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夜明けの幻想曲 2章 異端の花守
22 傷跡
しおりを挟む「どうしてビエントがここに」
「そりゃあお前の様子を見に来たからだよ、ゼノ。初めて人間と融合した精霊――まさにイミタシアのプロトタイプ。そんな貴重な資料を見逃すはずがないって話だろ?」
「プロトタイプ?まさか、あの無謀で下らないにも程がある計画をまだ諦めていないのか」
「お前のおかげだよ。お前が見事に人間と融合してくれたからこの計画は次の段階へ進めたんだ」
ギリ、と歯を食いしばるゼノをビエントは楽しげに見下ろす。
「力の弱い精霊と素質があるかも分からない人間で一国を滅ぼすほどの破壊力を秘めているというのなら、力のある精霊と素質がある人間を合体させたらどうなるんだろうな?ってな段階までは進んだぜ?……テラは、な」
「へぇ、お前はそこまで進んでいないということか」
「正直に言えばそうなるなぁ。もう十三年ほど前になるか?俺がこっそり育ててたイミタシアもテラに見つかっちまったしよ。まぁそれと同時に素質のある人間もう一人ゲット出来たからお咎めなしだったけどな」
両手を使って身振り手振りで大げさに語るビエントに、ゼノは嫌悪感丸出しの顔で挑発の言葉を吐き出す。
「そんなテラに一歩劣ったお前が僕の前に現れた理由は一つ。お前、テラから離反する気だろう」
「あったりー。俺の思惑を当ててくれてあーりーがーと。ってな訳で協力してくんね?神子っていう素質ありそうな素材もあるし」
「ミラージュのことか」
「もうひとりいるけどな。テラは着々と計画を進めてるぜ?そいつを邪魔するだけの仕事さ。……駄目か?」
「駄目に決まっているだろう」
あーあ、残念、とビエントはため息をついて右手の人差し指を立てて回し出す。緊張から冷や汗を垂らすゼノは、ビエントを睨み続けながらもアルを離そうとしない。
笑いつつも冷え込んだ瞳でビエントはそれを見据えると、ふい、と人差し指を下に向けた。長く伸びた爪が指すのはゼノではなく――シャルロット。
「じゃあ、こっちから」
「え?」
にっこりと笑いかけられた意味が理解できずに、ただ嫌な予感だけが襲う。そんな予感を感じた一瞬の後。
青の影がシャルロットの視界を覆い、次に赤色が散った。
たっぷり三秒は声が出なかった。
その三秒間の間、シャルロットの前で蹲る姿を見て息を一つ吸うことしかできなかった。
「――レイ!!」
その叫びが出たのは、レイがシャルロットを庇って倒れたと理解できたのと同時だった。ゼノとアルが目を見開く。
シャルロットは無我夢中でレイに近寄ってその顔を覗き込んだ。端正な顔に苦しげな表情と脂汗が浮かぶ。次いでシャルロットはその身体へと視線を滑らせた。
左の脇腹と腕を覆う服が綺麗に裂けて、青い服を黒く染め上げていた。
シャルロットはすぐに察した。
(あの風の刃だ)
こんな深く傷つくほどの恐ろしいものだったのだ。それがシャルロットに向けられて。本来この傷を負うべきだったのは自分だったのに。
「や、やだ」
シャルロットは自分の声が震えていることを自覚した。それと同時に、自分の背後から金色の光が差していることも。
レイに傷をつけたのは誰だ?――ビエントだ。
このままだとレイはどうなる?――死んでしまうかもしれない。
でも、この状況でどうすればいい?――まずは、危険の排除を。
シャルロットの背後には、美しい金色の花が精製されて主の命令を待っていた。
「レイを傷つけないで……!!」
シャルロットの絶叫に、あの日と同じように花弁が飛んでいく。人を傷つけることに特化した花弁が、傷つけないでと乞う少女の願いに反応してビエントへとまっすぐ向かっていく。
(コントロール、できない)
「シャルロットさん、落ち着いて!まずはレイさんの手当をしないと――」
(これが仲間を傷つけてしまったら嫌だ。レイを傷つけてしまったら嫌だ。怖い、どうすればいいの?)
戦闘態勢に入ったゼノから離れ、アルがシャルロットの近くに駆け寄ってくる。固まって動けなくなってしまったシャルロットへ必死に呼びかけるが、シャルロットは自分で自分を押さえ込めなかった。
「やだ、やだ……」
「大丈夫」
優しい声がシャルロットの張り詰めた心に響く。
するりと伸びた手がシャルロットの頬に添えられ、どこまでもどこまでも優しい温もりを伝えてくれる。
「大丈夫だよ」
「レ、イ」
「シャルロットは強いから……きっと大丈夫。だから、深呼吸」
レイに言われるがまま、シャルロットは大きく深呼吸をした。
不思議と身体の中で根付いていた緊張がほぐれ、手が動くようになってきた。まだ震える指先でレイの手を包み返すと、レイは安心したように目を眇めて、そして閉じた。一瞬慌てたシャルロットだが、アルの「気を失っているだけです」という言葉になんとか平静を取り戻す。
「せっかく面白いことになると思ったのにこれで終わりか。早いな」
「よそ見している暇はないぞ、ビエント」
「おっと。それじゃあお手並み拝見といきますか」
天空では、襲い来る金色の花弁から逃げ続けていたビエントが口を尖らせた。そこへゼノが手にした光の長剣で斬りかかる。
二人の精霊の争いは天空で続く。
地上では落ち着きを取り戻したシャルロットがアルの指示を受けてレイの傷に触れないように、慎重に服を裂いていた。流石にすべてを破くわけではない。手当をするのに必要最低限の箇所だけである。
「これは――」
あることにシャルロットは気がついた。アルから鋏を借りて、謝りながら腕を覆っていた袖を切っていた時だった。風の刃に切られた傷口は鮮血を流している。
問題は傷口の周りだった。
「なに、これ」
黒々とした痣。内出血をした痕だろうか。見ていて痛々しい“古い傷”が、普段は服に隠れて見えない部分に無数に刻まれていた。
アルもこれには絶句した。しかし、今は流れる血を止めることの方が先決だ。
「シャルロットさん、続けて脇腹の方をお願いします。僕は腕の方の止血をしますから」
「う、うん」
アルは準備していた薬と包帯などの道具を使ってテキパキと止血をしていく。セラフィの手当をして貰った時にも感じたことだが、この年下の少年は、根は大人びていて子供らしさはあまり感じない。
シャルロットは座る位置をずらし、レイの左脇腹付近の布を切り裂く。シャルロットが危惧していた通り、レイの胴体にも痛々しい痣が刻まれている。
「……」
シャルロットがレイと出会って、レイが大けがをしたことはなかった。切り傷はもちろん、蹴ったり殴られたりの痣が残るようなことはなかったはずだった。
なら、この古い傷は。
シャルロットは思考を走らせて、唇をかみしめた。
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