3 / 115
序章
燃えゆく村にて
しおりを挟む
黒く淀んだ空を背景に、美しさすら感じさせる火の粉が無数に舞っている。
小さな学校が、店が、家々が真っ赤に燃えている。
怒号や悲鳴が絶え間なく響き渡る、この世の終わりと思われるような村の中を、少女は走っていた。絶え間なく感じる命の危険に今にも足を止めてしまいそうになる。
何とか走りながらちらりと上を見上げれば、熱風に吹かれながら黒々と浮かぶ人影。
――逃げないと。
視線を前に戻す。
(また私は、あいつらに平穏を奪われてしまう)
かつて仕事を終えた村人たちが集まり賑わっていた酒場の前を走り抜ける。店の中は真っ暗だ。
酒場からまっすぐに進めば、村の彫刻家が腕によりをかけて意匠をこらした門がある。その門も、やはり見るも無残な姿になっていたが。
少女は焦げた門の残骸を乗り越える。長く伸ばした白金の髪や手作りのワンピースがすすけるのも厭わない。炎に包まれた村の中を駆け抜けてきた少女の手足はやけどによる傷が多く、血が滲んでいた。
なんとか門を乗り越える。目前には村を囲む森が広がっている。幸い、森には火が回っていないようだ。いや、これは幸いと言っても良いのか。あの空に浮かぶ影が意図的に村だけを燃やした可能性も高い。今まで聞いた話の中でも、あの存在が人間の住む場所以外の自然に害を与えたという内容はなかったはずだ。
(この中なら隠れられる)
森には凶暴なオオカミやクマなどの獣がすむというが、まあいいだろう。今まで走り続けたせいで息はあがり、身体は火照っている。ひとつ息をついてこの場から立ち去ろうとしたときだった。
「みいつけた」
突然、どこか下品な笑いを含んだ男の声がした。
ハッと振り返ると、先ほど乗り越えたばかりの門の残骸の上に耳の長い男が立って少女を見下ろしていた。
逆立てた青漆の髪と瞳……長い耳。鍛えられた筋肉を惜しまずさらけ出した、前開きの黒いジャケットのようなもの。左耳に光る翡翠。少女にはこの男に見覚えがあった。……いや、この世界に生きる人間で知らない者はいないだろう。
「大精霊ビエント……」
「おーおー正解。いやあ困っちゃうね、有名人になるのって。まあそんなことはどうでもいいんだ。今日のお目当てはお嬢さん、あんたなんだから」
「え……?」
何故かの大精霊ビエントが自分を狙うのか、少女には分からなかった。精霊どもが目当てとするのは、無垢な子供たちが多いはずなのに。それも無差別で、特定の人間に目をつけるなんて話を聞いたことがない。
目を見開く少女に男――ビエントは品の悪そうな微笑みを浮かべる。
「ま、そういうことで。ついてきてもらうぜ、お嬢さん」
ビエントの足に力が籠る。木くずがはらりと落ちたのを見て少女は我に返る。
少女が脱兎のごとく駆けだしたのと同時にビエントは少女めがけて飛び出した。
小さな学校が、店が、家々が真っ赤に燃えている。
怒号や悲鳴が絶え間なく響き渡る、この世の終わりと思われるような村の中を、少女は走っていた。絶え間なく感じる命の危険に今にも足を止めてしまいそうになる。
何とか走りながらちらりと上を見上げれば、熱風に吹かれながら黒々と浮かぶ人影。
――逃げないと。
視線を前に戻す。
(また私は、あいつらに平穏を奪われてしまう)
かつて仕事を終えた村人たちが集まり賑わっていた酒場の前を走り抜ける。店の中は真っ暗だ。
酒場からまっすぐに進めば、村の彫刻家が腕によりをかけて意匠をこらした門がある。その門も、やはり見るも無残な姿になっていたが。
少女は焦げた門の残骸を乗り越える。長く伸ばした白金の髪や手作りのワンピースがすすけるのも厭わない。炎に包まれた村の中を駆け抜けてきた少女の手足はやけどによる傷が多く、血が滲んでいた。
なんとか門を乗り越える。目前には村を囲む森が広がっている。幸い、森には火が回っていないようだ。いや、これは幸いと言っても良いのか。あの空に浮かぶ影が意図的に村だけを燃やした可能性も高い。今まで聞いた話の中でも、あの存在が人間の住む場所以外の自然に害を与えたという内容はなかったはずだ。
(この中なら隠れられる)
森には凶暴なオオカミやクマなどの獣がすむというが、まあいいだろう。今まで走り続けたせいで息はあがり、身体は火照っている。ひとつ息をついてこの場から立ち去ろうとしたときだった。
「みいつけた」
突然、どこか下品な笑いを含んだ男の声がした。
ハッと振り返ると、先ほど乗り越えたばかりの門の残骸の上に耳の長い男が立って少女を見下ろしていた。
逆立てた青漆の髪と瞳……長い耳。鍛えられた筋肉を惜しまずさらけ出した、前開きの黒いジャケットのようなもの。左耳に光る翡翠。少女にはこの男に見覚えがあった。……いや、この世界に生きる人間で知らない者はいないだろう。
「大精霊ビエント……」
「おーおー正解。いやあ困っちゃうね、有名人になるのって。まあそんなことはどうでもいいんだ。今日のお目当てはお嬢さん、あんたなんだから」
「え……?」
何故かの大精霊ビエントが自分を狙うのか、少女には分からなかった。精霊どもが目当てとするのは、無垢な子供たちが多いはずなのに。それも無差別で、特定の人間に目をつけるなんて話を聞いたことがない。
目を見開く少女に男――ビエントは品の悪そうな微笑みを浮かべる。
「ま、そういうことで。ついてきてもらうぜ、お嬢さん」
ビエントの足に力が籠る。木くずがはらりと落ちたのを見て少女は我に返る。
少女が脱兎のごとく駆けだしたのと同時にビエントは少女めがけて飛び出した。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。
曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」
「分かったわ」
「えっ……」
男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。
毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。
裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。
何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……?
★小説家になろう様で先行更新中
わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました
ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。
大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。
ー---
全5章、最終話まで執筆済み。
第1章 6歳の聖女
第2章 8歳の大聖女
第3章 12歳の公爵令嬢
第4章 15歳の辺境聖女
第5章 17歳の愛し子
権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。
おまけの後日談投稿します(6/26)。
番外編投稿します(12/30-1/1)。
作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?
あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」
結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。
それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。
不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました)
※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。
※小説家になろうにも掲載しております
あれ?なんでこうなった?
志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、正妃教育をしていたルミアナは、婚約者であった王子の堂々とした浮気の現場を見て、ここが前世でやった乙女ゲームの中であり、そして自分は悪役令嬢という立場にあることを思い出した。
…‥って、最終的に国外追放になるのはまぁいいとして、あの超屑王子が国王になったら、この国終わるよね?ならば、絶対に国外追放されないと!!
そう意気込み、彼女は国外追放後も生きていけるように色々とやって、ついに婚約破棄を迎える・・・・はずだった。
‥‥‥あれ?なんでこうなった?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる