久遠のプロメッサ 第一部 夜明けの幻想曲

日ノ島 陽

文字の大きさ
上 下
13 / 115
夜明けの幻想曲 1章 黄金蝶の予言者

9 世間知らずと王子様

しおりを挟む
 湖での騒動から一時間ほどたった後、フェリクス達は適当な宿を選んで部屋を借りた。事前に予想していた通り、キャンセルは相次いだようですんなりと入れた。騒動に巻き込まれながらも難を逃れた人々が、恐怖からさっさと帰宅することを選択したようだ。
 一同は二部屋に別れ――もちろん男と女で分けた――部屋に備え付けてあった浴室で汗を流した。部屋に浴室がある宿が取れたのは幸運と言えるかもしれない。大浴場だと、身を隠しているフェリクスが入れないからだ。
 いつまで身を隠していればいいのかは定かではないが、国からの発表か、もしくはセラフィが迎えに来るまでの間はむやみに姿を見せない、と結論付けた。そのために新しい外套を買うべきかとも悩んだが、フェリクスの所持金もそう多くはないうえにセルペンスが「着ていてもいいよ」と許可してくれたため、少々大きな外套を借り続けることにした。
 フェリクスは、迷いながらもレイにまだ名乗ってはいない。他三人は部屋について軽く自己紹介をしていたが、フェリクスは一旦保留にしてもらい、先に浴室に入らせてもらうことにした。
 レイの出身地は聞いていないが、騒がれるのも困る。もう少し人となりを観察してからでもいいだろう、とミセリアからの助言もある。一人だけ名乗らないフェリクスに対して、レイは怪訝そうな顔をしていたが。そこは仕方ない。
 熱めのシャワーを浴びて着替え、軽く髪を拭いてから仲間の待つ寝室へと向かう。ミセリアの方はさっさと身の周りのことを終わらせて男衆の部屋に来ている。

「お待たせ」

 そう言ってフェリクスが扉を開けば、ベッドに腰かけていた四人がほぼ同時に反応する。セルペンスとノアがぎょっとした顔をして出迎えた。ミセリアは顔をしかめて盛大なため息をついた。レイは首を傾げている。
 なんのことだろう、とフェリクスは頭をかく。そこで気が付いた。

「あ」

 今は目立つ金赤の髪を隠すものを被っていなかったのだ。王家特有の髪色を、惜しみなくさらけ出している状況だ。
 なんのために素性を隠していたんだ、とミセリアが目で訴えてくるのを苦笑いで受け止める。
 これではレイに素直に話すしかなくなるだろう。
 一方のレイは、特に驚きもせず、むしろ部屋の雰囲気が変わったことに対して疑問を持っているようだ。

「あの……どうしたんですか」

 恐る恐る、といった調子でレイが口を開けば、ノアが大げさに手を振って応える。

「えっと、いや、な? これはなんというか」
「そ、そうそうこれは変装で……」

 フェリクスは便乗する。
 あまりにも下手くそな言い訳に、ミセリアとセルペンスは顔を覆う。現在レイが騒いでいないことが救いだった。
 ミセリアは密かに決意する。フェリクスに危機管理能力についてみっちり教えてやろう。

「変装? 誰かの真似でもしているんですか?」

 レイからの返答は、フェリクスにとって予想外のものだった。「どうして王子がここにいるんですか!?」「王子誘拐犯ですか!?」などと驚かれるものばかりだと思っていた。少々どころかかなりの拍子抜けである。
 それはミセリア、セルペンス、ノアにとっても同じようだ。ノアは「マジで言ってる?」と素の声を漏らしている。

「ええと、名前、言うべき?」

 フェリクスはセルペンスに尋ねる。この中で判断力に長けているのは彼だとフェリクスは判断した。
 セルペンスはフェリクスに待つように指示し、レイに質問をする。

「……出身、ラエティティア?」
「一応、シアルワですけど」
「一応?」
「あ、いや、シアルワです。正真正銘」
「シアルワ王家について、どんなこと知ってる?見た目とか、名前とか」
「王家……」

 レイはたっぷり黙り込んだ後に、申し訳なさそうに眉を寄せた。

「すみません、王様がいるってことしか知らなくて」

 レイを除く一同は、ガクリと体の力を抜くことになった。
 まさか、国民で王家のことについて知らない人間がいたとは……。フェリクスは軽いショックを受けながらも、騒がれる心配はなさそうだという事実には安堵した。

「言ってもいいんじゃないかな。名前。多分大丈夫だと思うよ」

 気の抜けた声でセルペンスがフェリクスに言う。
 うん、と同じように気の抜けた声で返事をして、フェリクスは名乗ることにした。

「俺の名前、フェリクスって言うんだ。自己紹介、おくれてごめん」
「フェリクスさんですか」

 自己紹介を受けた反応からして間違いなさそうだ。このレイという青年は、ものすごく世間知らずだ。心配になるくらいの世間知らずだ。この場にシャルロットがいれば、正しい反応が得られたのかもしれないが、情報もなく森で暮らしていたレイは王家特有の容姿のことなど、微塵も知らなかったのだ。

「うん。なんか心配になってきたから言っちゃうけどさ。俺、シアルワの第三王子なんだ」

 フェリクスがそういうと、レイはようやく驚きを見せた。

「そうなんですか!?」
「俺、結構有名人だと思ってたんだけど。自惚れていたんだなって……」

 自嘲気味に笑うフェリクスを、ノアはとりあえず慰めた。

「十分有名人だと思うぞ」


***

 一通りの事情を説明し終わる頃には、日付をまたいでいた。
 レイは案外真面目に話を聞き、理解に努めていた。あの機械に一人で立ち向かえないと判断した以上、フェリクス達に協力した方が得策だと判断したためだ。というのもあるが、実際のところ話を聞くこと自体が好きだから、という性質もある。フェリクス達の話を、どこかおとぎ話のようにふわふわとした感覚で聞いていた。しかし、話す方も大真面目だったので、現実なのだと思わざるを得なかった。
 レイの出身地については、ものすごいド田舎だと主張し、明言を避けた。森の集落は国に認知されていないのだから、王子であるフェリクスの前で言うことはできなかったのだ。レイは自分がかなり酷い世間知らずであることを自覚し、恥じてはいたものの、出身地の点に関してはそれを盾にごまかし通した。「すみません、田舎者で……」「田舎っていうと、ラントとか?」「はい、そのあたりです。そこから出たことがなくてハハハ」といった具合だ。聡明そうなミセリアやセルペンスが追及しなかったため、フェリクスとノアもそれ以上は聞かなかった。

「話をまとめよう」

 セルペンスが言う。
 広げた地図に描かれているアズ湖を指さす。

「あの機械はアズ湖に出没し、アズ湖に沈んでいった。現在も警戒態勢が取られているけど、音沙汰なし」

 つつ、と指を滑らせる。次に示されたのは、アズ湖の東にある小さな森。

「ミセリアの言う組織の拠点のひとつは、ここにある。地下に広がる遺跡を利用。ここに、ケセラがいる。今回の件はおそらく人的なものであり、この組織が関わる可能性も少なくはない。むしろ大きい。ということで、早朝にここから出て、ここに向かう」

 異論なし。全員が頷く。

「暗殺者組織だから戦闘は覚悟すること。俺とノア、ミセリアは明確な目的があって行くわけだけど、フェリクスやレイは大丈夫?」
「俺は大丈夫です。シャルロットがいる可能性があるのなら、行きます」

 レイの瞳に確かな決意が宿っているのを確認して、セルペンスは視線をフェリクスに移した。

「フェリクスは?」
「俺も行くよ。足手まといになるかもしれないけどさ、アズ湖の件も含めて黙っていられない」

 フェリクスもまた、確固たる決意を見せた。
 この国民を思う姿勢が人気の秘訣なんだなあ、と他三人(フェリクスのことを知らないレイは除く)は感じる。

「フェリクスは俺が守るから平気だって!」

 ノアが胸を叩いて自信ありげに言う。フェリクスも大げさなほど大きく頷いて、ノアと肩を組んだ。

「お願いします、師匠!!」
「任せたまえ!」
「師匠?」

 また首をかしげるレイに、セルペンスがほほ笑んで説明をする。
 緊張感の欠片もない空間に、ミセリアはため息をつきそうになるがぐっと堪えた。祭りでの苛立ちが蘇ってきそうだ。

「私はもう寝る」

 ミセリアがそう言って立ち上がると、フェリクスは笑顔で「おやすみ」と言った。
 お前たちは、能天気だな――と言いそうになったところで、土産物を買ったんだと笑う王子の笑顔がちらついて、ミセリアは口をつぐんだ。どこか寂しそうにも見えたあの笑顔を目の当たりにしてから、嫌味を口に出せない。ミセリアは小さく頷いて応えた。セルペンス達の挨拶にも頷きで応えて、ミセリアは自分の部屋へと戻っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

久遠のプロメッサ 第二部 誓約の九重奏

日ノ島 陽
ファンタジー
 シアルワ王都シャーンスに降りかかった厄災を第三王子フェリクスが鎮めてから間もなくのこと。この事件の中で、ソフィアは目を逸らし続けていた現実を目の当たりにすることになった。  ――望まぬ血筋に生まれ、望まぬ力と代償をその身に秘めるが故の、いつか必ず訪れる破滅。  密かに怯えていた彼女は夢を見た。そこに現れたのは――。 「これまでいろいろと君に助けられたからね、今度は僕が君を助けよう」  眠っていたはずの、悪魔の声だった。 ※メインではないですが物語の展開上、キャラクターを傷つける流血表現があります。 この作品は「久遠のプロメッサ第一部 夜明けの幻想曲」の続きになります。先にそちらを読了してからの閲覧をおすすめします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

転生王子はダラけたい

朝比奈 和
ファンタジー
 大学生の俺、一ノ瀬陽翔(いちのせ はると)が転生したのは、小さな王国グレスハートの末っ子王子、フィル・グレスハートだった。  束縛だらけだった前世、今世では好きなペットをモフモフしながら、ダラけて自由に生きるんだ!  と思ったのだが……召喚獣に精霊に鉱石に魔獣に、この世界のことを知れば知るほどトラブル発生で悪目立ち!  ぐーたら生活したいのに、全然出来ないんだけどっ!  ダラけたいのにダラけられない、フィルの物語は始まったばかり! ※2016年11月。第1巻  2017年 4月。第2巻  2017年 9月。第3巻  2017年12月。第4巻  2018年 3月。第5巻  2018年 8月。第6巻  2018年12月。第7巻  2019年 5月。第8巻  2019年10月。第9巻  2020年 6月。第10巻  2020年12月。第11巻 出版しました。  PNもエリン改め、朝比奈 和(あさひな なごむ)となります。  投稿継続中です。よろしくお願いします!

流星痕

サヤ
ファンタジー
転生式。 人が、魂の奥底に眠る龍の力と向き合う神聖な儀式。 失敗すればその力に身を焼かれ、命尽きるまで暴れ狂う邪龍と化す。 その儀式を、風の王国グルミウム王ヴァーユが行なった際、民衆の喝采は悲鳴へと変わる。 これは、祖国を失い、再興を望む一人の少女の冒険ファンタジー。 ※一部過激な表現があります。 ―――――――――――――――――――――― 当サイト「花菱」に掲載している小説をぷちリメイクして書いて行こうと思います!

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

処理中です...