「その神子っていう力を姫様が持っているとしたら、とりあえず殿下から姫様を引き離した方が良いってこと?」
「えぇ。イミタシアにされただけで心を操り人形にできるわけではないことをシェキナはよく知っているでしょう? なら殿下の異変はあのお方によるものと考えた方が無難です。シアルワの神子が持つ力を考えるならば辻褄が合いますから」

 存在を隠された王女ベアトリクスの存在について、それを知らないレイとシャルロットに聞こえないようにしつつシェキナの質問にセラフィが答える。それを聞いたエルダーはがしがしと頭を掻いてため息をついた。

「王家にそんな力があったとはな。意思を誘導する力、か。それなら精霊以外にも殿下に影響を受けた騎士や従者たちが邪魔をしてくるかもしれないのか」
「フェリクスに従順なふりをしていれば傷つけずに済むのでは?」

 ミセリアの提案にシェキナが頷いた。

「そうだね。私たちはともかく、ミセリアとシャルロット、レイのことを姫様は知らないはずだよ。なら逃げ遅れた住民のふりしていれば万が一騎士に捕まってもなんとかなるかな」
「それじゃあ、もしも騎士や従者たちに声をかけられたら『住人の誘導中です』って説明しながら躱していけばいいんですね。了解です」
「途中まではそれで大丈夫だろう。だが」

 エルダーの鳶色の瞳がすぅ、と細められる。

「ビエントに遭遇した時はくれぐれも周りを傷つけることがないように」
「もちろん! 任せてください。そのために頑張ってきたもの」
「はは、頼もしい」
「もうそうなったら二人に任せて私たちはフェリクスの元へ直行しよう」

 胸元の花を模したペンダントを指でなぞり、ミセリアは視線を前へ向けた。さらりと揺れた前髪の隙間から除く黄金色が美しく煌めいた。その様は星の光すら霞むほどの月のようで。この時、この場にいた誰もが思った。あの太陽のごとき王子を救い出せるのは、彼女なのだろうと。

「あぁそうだ。エルデさんから聞きました。お城に入るには地下遺跡を通った方が良いそうです」
「なるほど。真っ直ぐ侵入するわけにもいかないな。それじゃあさっきの言い訳が使えない」

 頷いて、それからエルダーは顎に手を添える。組んだ膝を肘置きにして思案する。

(なぜラエティティアの外交官が地下遺跡のことを知っている――?)

 この穏やかそうな青年に聞いてもその答えが返ってくるわけがないのは分かり切っているのだが。恐らく利用されているだけなのだろう。本当にラエティティアの外交官なのかも分からない。エルダーは双子の弟と同じ名を持つ男を頭の隅へと留めて意識を作戦会議へと戻した。

「民には悪いが、しばらくこの教会から出ないようにしてもらおう。殿下に影響された民と接触させてしまえば何が起きるか分からない。無事な騎士たちに命じて教会を守らせる」
「了解です、団長。それでは、城に向かうのは次の明朝にしましょう」

 倉庫の小さな窓からは傾いた日の光が差し込んでいる。暗くなる夜は侵入には適しているのかも知れないが、逆に動きづらくもある。セラフィに反対する者はいない。
 終わりの雰囲気を感じ取り、エルダーが立ち上がる。若者達を安心させるように明るい笑みを浮かべて、一回手を叩く。皮の手袋越しにくぐもった音が倉庫に響いた。

「よし、時間まで各自好きに過ごせ。鋭気を養うんだ。いいな?」


***


「ミセリア」

 夜。白い月明かりが差し込む一室で一人佇んでいたミセリアは振り向いた。薄暗闇から光の下へ歩いてきたのはセラフィだった。
 セラフィは少し迷ったように目を伏せた後、ミセリアの前に小瓶を差し出した。その手首付近には白い包帯が巻かれていた。
 差し出された小瓶は不透明で中身は見えない。ミセリアが受け取ると、液体が入っていることは窺えた。アンティーク調の細工が施された小瓶を手のひらで転がす。

「これは?」
「確信はないのですが、殿下をイミタシアという呪縛から解放するための薬、とだけ言っておきます」
「イミタシアから人間に戻れるのか?」
「もう一度言います。確信はありません。ですが、可能性はあります。そして身体に害はないはずです。医療班に願いして固まらないようにしてもらったはずなので飲みやすいはず、多分」

 どうにもこうにもはっきりとしないセラフィにミセリアは怪訝そうに眉をひそめた。その様子を見てセラフィは苦笑する。

「すみません。ですが、殿下を救うのはミセリアだという自信ならあるので、これを貴女に預けます」
「……分かった。預かろう」

 怪しみながらもしっかりと頷いたミセリアを見てセラフィは安心したように肩を落とした。そして隣に並び、窓越しに月を見上げた。ミセリアもそれに倣う。

「今渡した薬は殿下のお体を救うことはできても、心まで救うことはできません。それをするのは貴女です。僕よりも貴女の方が相応しい」

 つ、と視線が向けられるのをセラフィは感じる。今セラフィが見上げている夜空のように静かな雰囲気を持ちつつも、心に秘めた情熱は太陽よりも熱い。今まさに燃え上がっているであろう彼女ならば、セラフィが忠誠を誓う主君を任せることもできよう。出会った頃には考えられなかったことだ。
 ミセリアは意外そうに瞬いた。

「言われなくても」

 力強い返事。ミセリアは口元を引き締める。そしてセラフィの肩をちょいちょいと小突き、真剣な顔で活を入れる。

「そう言うがな、お前もフェリクスを助けるんだぞ。主君だろう?」
「いてて、結構痛い、イテ、分かってますってばー!!」


***


 どこもかしこも真っ白だ。優しくて甘ったるい声が聞こえるが、それがどこから聞こえるのかも分からない。
 フェリクスはあまりにも濃すぎる霧の中をひたすらに歩いていた。地面があるのかすら見えないほどに濃い霧だ。歩いた感覚はふわふわと曖昧で、空を飛んでいるのかと錯覚してしまいそうになる。もちろんフェリクスにはそんな能力はないためあり得ないのだが。
 どこへ向かおうか。どこに行くことができるのか。ただ歩き続けることしかできない。立ち止まってしまったら、この霧に囚われてしまいそうで。

「フェリクス、沢山歩いて疲れたでしょう? 少し休憩したらどう?」

 どこからか聞こえる甘い声。たっぷりと蜜を含んだ果実のような、とろりと重い声。その声を振り払うように頭を振る。

「駄目だ駄目だ、俺はこんなところで立ち止まっていられないんだ。みんなが頑張っているのに俺だけ休んではいられない」
「貴方は良い子ね。でも今は頑張る時ではないの。貴方がそこにいることで救われる人がいるのよ……どうかそこにいて。私を愛して」
「でも見えないじゃないか。どこにいるんだ? 場所が分からないと救えないよ」
「……いいの。貴方が離れないだけで私は良いの。お願いよ、どこにも行かないで。私の箱庭の中で、私を愛して」

 その言葉についフェリクスは立ち止まる。響く声があまりにも悲しそうだったから。どこか近くにいるのかもしれない、とキョロキョロ捜しながら。しかし、その途端霧が脚に纏わり付いてきた。鎖であるかのように全身に絡みつく霧はフェリクスを逃がそうとしない。

「なんだ、この霧……」
「それでいい、それで良いのよ。私を唯一救うことができる人――」

 ついに立っていられなくなり、フェリクスは膝をついた。霧はフェリクスの胴、腕へと絡みついてくる。誰かの意思を感じる。

(動けない)

 声すら出すことが出来なくなる。フェリクスは歯を食いしばって立ち上がろうとするが、上手くいかない。頬を掠める霧が、誰かの手のように錯覚する。誰かが自分の顔や頭をゆっくりと撫でている。

(俺一人じゃ、ここから逃げられない――)

 つい下向きになる心を逃がさんと、どんどん霧が濃くなりそして重くなる。もがいても自由になることが叶わない。

(誰か――)

 そこでフェリクスは気がついた。霧の向こうからでも届く強い光。白金の長い髪を揺らす少女が蹲っている姿がぼんやりと見える。泣いているのだろうか。そして彼女に迫りゆく、黒い

(あれは)

 動かなくなる手を必死に伸ばそうとして、フェリクスの意識はやがて白く塗りつぶされていった。
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