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夜明けの幻想曲 3章 救国の旗手
10 王子の帰還
しおりを挟む「落ち着きな、殿下。気持ちは分かるけどあのガキンチョの嘘かもしれないよ?」
「でも、なんだか嫌な予感がするんです。やっぱり俺、一回戻ります」
歩き出したフェリクスを引き留めたのはレオナだ。レオナは冷静さを失いかけていたフェリクスに対して落ち着いて話しかける。肩に手を置き、軽く力を込めながら。
フェリクスも一度足を止めてレオナの方を振り返る。
「戻るって言うなら止めはしないよ。けど、殿下はシアルワの次期王で、みんなに心配されているってことは忘れないでくれ」
「……はい」
「よし。それじゃあ馬車を手配しよう。流石に徒歩で帰るわけにはいかないだろう?」
「……はい。ありがとうございます」
にこりと慈愛の籠もった笑みを向けられ、フェリクスは頷くしかない。確かにマグナロアとシャーンスは離れている。走って行くよりはレオナの言葉に甘えた方が賢明だ。
周りの住人にテキパキと指示を出していくレオナと項垂れるフェリクスを交互に見て、ミセリアは何と声をかけるべきかと迷う。その静かな狼狽を見抜いていたかのようにセラフィが微笑む。
「心配しなくとも大丈夫です、ミセリア。例え何があろうと僕が貴女も守りますよ」
「お前、それ挑発しているだろう」
「バレましたか」
ほんの少しだけ「僕」を強く発言するセラフィにミセリアはため息をついた。その言葉に「殿下を守る力があるのならば協力してくれるでしょう?」という意味が込められているのはミセリアにも分かる。
「分かっている」
小さく頷いて、ミセリアは急に無口になった王子の横顔を見つめた。
「ところで、シャルロット達はどうします?」
ソフィアと共に戻ってきていたシャルロットとレイの二人にセラフィが声をかける。
急に話しかけられて驚いたのかシャルロットの肩が跳ねる。翡翠の目をぱちりと瞬かせ、少女は両手を握りしめた。
「私も行こうかな、なんて思っているんだけど……。もしも悪い人がシャーンスに来たのなら、少しは役に立てるかもしれないし」
「俺は彼女に着いていきます」
シャルロットもソフィアの協力の下、自らの力を制御できるように訓練していたとフェリクス達も聞いている。自信ありげなその表情から、どうやら成長したらしいことが窺える。レイもレイで特訓はしていたらしい。いつもの優しげな顔を崩さないままに、力強く頷いた。
「ありがとう、二人とも。……何事もなければ俺がシャーンスを案内するよ。とても良いところなんだ」
二人に向かってフェリクスは微笑んだ。不安からか、元気はなさそうな笑みだったが。
***
「それじゃあ殿下、気を付けて。この一月、楽しかったよ」
「はい、俺もです。また来ますね」
「何かあったら知らせをくれ。すぐに飛んでいくよ」
「頼もしいです」
「セラ坊やミセリアちゃん、シャルちゃんとレイ君も元気でね」
それぞれに向かって声をかけるレオナに、フェリクスたちは軽い挨拶と頷きによって応えた。
セラフィが御者を務める赤銅色の馬車が動き出す。
「ここから三日くらい、ですかね。ちょっと揺れますけど、殿下はお休みになってください」
「うん」
マグナロアの門から離れる。後ろから声をかけてくれるマグナロアの人々に手を振り、見えなくなったころに窓から顔を引っ込める。そしてフェリクスはため息をついた。
その様子を見ていた三人が顔を見合わせる。
「そ、そういえばソフィア達はどうしているんだろう」
いつも明るいフェリクスの元気がないからだろうか、シャルロットが話題を提供しようと試みる。微妙に振る話題が合わないような、とミセリアは思ったがその点については黙っていることにした。
「クロウを追っていったけど、心配はいらないと思う。クロウはヴェレーノっていう人に対して怒っていたみたいだ」
「知り合いだったってことでしょうか」
「うん。多分そう……。それにセラフィとも」
「……」
ミセリアは視線が下に向きつつあるフェリクスの耳たぶをつまんだ。そして軽く引っ張る。
「イテテ、ミセリア痛いよ」
「いつものお前らしくないぞ。『何があって俺が国を守るんだ!』って思っていればいいんだ。何事もなければそれでよし、何かあっても戦えばいい」
