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夜明けの幻想曲 2章 異端の花守
6 国立研究院
しおりを挟む「あ、あのね、レイ」
「?」
「……なんでもない」
このやり取りを朝から何度も続けている二人組がいた。レイは首を傾げて、シャルロットはうつむきがちにソファに腰かけている。
(言えない。お兄ちゃんがあの事件に関わっているどころか主犯格かもしれないなんて言えない……!!言ったらみんなに嫌われちゃうかもしれない。そんなの怖いよ……)
不安と恐怖で泣き出しそうになってしまう顔を隠すためにうつむいていたシャルロットを心配し、レイは顔を覗き込んだ。
「もしかして、具合でも悪い?まだ寝てた方が……」
「えっとね、それは大丈夫。緊張しているだけだから、多分」
どうにか感情を引っ込めて笑顔を作ろうと試みる。心配そうに眉をひそめるレイの様子は微塵も変わらない。嘘つくのは下手だなぁ、と自己評価しているシャルロットは一つだけ本当のことを言うことにした。
「あのね、お昼前には国立研究院に行こうと思うの」
「国立研究院?何を研究しているところなんだ?」
「色々だよ。日常で役立つ道具の開発とか、病気に効く薬とか。そこにある精霊について調べているところに用があるの」
打って変わって好奇心にあふれた反応を見せるレイに、シャルロットはつい笑ってしまう。
「よかった」
「え?」
ふいに降ってきたあたたかな声音に顔を上げると、子どもっぽさすらあった雰囲気は鳴りを潜め、ただただ優しい微笑みがそこにあった。澄んだ空のような瞳に自分が映り込んでいる様を直視できずにシャルロットは慌てて目をそらす。
「シャルロットが悲しい顔をするのは嫌だから。君は笑っていた方がいい」
「レイ・・・・・・」
巻き込んでしまってばかりの自分に優しい言葉と笑顔をくれる青年に、シャルロットの心は温かな何かであふれそうになる。本当ならば、森でシャルロットがレイを誘わずに一人で去っていれば事件に巻き込むこともなかったのだ。
「何を悩んでいるのかは分からないけど、俺は森を出たことに後悔はしていないし、むしろ良かったと思っている。そのことはどうか忘れないで」
レイはお見通しだと言わんばかりにシャルロットの顔をのぞき込んで笑う。その顔は本当に晴れやかなもので、レイの言葉に嘘偽りがないことはシャルロットにもはっきりと理解できた。
「レイには心を読む力でもあるの?」
「ないよ、そんな力。シャルロットが分かりやすいだけだよ」
「えー?」
気がつけばシャルロットの不安も薄れていた。彼の隣にいたら安心できる、と思いながらも最も言わなくてはならない真実を口にすることはできなかった。
***
「あ、殿下。お戻りになられたのですね」
フェリクスがシエルの部屋から戻ると、客室にはセラフィが待っていた。
「ああ。話もできたよ。・・・・・・ミセリアは?」
「彼女なら、プレジールを見て回りたいと出て行きましたよ。まあ彼女なら大丈夫でしょう」
「・・・・・・」
「誘ってくれなかったことがご不満のご様子ですね。また今度アタックしてみてくださいな。それよりも、僕も昼から出かけたいので許可が欲しいのですが」
少し口をとがらせかけたフェリクスにセラフィは切り出す。
「別にいいけど。俺も出かける予定だったし。セラフィはどこへ?」
「シャルロットの付き添いです。彼女、国立研究院に行くと言っていたので」
「ああ、それなら俺の行き先と一緒だな」
「殿下も?」
「ああ。知りたいことがあってさ」
「それなら良かった。殿下の護衛役として離れるのもどうかと悩んでいたものですから」
ホッとしたような顔を浮かべてセラフィは壁に立てかけてあった槍を担ぐ。
「では行きましょうか。お昼まで時間がそんなにないので、シャルロットにおいて行かれたらたまりません」
