52 / 115
夜明けの幻想曲 2章 異端の花守
23 貴方が私を守る理由
しおりを挟む「ん……」
「あ、気がつきましたか?痛みはどうです?」
「あ、そっか。俺怪我して……痛みはないよ」
「痛み止めを持ってきて正解でした。今は休んでください」
レイが睫毛を震わせながら目を覚ましたのは応急手当が終わって五分も経たない頃だった。アルが飲ませた痛み止めのせいか苦しげな表情は消えていたが、出血したせいか顔は青白い。
「ビエントは……」
「今はゼノ様が押さえてくださっていますが、いつまで持つかは……」
「なんとかしないと」
「レイさんは駄目ですー!」
ものすごい勢いで身を乗り出し、少し頬を膨らませているアルにレイは頷かざるをえない。薬の効果もあって全く動けないというわけではない。
(いざとなったらシャルロットとアル君を抱えて逃げよう……多分できる。あの精霊さんは飛べるみたいだしなんとかなるかな)
アルに止められてもそんな思考をするレイ。そこまで考えてようやく自分の身体に視線を落とした。
怪我をした腕と胴には白い包帯が巻かれている。若干血が滲んでいるが、しっかりと止血をしてもらったということが分かる。「ありがとう」と感謝の言葉を述べようとしたところで、レイは自分の素肌がかなり露出していることに気がついた。
普段他人に見せることのない素肌に刻まれた痣の数々。誰にも言わなかった痕は、手当をしてくれた二人には見られているはずで。お世辞にも綺麗とは言えない身体を見て二人は不快に思ってしまったのではないか、と眉をひそめた。
黙りこくったままのシャルロットをレイは見る。うつむいているシャルロットの顔は暗い。何かを思い詰めているようだ。
「シャルロット」
「ねぇ、レイ。聞いてもいいかな」
シャルロットが顔を上げた。泣いてこそいなかったが、悲哀と憐憫に瞳が僅かに揺れた。
「その傷……いつから?痛くなかったの?」
「……」
空気を読んでかアルが黙り込む。
小さく深呼吸した後、レイは穏やかに微笑んだ。
「もう忘れたよ。痛くないから安心して。何も心配することなんてないから」
「心配するよ……。だってレイはいつも私の側にいてくれて、守ってくれた。今だってそうでしょう?」
シャルロットはレイの側に寄り、横たわるレイの頭を軽く撫でる。
「嬉しかったの。これは本当の気持ち。多分、私は今レイがいないと何もできない弱い子なの。レイに守られてばかりの、無力な子」
「そんなことは……」
「だから教えてよ。あの森で何があったのか。……話を聞くくらいだったら、きっと私にもできるから」
シャルロットとレイの脳裏に青い葉が茂る森が浮かんだ。
「……」
「住人さんたちだよね。何もしていないレイに掴みかかったあの人たち。あの時レイは抵抗しなかった。あのまま事が進んでいたらきっと、レイは……」
シャルロットには、レイの傷跡の原因は森で暮らす人々であるとしか考えられなかった。彼等はレイに対して恫喝をしていたのだ。それ以上の暴力をレイが受けていたことは簡単に想像が出来る。
「君が庇ってくれたじゃないか」
レイは住人からの暴力を否定しなかった。
再び下を向こうとしていたシャルロットの頬へ手を伸ばす。そっと添えられた手は巡る血が少ないはずなのに温かかった。
「君が想像している通りだよ。確かに俺は、あの人達がする行為に抵抗しなかった。受け入れてしまっていた。だから人には見せられないような痕が残ってしまっているけれど」
「ソフィアには言わなかったの?彼女だったらきっとレイを助けられたのに」
レイは困ったように眉を下げて、一瞬視線を逸らした。
「……言えなかったよ。ソフィアはソフィアでやるべきことがあった。心配かけるようなことはしたくなかった」
「そんな……!」
「気がついたらこれが日常になっていて。俺がこうなってるってソフィアに知られたら、集落にはいられなくなってしまう。あの集落は彼女にとっても離れたくない事情があったみたいだし……彼女一人置いて逃げるわけにもいかないし」
どこまでも穏やかな顔で、自分が理不尽に受けてきた被害などなんでもないのだ、とレイは笑う。
「……君が光に見えた。あの時、君に庇ってもらえて俺、なんて言ったらいいのかな。本当に嬉しかったんだ。初めて俺を助けてくれた人……。初めて俺を連れ出してくれた人……。だから俺は、シャルロットを助けようと思ったんだ。君が元の生活に戻れる日まで。……ただ単に俺が一緒に居たかっただけっていうのも否定はしないけど」
シャルロットはレイの手を自分の手でぎゅっと握りしめる。気を遣って少し弱い力で握られたレイの手はシャルロットの頬から離れ、彼女の額へと運ばれる。その姿はまるで祈りのようだった。
