上 下
77 / 115
夜明けの幻想曲 3章 救国の旗手

14 逃亡

しおりを挟む


 エルダーの攻撃を避けることができなかった男は大きく咳き込みながら階段に倒れ伏した。エルダーは男の上にまたがり、その両手を後ろで掴み挙げる。
 男は息を整えた後に可笑しそうに笑った。もう本性を隠す気はないらしい。

「お前は誰なんだ」

 フェリクスが問うと男はに口元を歪めて小さく息をため息をついた。
 すると男の輪郭がぼやけた――ように見えた後、男はエルダーそっくりの容姿から一瞬にして姿を変えた。フェリクスとエルダーは揃って目を見開く。人間にはできない、まるで魔法のような光景に驚きを隠せない。男の見た目はマグナロアで最後に見た怪しい少年のものへと変貌した。

「お前、マグナロアの」
「俺の仕事はここまでだ。……そこのジジイ、俺に長く触らない方が良い。その手が溶けても知らないぞ」
「ぬっ」

 青年の腕を掴んでいたエルダーの手から煙が上がる。同時に焼け焦げたようなニオイがしてフェリクスは顔をしかめた。それが皮膚の焦げる匂いである事にすぐには気がつかず、エルダーがパッと手を離した時に漸く悟る。手を離してもなお膝で青年の胴を押さえつけてはいるが、火傷を負ってしまったようだ。

「エルダー!」
「この程度、大した問題ではありません。しかし、この男――」
「俺、マグナロアでも見たんだ。名前は、えっと」
「教えるギリはないね。そろそろお暇する時間だ」
「!!」

 青年は橙色の瞳を細め、自由になった腕を思い切り伸ばした。その先にはフェリクス。

「殿下!」

 青年を止めようとエルダーの体勢が崩れる。その瞬間を狙って青年は拘束から抜け出し、転がるようにして数段降りる。そして素早く立ち上がると不気味な笑みを浮かべながら身を躍らせるようにして階下へと逃げていった。
 追いかけなくてはと二人が一歩踏み出した時、新たな声が上の方から降り注いだ。

「フェリクス」

 階段の上を見上げると、そこにはフェリクスと同じ色彩を持つ二人の青年が並んで立っていた。一人は長く伸びた髪を黄金で作られた豪奢な髪留めでまとめている。一人は短い髪を丁寧になでつけている。二人とも唇に薄い笑みを貼り付けており、石榴石の瞳に生気はない。

「ラック兄さん、ソルテ兄さん」

 二人はフェリクスの腹違いの兄達だった。かつてはフェリクスをあからさまに疎み、命すら奪おうとした傲慢な性格の持ち主だったはず。こんな感情の読めない顔をするような人間ではなかったはずだ。先ほどの青年は階下へ逃げたばかり。何人も擬態できるような能力をもつ存在がいるとは考えにくい。フェリクスは寒気を感じて身構える。
 するりと差し出される手に、その寒気は悪化する。
 何かがおかしい。

「お前を待っている人がいる」
「さぁ、行こう」
「……」

 エルダーに擬態した青年も、ラックもソルテもフェリクスをどこかへ誘導しようとしている。それを感じ取ったのかエルダーが前に出た。

「ラック様、ソルテ様。ここは危険です。避難しましょう。殿下はあのお方の元へ」

 そう言いつつフェリクスに目配せをする。エルダーの言う“あの方”とは姉ベアトリクスのことだろう。隠されたあの場がもしかしたら一番安全なのかもしれないが、念のためベアトリクスの安全を確かめる必要もある。フェリクスは小さく頷いて、元来た道を引き返した。
 心臓のドクドクと激しい音を気にしないようにしながら。


***


「う、うぅ~~」

 シャルロットは若干涙目になりながらレイの肩にしがみつく。しばらく走っていたレイだが、そう長く走れるワケではない。体つきが華奢なシャルロットであるとは言え、人を一人抱えて走るのは難しい。城までの距離はまだある。そして彼等の背後には増えに増えた獣たち。

「増えすぎだよー!!」

 必死になって獣を撃退してきたシャルロットだが減る様子が一向にない現状に心が萎んできてしまっている。
 周りには共に逃げる民達が併走している。はじめこそ見たこともない黄金の花に驚いていた民達だが、自分たちに害をなす存在でないと知るや否やなるべく離れないように走り出したのだ。恐怖を抱かれない分マシなのかもしれない。
 周囲の建物は獣の尾や脚によって傷つき、倒壊しているものや火が上がっているものもある。美しい町並みにはほど遠い光景となってしまった。

「ごめんシャルロット、もう少し頑張れる……?」
「……うん!!追いつかせはしないから」

 レイが息を切らしながら発した問いにシャルロットは気合いを入れ直す。どうにか増援が来るまで持ちこたえねばならない。自分にはそれが出来る力があるのだから。
 そうしてしばらく攻防を続けていると、噴水広場までどうにか辿り着くことができた。しかし、場が広くなった分、獣が動ける範囲も広がる。そうなるとシャルロットが注意するべき範囲も広がる。城に近くなったとはいえ、厳しい状況だった。

「っ!!レイ!!」

 黄金の花弁全てが獣を貫く。再び花弁を生成する前に別の獣がレイ達の前に飛び出た。慌てて立ち止まるが、その隙に囲まれてしまった。
 シャルロットは疲労が溜まりつつも大急ぎで意識を集中させる。

「あ――だめ、間に合わな――」

 道を開く前に獣が動き出す。レイがシャルロットを庇うように抱きしめ、シャルロットが恐怖に目を閉じ、民の叫びが響いたその時だった。

「よく頑張ったね」

 獣の巨体が宙を舞った。真っ赤な血を散らしながら。
 長い黒髪と赤い服、銀の槍。
 セラフィは一体を屠ったと確認すると止まることなく他の獣へ槍を突き出す。肉を抉るように突き刺したそれをぐいっと上に向けた。重さは相当あるはずだ。それを苦にせず槍に刺さったままの獣を背後に迫っていた別の獣に叩きつけた。

「セラフィお兄ちゃん!」
「さぁ、早く城へ」

 セラフィだけではない。無傷な民家の屋根に登っていたシェキナが弓を構え、次々と矢を放っている。矢は的確に獣の頭を貫き、見事に動きを止めている。
 ナイフを持ったミセリアも民を城へ誘導し始めていた。
 騎士達も続々と広場へ集まってきている。

「お二人は殿下の元へ。どうか殿下を守ってやってください」
「分かった。レイ、行こう。私もう走れるから」
「あぁ。セラフィさん、ありがとうございます」
「えぇ。ここは僕たちに任せて」

 レイとシャルロット、そして民たちが逃げていく。
 けほ、と小さく咳き込む。体調は万全ではない。
 フェリクスがどうしているかだけが心配だったが、今は主君が愛する国を守るべきだ。
 セラフィは訪れた災厄を睨み付けた。

「セラフィ!!ミセリア!!みんな!!工業区の方からも来てるっぽいよ!一応対処しておくけど気をつけて!!」
「了解」
「あ、あぁ」
「シェキナさんは今日も素敵だなぁ」
「そこ、敵に集中してください」

 こっそり頬を染めた騎士がいることを見逃さずツッコミを入れつつセラフィは二体同時に片付ける。一体一体が強いわけではない。ただ数が多いのだ。

「こんな生物、見たことがない――」

 精霊による襲撃なのだとしたら人間にもかろうじて倒せるような獣をわざわざ生み出すのだろうか、と考えてありえないと断ずる。精霊一体で人間を殺すなど造作もないこと。これは人災なのかもしれない。だとしたら、と獣の腹に蹴りを入れて思考する。

(兄さん)

 過ぎった兄の顔にセラフィは顔を曇らせる。
 確信はないものの、花畑での態度から可能性はあるのだ。

(後で考えよう。今は早くこいつらを片付けて殿下達の元へ)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

"死神"と呼ばれた私が、"バケモノ"と呼ばれた彼らに溺愛されました

夢風 月
ファンタジー
とある王国の伯爵家令嬢として幸せに暮らしていたはずの少女は、訳あって奴隷へと身を落とした。 奴隷商人の元から何とか逃げ出そうとしたところ、真っ黒なマントに身を包んだ男に出会う。 美醜への目が厳しいその国でとても"醜い"見た目をしている彼は『バケモノ』と呼ばれていた。 "醜い"彼に連れられやって来た小さな家には、男の他にも数人の"醜い"男達が肩を寄せ合って暮らしていた。 彼らはどうやら醜さ故に様々な問題を抱えているようで……? これは、心に傷をおった4人が贈る、ちょっぴり切ない恋物語──。 ※溺愛に至るまでそこそこ時間がかかりますがどうぞご容赦を※

神様に転生させてもらった元社畜はチート能力で異世界に革命をおこす。賢者の石の無限魔力と召喚術の組み合わせって最強では!?

不死じゃない不死鳥(ただのニワトリ)
ファンタジー
●あらすじ ブラック企業に勤め過労死してしまった、斉藤タクマ。36歳。彼は神様によってチート能力をもらい異世界に転生をさせてもらう。 賢者の石による魔力無限と、万能な召喚獣を呼べる召喚術。この二つのチートを使いつつ、危機に瀕した猫人族達の村を発展させていく物語。だんだんと村は発展していき他の町とも交易をはじめゆくゆくは大きな大国に!? フェンリルにスライム、猫耳少女、エルフにグータラ娘などいろいろ登場人物に振り回されながらも異世界を楽しんでいきたいと思います。 タイトル変えました。 旧題、賢者の石による無限魔力+最強召喚術による、異世界のんびりスローライフ。~猫人族の村はいずれ大国へと成り上がる~ ※R15は保険です。異世界転生、内政モノです。 あまりシリアスにするつもりもありません。 またタンタンと進みますのでよろしくお願いします。 感想、お気に入りをいただけると執筆の励みになります。 よろしくお願いします。 想像以上に多くの方に読んでいただけており、戸惑っております。本当にありがとうございます。 ※カクヨムさんでも連載はじめました。

世界に差別されたソロ冒険者、女魔導士に取り憑かれる 〜実質俺以外が戦ってます〜

なかの豹吏
ファンタジー
   世界は少数民族である亜人に冷たかった。 ノエルはその亜人と人間のハーフという更に珍しい存在。 故に人間からも亜人からも敬遠されてしまう。  辺境暮しから飛び出し冒険者になったものの、世界の法は亜人に厳しく、パーティ登録が亜人の場合ソロでしか活動出来ないという悪法が定められていた。  しかし、サポートとして唯一許されているのが派遣冒険者。 ノエルは一人では厳しいと感じるクエストに初めて派遣を頼る。  だがそれが、彼の今後を大きく変えてしまう出会いの始まりだったのだ。  シリアス無縁の(ちょっとはあるけど)ギャグラブコメファンタジーの世界で、ふんわりしてみませんかぁ? ※この作品は他サイトでも掲載されています。

異世界に召喚されたオレだが、可哀そうだからゴブリンを殺せない

たけるん
ファンタジー
異世界で召喚されたナオキは、同様に召喚された仲間と魔物を倒すように言われるが、魔物とは言え生き物を殺すことに抵抗があった。そんなナオキへゴブリンを殺すよう強要されるがナオキは拒否をし、逃亡する。その逃亡した先での出会いがナオキの今後を左右することになるとは思いもしなかった。窮地に立たされた時、ナオキはどんな決断をするのか? ナオキの選んだ道とは?

今世は精霊姫 〜チートで異世界を謳歌する。冒険者?薬師?...側妃!?番!?〜

Ria★発売中『簡単に聖女に魅了〜』
ファンタジー
チートな精霊姫に転生した主人公が、冒険者になる為の準備をしたり、町興ししたり、義兄とイチャラブしたりするお話。 義兄が徐々に微ヤンデレしてきます。  一章 聖霊姫の誕生  二章 冒険者活動前の下準備  三章 冒険者になるはずが、王太子の側妃になる事に。  四章 思案中(獣人が出てくる予定)  ※注意!義兄とは二章で、王太子とは三章で、体の関係があります!朝チュン  ※ちょっと設定が一般受けしないので、注意が必要です!  ※作者が割となんでも有りな話を書きたかっただけという・・・。  ※不倫描写があるので苦手な人は逃げてっ  ※見切り発車。  ※ご都合主義  ※設定ふんわり  ※R15は保険  ※処女作  ◇ ◇ ◇ 【あらすじ】  転生先は...人間でも、獣人でもなく...精霊姫!  精霊姫の使命は、世界樹に力を注ぎ世界を維持することのみ。それ以外は、何をどうしようと好きに生きて良し!  何それ!?  冒険者になろうか?薬師になろうか?それとも錬金術師?  町興ししたり、商売して、がっつり稼いだり、自由に満喫中。  義兄様とイチャラブしたり、冒険者になろうとと準備していたはずが、王太子の側妃になっちゃったりする緩いお話。  主人公割と流されやすいです。  ◇ ◇ ◇  初めて小説書くのに、一般受けしないの書いてしまったので・・・やっちゃったな!とか思いましたが、好きに書いていきたいと思います♪

六花の陰陽師

神無月 花
ファンタジー
主人公・六花は、安倍晴明の直系の末裔で、東京に居を構える東京分家の当主の娘。そして実は、六花の家系は、900年前に関東に逃げ延びた九尾の金狐を封印する役目を担っている家系であった。 ーー安倍 六花(あべ りっか)、今日も元気に女子高生陰陽師頑張ります! ⭐️いとこ同士の恋愛要素があります。苦手な方はご注意ください。

異世界帰りの元勇者、日本に突然ダンジョンが出現したので「俺、バイト辞めますっ!」

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
俺、結城ミサオは異世界帰りの元勇者。 異世界では強大な力を持った魔王を倒しもてはやされていたのに、こっちの世界に戻ったら平凡なコンビニバイト。 せっかく強くなったっていうのにこれじゃ宝の持ち腐れだ。 そう思っていたら突然目の前にダンジョンが現れた。 これは天啓か。 俺は一も二もなくダンジョンへと向かっていくのだった。

異世界二度目のおっさん、どう考えても高校生勇者より強い

八神 凪
ファンタジー
   旧題:久しぶりに異世界召喚に巻き込まれたおっさんの俺は、どう考えても一緒に召喚された勇者候補よりも強い  【第二回ファンタジーカップ大賞 編集部賞受賞! 書籍化します!】  高柳 陸はどこにでもいるサラリーマン。    満員電車に揺られて上司にどやされ、取引先には愛想笑い。  彼女も居ないごく普通の男である。  そんな彼が定時で帰宅しているある日、どこかの飲み屋で一杯飲むかと考えていた。  繁華街へ繰り出す陸。  まだ時間が早いので学生が賑わっているなと懐かしさに目を細めている時、それは起きた。  陸の前を歩いていた男女の高校生の足元に紫色の魔法陣が出現した。  まずい、と思ったが少し足が入っていた陸は魔法陣に吸い込まれるように引きずられていく。  魔法陣の中心で困惑する男女の高校生と陸。そして眼鏡をかけた女子高生が中心へ近づいた瞬間、目の前が真っ白に包まれる。  次に目が覚めた時、男女の高校生と眼鏡の女子高生、そして陸の目の前には中世のお姫様のような恰好をした女性が両手を組んで声を上げる。  「異世界の勇者様、どうかこの国を助けてください」と。  困惑する高校生に自分はこの国の姫でここが剣と魔法の世界であること、魔王と呼ばれる存在が世界を闇に包もうとしていて隣国がそれに乗じて我が国に攻めてこようとしていると説明をする。    元の世界に戻る方法は魔王を倒すしかないといい、高校生二人は渋々了承。  なにがなんだか分からない眼鏡の女子高生と陸を見た姫はにこやかに口を開く。  『あなた達はなんですか? 自分が召喚したのは二人だけなのに』  そう言い放つと城から追い出そうとする姫。    そこで男女の高校生は残った女生徒は幼馴染だと言い、自分と一緒に行こうと提案。  残された陸は慣れた感じで城を出て行くことに決めた。  「さて、久しぶりの異世界だが……前と違う世界みたいだな」  陸はしがないただのサラリーマン。  しかしその実態は過去に異世界へ旅立ったことのある経歴を持つ男だった。  今度も魔王がいるのかとため息を吐きながら、陸は以前手に入れた力を駆使し異世界へと足を踏み出す――

処理中です...