「……そう、だよな。でも今回はなんだか嫌な予感が消えないんだ。少し寒くて。ミセリア、膝枕でもしてくれる?なーんて」
「良いぞ」
「やっぱり駄目か……へ?」
気がつけば肩を鷲づかみされ、思い切り引き倒される。フェリクスの頭はミセリアの膝の上。フェリクスが混乱していると、ミセリアは席の後ろに積まれていた膝掛けを引っ張り出してフェリクスの身体にかけた。
「疲れたな。着くまで何もすることがないし、寝よう」
まさかミセリアが、と固まっていたフェリクスは正面に座っていたレイとシャルロットへ視線を向けた。何と反応したら良いのか、と無言の助けを求めるも二人は空気を読んで目を閉じていた。心なしか口元が緩んでいる気がする、とフェリクスは気恥ずかしさを覚えた。
おまけに頭を撫でられている。なんだか心地よくて、温かくて、フェリクスは静かに眠りへと落ちていった。
***
「殿下、見えてきましたよ」
三日が経った。目を閉じて待っていたフェリクスは暗闇から目を覚ました。寒気はまだ収まらない。
窓から外の様子を覗くと、白亜の壁が広がっていた。
「シャーンスだ」
あの向こうには白い外壁と赤い屋根の家が連なっているはずだ。少し懐かしい気がする、フェリクスの生まれ故郷。
検問の前で馬車が止まる。外でセラフィと憲兵が話をしているらしい。穏やかそうな声色を聞いて、フェリクスは馬車の扉を開けた。
「あ!殿下!!お久しぶりです!!」
落ち着いた赤色の鎧を纏った若い憲兵は、フェリクスを見るなり顔を輝かせた。ぶんぶんと手を振って駆け寄ってくる。
「久しぶり、ルーベル。シャーンスは変わりない?」
「はい!殿下の誕生祭で殿下が居なくなった時はそりゃあ大騒ぎしましたけど、元気に旅をしていると連絡を受けてからはみんなホッとして落ち着きを取り戻しましたよ。ぜひみんなに顔を見せてやってください」
「あぁ。そうすることにするよ……セラフィ、歩いて城に戻ってもいいか?寄り道沢山するけど」
くるりとセラフィの方を振り向くと、セラフィは他の憲兵に馬車を預けようとしているところだった。ミセリア達は既に外に出ている。
「あ、はい。そのつもりでした」
「プレジールの門もすごかったけど、シャーンスの門も大きいね」
「街はどんな風になっているんだろう」
「自由だなぁ」
目を輝かせたシャルロットとレイを見てフェリクスは笑う。
「プレジールでも説明したけど、シャーンスも凄いんだぞ。後で見ていこう」
***
シャーンスはフェリクスが思っていたより随分と平和で、平穏そのものだった。心配していたような不穏さは一切なく、住人たちはいつも通り生活していた。皆が皆フェリクスを見つけた途端に嬉しそうに駆け寄り、思い思いに話をしたがった。それに対応するフェリクスは胸のつっかえが軽くなっていくような、そんな感覚を味わう。
(みんな変わらない。みんな無事。良かった)
けれど、完全になくなったわけではなく。そんなフェリクスに気がついているのかいないのか、ミセリアは時々「無理はするなよ」と声をかける。
シャーンスの紹介をしつつ、フェリクス達は城へと向かった。
「ここには、やっぱり第二王子もいるのか?」
「えぇ、そうですね。ついでに性悪第一王子もいらっしゃいます。ミセリアにとっては気まずい相手かもしれませんが、何か言われても無視してくださいね。殿下がいるかぎりはあの方々が何を言おうが大丈夫ですから」
「そ、そうか」
フェリクスの兄であるシアルワ王国第一王子ラックと第二王子ソルテの発言力は低いのだと、どことなく闇を感じる発言にミセリアは曖昧な返事しか返せない。若干棘のある物言いからしてセラフィはその兄王子達のことを嫌っているのだろう、と察しはつく。何か嫌な思い出があるのかもしれない。フェリクスは苦笑いをしている。
兵に出迎えられつつ、正面から城の扉をくぐる。重厚な扉が開かれ、その先には騎士と侍女が綺麗に並んで待っていた。
「お帰りなさいませ、フェリクス殿下」
いの一番に口を開いたのは黒いメイド服を纏った若い侍女だ。肩より少し長い栗色の髪に、勝ち気なトパーズの瞳。薄い唇には柔らかい微笑みが浮かんでいた。
「ただいま、シェキナ、みんな」
フェリクスは家族同然の家臣たちに、笑顔で帰還の言葉を告げた。
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