「ごめんね」
震える唇から発せられたのは短い懺悔。
レイは小さく目を見開いた。
シャルロットの瞳は閉じられ、声は悲しげだったが。
刹那、瞼が開いて翡翠の瞳が顕わになった。つい先ほどまで揺れていた弱々しさは薄れており、力強い眼差しがレイをまっすぐに見つめていた。
「私、決めたよ」
もはやそこに迷いはない。
「少し前にレイは言ったね。私は私の望むことをしたらいいって。――私の望み、正直よく分かっていなかったけれど。今、ようやく分かったような気がするの」
もう一度、レイの手を握りしめる力を強める。自分の存在を示すように。
「私ね、これからもレイと一緒にいたいな。ルシオラお兄ちゃんを止めて、セラフィお兄ちゃんを助けて、その後もずっとずっと」
「……」
「レイのお料理美味しかったから、コツを教えて欲しい。レイは優しいから、お兄ちゃんたちもきっと受け入れてくれる。私たちはみんな家族を失ってしまっているから、レイ達が来てくれると生活がもっと楽しくなると思うの」
「……」
「だから、ね。レイ。――これからもずっと一緒にいてください」
レイの瞳の中で光が揺れた。
その光はキラキラと輝いていて、どこまでも温かかった。
レイは思い出す。
あの森にいたときのこと。ソフィアがいない独りの時。勢いよく開け放たれる扉と、罵声と共に入ってくる足音。自分の腕を強引に掴んで引きずり出し、暗い場所へ放り混む大人達。彼等はソフィアには知られたくないらしく、執拗に胴体や肩など服で隠せる場所を叩いた。殴った。蹴った。中には焼こうといた大人もいた。
ただの憂さ晴らしだ。彼等は皆、年若い人間ばかりを狙う精霊に巻き込まれ元の生活を奪われた犠牲者なのだから、時々恐怖と怒りがフラッシュバックしてしまうのかもしれない。それは仕方のないことだ、と当時十歳を迎えて間もなかったレイは考えた。そのまま、黙っていた。
レイが目を覚ますと、いつもそこは暗い場所だった。光の差さない場所で痛む身体を起こすのが日常と化していた。
今、目の前にいるのは今まで感じたこともない温かな光。あまりにもまぶしい光に、レイは思わず目を眇める。
「――」
あの日もそうだった。彼女の華奢な背中に守られて、レイは純粋に嬉しかったのだ。だから誓った。彼女が元の生活に戻れるまで守ろうと。それがきっと恩返しになるのだと。
レイは小さく頷いた。
言葉は上手く出なかった。
シャルロットはしっかりと僅かな肯定を受け取って、微笑んだ。やはりそこにはこれまでの弱々しさはない。
「約束だよ、レイ」
(ああ、こんなにも嬉しくて仕方がないのに。嬉しくて嬉しくて、こんなにも目が熱いのに。――俺、いつから泣けなくなってしまったんだろう)
いつから壊れてしまったのか、歓喜で赤く染まった目頭に涙が浮かぶことはなかったけれど。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
装備製作系チートで異世界を自由に生きていきます
tera
ファンタジー
※まだまだまだまだ更新継続中!
※書籍の詳細はteraのツイッターまで!@tera_father
※第1巻〜7巻まで好評発売中!コミックス1巻も発売中!
※書影など、公開中!
ある日、秋野冬至は異世界召喚に巻き込まれてしまった。
勇者召喚に巻き込まれた結果、チートの恩恵は無しだった。
スキルも何もない秋野冬至は一般人として生きていくことになる。
途方に暮れていた秋野冬至だが、手に持っていたアイテムの詳細が見えたり、インベントリが使えたりすることに気づく。
なんと、召喚前にやっていたゲームシステムをそっくりそのまま持っていたのだった。
その世界で秋野冬至にだけドロップアイテムとして誰かが倒した魔物の素材が拾え、お金も拾え、さらに秋野冬至だけが自由に装備を強化したり、錬金したり、ゲームのいいとこ取りみたいな事をできてしまう。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される
中山紡希
恋愛
父の再婚後、絶世の美女と名高きアイリーンは意地悪な継母と義妹に虐げられる日々を送っていた。
実は、彼女の目元にはある事件をキッカケに痛々しい傷ができてしまった。
それ以来「傷モノ」として扱われ、屋敷に軟禁されて過ごしてきた。
ある日、ひょんなことから仮面舞踏会に参加することに。
目元の傷を隠して参加するアイリーンだが、義妹のソニアによって仮面が剥がされてしまう。
すると、なぜか冷徹辺境伯と呼ばれているエドガーが跪まずき、アイリーンに「結婚してください」と求婚する。
抜群の容姿の良さで社交界で人気のあるエドガーだが、実はある重要な秘密を抱えていて……?