「彼女について行くってあらかじめ言ってあるんじゃなかったのかーい」
「ハハハ、細かいところは気にしてはいけませんよ~」
そうして男二人は並んで部屋から出たのだった。
***
国立研究院は王都プレジールの貴族街に位置する巨大な機関だ。白い漆喰の壁に覆われた協会にも似た形の建物を中心にいくつかの棟が取り囲む形になっている。それぞれの棟に各部門の研究グループが日々研究・開発に勤しんでいるとのこと。
中心部である建物に入ると、受付らしきカウンターの向こうに女性が二人座って仕事をしているようだった。シャルロットが近づいて声をかける。
「あの、すみません。精霊研究所に用があるのですが」
「見学の方ですか?許可証を確認させてください」
あらかじめシエルから渡されていた許可証を四人分見せると、女性のうちの一人はうなずいて立ち上がった。案内をするつもりらしい。
「どうぞこちらへ」
女性の後をついて行くと、精霊と書かれた札が下がる扉の前に着いた。
「この奥が精霊を研究する棟となっております。中に入り許可証を見せれば中の者が案内しますので」
「はい、ありがとうございました」
シャルロットは意を決して扉を開けた。
中は思ったよりも広いが、部屋は他にもあるらしい。立方体の部屋の中心に置かれたデスクには書類やペンの類が散らばっている。そこには一人の男がデスクに向かっており、暇そうにペンを手でいじっている。
男は入ってきたシャルロット達に気づいて顔を上げる。
「んー?ここにお客さんなんて珍しいね?何の用?」
「・・・・・・責任者にお話を伺いに来ました。ここの責任者はみえますか」
「ルシたんのことー?ルシたんならここにはいないよ」
男は伸びをしながら立ち上がる。背の高い細身の体型であることが見て取れた。黄色がかった薄緑の髪には灰色がかった紫のメッシュが入っており、どことなく軟派なイメージが漂っている。橙色の瞳は楽しげで何を考えているか分からない不気味さすら感じられた。男は一瞬眉をひそめ、何かを理解するとポンと手を叩いた。
「あー。君ら、ルシたんの・・・・・・。なるほどなるほど、なら教えなきゃね」
男は軽薄そうに笑うと、くるくると指を回しながら責任者の居場所を告げた。
「おれっちは副所長シトロン。精霊部門の所長ルシオラなら、“永久の花畑”へ視察に行ってるよ。昨日出て行ったばかりだから、今から行けばすれ違わずに会えるんじゃないかな?」
「“永久の花畑”だって?なんでそんなところに・・・・・・」
フェリクスやセラフィが眉をひそめる中、一人だけ首をかしげたレイにシャルロットが耳打ちで説明する。
「ラエティティア王国の昔話に出てくる花畑のことだよ。花守の一族が守っているの。この世にはあり得ないはずの力を秘めた花が咲いているっていう噂があるの」
「へえ・・・・・・」
「普段は立ち入り禁止のはずなんだけど・・・・・・。しかも霊峰にあるから行くまでも大変なんだよ」
戸惑う四人の様子を楽しそうに眺めていた男シトロンは何かをフェリクスに投げてよこした。フェリクスが手に取る前にセラフィが前に出て一旦はたたき落としたが、それが無害であると確認するとそっと拾い上げた。
金属製のメダルである。
「それ、霊峰に入るための許可証。ルシたんに会いたいのならそれ使いな」
セラフィはメダルをフェリクスに渡す。
「・・・・・・追いかけよう。彼には聞かなきゃいけないことがある」
フェリクスの言葉に反対する者はいなかった。
去って行く四人を眺めるシトロンの顔はとても楽しそうであった。まるで、サーカスの公演が始まる寸前の子供のような。誕生日プレゼントを待つ子供のような。ただそこに、本当の子供のような純粋さなど一欠片もなかったが。
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