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37 はああ!?
しおりを挟む櫟が王との謁見を承諾した。
エテルノから伺いを立てられ、そろそろかな、とにっこり笑って返事をしていた。
言葉の方はまだ全く馴染んでいないので、サリアノアが入ればという条件付きだった。
そして、エテルノ櫟が二人してこちらを向く。
「君がいいならなんだけど」
「サリアノア君が無理そうなら、もう少し待つけれど」
櫟がいいって言うんなら、俺に否やはないし。
そもそも拒否権はないだろう。
俺はゆっくり頷いた。
2週間くらいたったから、櫟も心の整理がついたんだろうと思うと少しほっとしたのもある。
それに櫟にはやってもらいたいことがある。
魔力の本格的な授業を受けて欲しいのだ。
まだ、国との話し合いも済んでいないので、櫟には教科書みたいなものを読んで聞かせているだけで実践も何もありゃしない。
もし櫟を帰そうと思ったら、十中八九魔力を使う必要性がある。
そしてそれは膨大なものなのだろう。
だから、櫟にその魔力が備わっているのなら櫟にやってもらわざるを得ない。
人任せで申し訳ないが、サリアノアは全く持ってそこらへんは力になれないだろうと思っている。
とりあえず、王との話し合いがすめばちゃんとした教師がつくことになると思う。
通訳は必要だろうが、俺以外の人間が櫟のそばに近づけば、周りも変な警戒をしなくて済むだろう。
連日の授業や夜会や茶会に参加しているサリアノアは、近年まれにみる活動量なので疲れ気味というのもある。
さらに言うと、毎回出す報告書というのがめんどくさくてサリアノアが話した言葉がつづられており、その前後で櫟が何を言っていたかを書き記すというものだった。
見張りの人もなかなか大変な仕事をしている。
俺だったら、即効うたた寝するけど。人が本を読み上げて、質問して、時々脱線して。
しかも櫟の言葉はわからないし。
あれもメモしていたから、すごいな。
というわけで、謁見の為にも今日も気合入れてがんばるぜいっていきこんでいたのに。
「はっ!」
「起きた? 気分は?」
気付けばベッドの上に寝転んでいる俺がいた。
横には櫟が心配そうに俺の額に手を当てている。
「え、ええ? あ、あれ? おれ。なにここ。あ、じかん」
「落ち着いて。大丈夫だから」
櫟が何度も大丈夫だからと起き上がろうとするサリアノアの肩をなだめるようにポンポンする。
それに合わせて呼吸が落ち着いてきた。
「あ、の。ありがとうございました。もう、大丈夫です」
「そう? ああ、置いといて」
藤代が現れて丸い小さい机の上に湯気が出ているマグカップを置いて行った。
「白湯だけど飲む? 起き上がれるかな?」
「ありがとうございます」
起き上がって受け取ると手のひらからじんわりと温まる。
はらり、と服の前身ごろが緩んで、首元がスース―した。
はっとマグカップを抱えたまま胸の前を押さえる。
「ごめんね。苦しそうにそこを押さえていたから、緩めたんだ。失礼な事とは思ったんだけど」
櫟が申し訳なさそうに、しかし次の瞬間には少しだけ眉をしかめる。サリアノアの耳朶に軽く触れている。
「聞いていいか、話したくなかったらいいんだけど。チョーカーはつけないのがこの世界では常識? この間ちらっと見た人は着けていたように思えるんだけど。あれはただのおしゃれとか? 」
嘘をつくわけにもいかず首を振るう。
「そうなんだね。君はどうして着けていないの? もしかしてそれがそうとか? でもそんな細いものつけてていても意味ないんじゃないのかな?」
それと指さされたのはサリアノアの首元にきらりと光る隷属の輪。
「その、俺にはちょっと事情があって……、着けていないんです」
「そっか。それはあまり話したくないことなんだね」
サリアノアが恐る恐る頷くと櫟が息を吐く。
「いや、君がそういうのならいいんだ。てっきり誰かに強制されてチョーカーも着けずに檻の中に放り込まれたのかと思ったんだ」
よくわからずに首をかしげると、苦笑する。
「それで彼もあんなに怒っていたんだね。君と俺を番わせようとする人たちでもいるのかと思ってね。ほら、そうしたら俺が言うことを聞くとでも思われているのかと思って」
その考えに至らなかったサリアノアは顔を青ざめさせる。
確かにそうだ。
この国に何かしら感情を抱けば、それを利用されるのは櫟だ。
櫟を安心させるためにどこまで話そうか考えているサリアノアには、聞こえないような小さい声で櫟が呟く。
「それに、もうそういう利用するようなことは嫌だからね」
それがテレパシーで通じてしまったサリアノアは、櫟の方を向いた。マグカップを机の上において櫟の手を取る。
「櫟さん。大丈夫です。俺は、俺は噛まれても番えないオメガなんです」
「……え?」
「何度も噛まれたけれど、誰一人とも、一度として番になったことはありません。だから櫟さんが不安に」
「は? それはどういう意味? どうしてそういうことにサリアノアさんがなっているの?」
ん? 待て待て。グイッと迫る櫟に驚いてちょっとのけぞる。
「今の言い方だと、意味もなく君が毎回噛まれているってことか? 知っている? アルファの血液はある意味毒のようなもので、番に作り替える作用を持っているんだ。それで体に悪影響がないわけがないだろう。まって、それを君は容認しているの? それで体に影響が出ないわけない。今日ももしかしてそれで? この間の発情期も噛まれたとか? そんなこと君の家族はどうして許しているんだ? ちょっと首を見せて」
「あ、えっと」
「見せてください」
じっと見つめられながら、櫟がお願い事をしてくる。でも、見せるわけにはいかない。
今もラーノが毎回薬を塗っているということはそれなりに見える傷があるということで。
次の発情期までには薄くなっているだろうとは思うんだけど、まだ時期尚早というか。
返事をしなかったことが、返事となったのだろう。櫟は迫っていた姿勢をもとに戻した。
「見せられないくらい傷が長引いているんじゃないですか? 文献にはじくじくと長引く痛みが体を作り替えるまで続くとあったからいまだにたまに痛むんでは?」
文献ってあっちでそんなのも呼んだのか。勉強熱心な櫟に感心していたら呆れられた顔をされた。
「噛まれても番えないのは、ちょっと今はわからないけれど、その原因はわかっているの? 話したくなかったら話さなくてもいいですよ」
「えっと、ですね……。その、俺の体のことについてはあんまり知らないというか、お恥ずかしい話なんですけど、発情期とか、妊娠する機能はあるし、子どもも健やかに生まれて育っているらしいのでそれほど大きな事じゃないというか」
「はああ!?」
櫟の顔が一瞬般若になった。
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いや〜辛いです😖
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確かにそうですね! 感想を頂けてうれしいので、体調には気を付けます! むむむむさんも体調にはお気を付けて、更新を待っていてください! 頑張って更新しますので!
すごく辛いが面白く読ませて頂いてます
社会への風刺、オメガバースならではの怜悧な弱者への観察が散らばる作品ですね
文官の作品観と底がつながる作品な感じします
前世といまがどうクロスしてゆくか楽しみにしてます
わあ! 初感想ありがとうございます! 辛いですよね。早めに辛い所抜け出せるように、更新早め(当社比)にしているのですが、ついつい、主人公が惚気とか入れるものですから、長めになっております。
なんだかすごく嬉しい事を書いていてくださって嬉しい、あ! 文官もお読みに!? さらに嬉しさがマシマシになっております。
ハッピーエンドなのでクロスしていく様を見て頂けたらっと思います! では、しばしお待ちを!