傷モノになったアイリーンが冷徹辺境伯のエドガーに
たっぷり愛され甘やかされるお話。
このお話は書き終えていますので、最後までお楽しみ頂けます。
修正をしながら順次更新していきます。
また、この作品は全年齢ですが、私の他の作品はRシーンありのものがあります。
もし御覧頂けた際にはご注意ください。
※注意※他サイトにも別名義で投稿しています。
エルハイミ‐おっさんが異世界転生して美少女に!?‐
さいとう みさき
ファンタジー
おっさん海外出張中にテロで死亡。
無事こちらの世界に転生(おいっ!)。でも女の子。しかも王家ゆかりの伯爵家!?
色々考えたけど「男とくっつけられるの嫌じゃぁっ!!」って事で頑張ってみましょう!
運命の美少女と出会いながら、ちょっとHなキャッキャうふふっ♡ して絶賛いろいろと(なところも)成長中!
「ごきげんよう皆さん、私がエルハイミですわ!」
おっさんが異世界転生して美少女になっちゃうお話です。
転生姫様の最強学園ライフ! 〜異世界魔王のやりなおし〜
灰色キャット
ファンタジー
別世界で魔王として君臨していた女の子――センデリア・エンシャスは当時最強の勇者に敗れ、その命を終えた。
人の温もりに終ぞ触れることなかったセンデリアだったが、最後に彼女が考えていた事を汲み取った神様に、なんの断りもなく異世界に存在する一国家の姫へと生まれ変わらせてしまった!?
「……あたし、なんでまた――」
魔王にならざるを得なかった絶望。恐怖とは遠い世界で、新たな生を受け、今まで無縁だった暖かい生活に戸惑いながら……世界一の学園を決める祭り――『魔導学園王者決闘祭(通称:魔王祭)』に巻き込まれていく!?
【完結】死ぬとレアアイテムを落とす『ドロップ奴隷』としてパーティーに帯同させられ都合よく何度も殺された俺は、『無痛スキル』を獲得し、覚醒する
Saida
ファンタジー
(こちらの不手際で、コメント欄にネタバレ防止のロックがされていない感想がございます。
まだ本編を読まれておられない方でネタバレが気になる方は、コメント欄を先に読まれないようお願い致します。)
少年が育った村では、一人前の大人になるための通過儀礼があった。
それは、神から「スキル」を与えられること。
「神からのお告げ」を夢で受けた少年は、とうとう自分にもその番が回って来たと喜び、教会で成人の儀を、そしてスキル判定を行ってもらう。
少年が授かっていたスキルの名は「レアドロッパー」。
しかしあまりにも珍しいスキルだったらしく、辞典にもそのスキルの詳細が書かれていない。
レアスキルだったことに喜ぶ少年だったが、彼の親代わりである兄、タスラの表情は暗い。
その夜、タスラはとんでもない話を少年にし始めた。
「お前のそのスキルは、冒険者に向いていない」
「本国からの迎えが来る前に、逃げろ」
村で新たに成人になったものが出ると、教会から本国に手紙が送られ、数日中に迎えが来る。
スキル覚醒した者に冒険者としての資格を与え、ダンジョンを開拓したり、魔物から国を守ったりする仕事を与えるためだ。
少年も子供の頃から、国の一員として務めを果たし、冒険者として名を上げることを夢に見てきた。
しかし信頼する兄は、それを拒み、逃亡する国の反逆者になれという。
当然、少年は納得がいかない。
兄と言い争っていると、家の扉をノックする音が聞こえてくる。
「嘘だろ……成人の儀を行ったのは今日の朝のことだぞ……」
見たことのない剣幕で「隠れろ」とタスラに命令された少年は、しぶしぶ戸棚に身を隠す。
家の扉を蹴破るようにして入ってきたのは、本国から少年を迎えに来た役人。
少年の居場所を尋ねられたタスラは、「ここにはいない」「どこかへ行ってしまった」と繰り返す。
このままでは夢にまで見た冒険者になる資格を失い、逃亡者として国に指名手配を受けることになるのではと少年は恐れ、戸棚から姿を現す。
それを見て役人は、躊躇なく剣を抜き、タスラのことを斬る。
「少年よ、安心しなさい。彼は私たちの仕事を邪魔したから、ちょっと大人しくしておいてもらうだけだ。もちろん後で治療魔法をかけておくし、命まで奪いはしないよ」と役人は、少年に微笑んで言う。
「分かりました」と追従笑いを浮かべた少年の胸には、急速に、悪い予感が膨らむ。
そして彼の予感は当たった。
少年の人生は、地獄の日々に姿を変える。
全ては授かった希少スキル、「レアドロッパー」のせいで。
休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。
ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。
剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。
しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。
休憩を使う事でスキルを強化、更に新スキルを獲得できてしまう…
そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。
ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。
その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった…
それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく…
※小説家になろう、カクヨムでも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる